咎の園

山本ハイジ

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天使の家にて(1)

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「私は乳児院で幼児になるまで育ってから天使の家へ預けられたらしいので、天使の家には気がついたらいたという感覚でした。ほかはどうだか知りませんが天使の家の居心地は、さほど悪いほうではなかったと思います。みんなが集まる居間や食堂は清潔に保たれていましたし、食事も質素すぎません。クリスマスにはケーキ、正月にはおせちが出ました。男部屋は散らかってはいましたが狭くはないし、高校生になれば個室が与えられます。私は高校生になる前に天使の家から出ることになりましたが。
 毎月わずかながらお小遣いがありました。年に二回、みんなでどこかへ遊びにいく行事もありました。あと規則は厳しくはなく、高校生ならアルバイトをしている人、許可を取って外泊する人もいました。優等生ならごくまれに、大学へ行かせてもらえる場合もあったようです。そして治安についてですが……まあ、たぶんこれもマシなほうだったかと。
 みんなのだいたいが、私のように最初から天使の家にいたわけではありません。家庭になんらかの理由でいられなくなったから、連れられてきた子供です。集団生活テストを受けて、結果のよかった子が天使の家に集められるようでした。しかし、親の記憶がある子はやはり情緒不安定なところがありました。男の子たちは乱暴で、年上の人たちは横暴です。軽い暴力、暴言、悪戯のたぐいは日常茶飯事でした。私もよく被害に遭いました。女の子たちのほとんどは身を案じて、男の子たちを避けていましたね。職員たちは冷淡で事務的な人が多く、ちょっとした悪戯は見過ごされていました。
 でも、職員たちはつねに、細長い棒のような鞭を携帯していました。重い暴力や女の子への性的な悪戯は、これで厳しく罰せられます。……で、鞭打ちは今夜の話のテーマである私の特殊な性癖の発端について関係してくるので、少し詳しくお話ししたいと思います。
 初めて見た鞭打ちの刑は印象的で、よく記憶しています。罰を受けたのは痩せぎすで、陰気な目つきをした男の子でした。天使の家に来たばかりの彼は黙ってうつむいていることが多い、無害な子でした。そして男の子たちは、そんな子をいじめるのが大好きです。彼はいつもおとなしく小突かれていましたが、何ヶ月か経ったある日、突然激昂して相手を殴ってしまいました。運悪く、彼の指の骨ばった関節は相手の鼻を強打したらしく、相手は鼻血を出して倒れてしまいました。
 彼は親に捨てられて、最初は現実感のなさから呆然と日々を送っていたのでしょうけれど、施設生活が長くなるにつれて精神的に不安定になっていったのでしょうね。騒ぎに駆けつけてきた職員たちは、怪我をした子を医務室へ連れていってから、現場にいなかった子供たちを集めて居間に戻ってきました。
 職員たちが彼を押さえつけます。職員の一人が彼の罪を全員に説明すると、彼の衣服を下着一枚だけ残して剥いでしまいました。私たちは職員たちに言われるがまま、様子をかこんで見ていました。鞭が振りおろされます。鞭は、彼の背中の中心に命中しました。鋭い音でした。……そのあとも鞭打ちの刑は数回見たことがありますが、職員たちは刑の執行中だけなにかに取りつかれたように豹変するのです。
 顔を歪めて……笑っているようにも見えました……人の痛みを知れと怒鳴りながら、職員たちは彼の全身を打ちました。あばらの目立つ胸が叩かれると、彼は狂い泣きました。あらゆるところに赤い筋がつきます。公開処刑を眺めている周囲の表情はこわばっていました。彼より年下で、まだ小学校にさえ通っていなかった私にはそれはもう、大変な恐怖でした。
 ……それから彼は再びおとなしくなりました。恐れのあまりびくついていた感じでしたが、しばらくすると彼は安定してきて、友達を作れるまでになっていました。ここにいるみなさまならわかると思いますが、ある程度の苦痛や刺激はストレスから解放してくれます。
 鞭打ちの光景は当時の私の脳裏に焼きついて離れませんでした。多感な年頃に受けたトラウマは、のちの性癖に大きく影響します。……と、いってもこれはまだ小さなトラウマです。そろそろ本題に移りましょう。
 職員たちは冷たい人ばかりでしたが一人だけ、とても優しい先生がいました。つやのある白髪を撫でつけて、まるく肥った、子供がイメージするコックさんのような外見をした人でした。その人はみんなかわいがっていましたが、私と、私と仲のよかった女の子をとくに甘やかしてくれました。……私は精神的に安定しているのと、大変かわいい容姿をした男の子だったので、普通に女の子たちと交流できていたのです。
 同年齢の女の子たちのなかでいちばんかわいかった小夜子と、私はよく一緒に遊んでいました。当時は髪を二つ結びにして、つぶらな目をした子でした。女の子と仲良くしているものだから、男の子たちからは馬鹿にされました。それでも私は、下品な男の子たちより女の子のほうがよかったのです。……今思うと男の子たちは、たんに嫉妬していただけでしょう。
 男の子たちが外で元気に遊んでいるなか、私と小夜子が居間でままごと遊びなどをしていると、先生はふらりとやってきて――まるで女の子同士で遊んでいるみたいだね、と笑いました。そのときは恥ずかしくなりつつも、実際私は女の子に憧れているところがありました。自分が女の子だったら別に笑われないのに、と。
 先生は私たちの仲を取り持つようにかわいがってくれて、たまにこっそりお菓子をくれたりしました。天使の家の生活でいちばん穏やかな時間でした。それが壊れてしまったのは、私たちが思春期に至るまで育ってからです。
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