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第1章
あの子
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男性は私に気がついたのか、こちらに向かってくる。
あ、もしかして、立入禁止だった?そんな看板あったっけ?
注意されると思い、ビクビクしながらその男性が近づいてくるのを待つ。
「綺麗ですね」
注意されると思って身構えていると、予想もしていなかった男性の一言に驚き、呆然とする。
「あなたは…?」
拍子抜けした私は思わず心の声が漏れる。
私の目の前に来た彼は、やわらかに微笑んでいる。
「すごく…久しぶりですね」
聞いていて心地よい低い声が私の頭の中で響く。
「知っているの…?私のこと…」
私のことを懐かしそうに見つめる彼の目はどこまでも優しい。
「はい…覚えて…いませんか?」
頭の中であの日の記憶が蘇ってくる。小さい頃に手を引かれてやってきたこの場所。
「もしかして、あの男の子…?」
黒い髪をサラサラと暖かい風になびかせて、私の手を引っ張っていた男の子が鮮明に蘇ってきた。
「覚えています…か…?」
やわらかく微笑んでいる男性の顔には不安な表情も見えた。
「秘密の場所…」
ポツリと呟いたいが聞こえたようで、男性はまるで花がパッと咲いたように笑った。
「よかった…です…」
幸せそうな顔で私を見つめる男性のことを直視できなくなって、スッと目線を下げた。
下げた視線の先には私のトートバッグがあった。
あ、このキーホルダー…
私のトートバッグにはあのときもらった、あの、クマのキーホルダー。
トートバッグに手をかけて、クマのキーホルダーを取り外す。
「このキーホルダー…って…あのとき俺が渡した…のですよね…」
「…はい」
「まだ…持っていてくれたんですね…」
それから沈黙が続く。
桜の花びらが風になびいてひらりと舞い落ちてきた。
その様子がいつもの何倍も遅く感じた。
「そういえば…名前、聞けてませんでしたね」
沈黙を破ったのは彼だった。
「そう…でしたね…」
「黒崎渚凪です。渚凪って呼んでください。」
「さ…な…くん」
渚凪くんは、クスッと笑った。
何がおかしかったのだろう?
思わず渚凪くんを見上げて首を傾げる。
すると、バッチリ目が合い、私は恥ずかしさを隠すように早口で話す。
「あ、えっと、私は春野彩です。」
また、クスッと笑う渚凪くん。
思わずその姿に見惚れてしまう。
「彩…いい名前ですね。よく似合ってます。」
「あ、ありがとう…」
褒められなれていない私は渚凪くんの言葉に戸惑う。
私の様子に気づいていない渚凪くんはニコニコと笑っている。
その笑顔につられて、私も思わずクスリと笑ってしまう。
「どうしました?」
いきなり笑った私を不思議そうにみている様子にまた、笑ってしまう。
そんな私を、優しい目で見てくる渚凪くんはあの頃の「小さい男の子」ではなかった。それは寂しくもあったけれど、それよりもなぜだか嬉しかった。
「ふふ、なんでもないです。」
春の風が吹く、暖かな空間。時間が止まっているような感覚。
このまま、時が止まってしまえばいいのに。
「彩さん、連絡先、交換しませんか?」
「はい、いいですよ。」
スマートフォンを取り出して、QRコードを読み取る。
「…かわいい、猫好きなんですか?」
渚凪くんのアイコンには黒猫がこちらに向かって歩いている写真が設定してあった。
「はい。飼ってる猫です。」
その猫はどことなく渚凪くんに似ていた。
ペットが飼い主に似るって、本当かも。
「彩さんは桜…なんですね。」
そう言った、渚凪くんの顔が少し曇った。気がした。
「そうです。綺麗でしょう」
私が笑ってそう言うと、にこりと笑ってくれた。
「はい、とても」
私がアイコンに設定している桜は、去年のこの桜だ。
とてもうまく撮れたから、嬉しくなって設定した。
来年はこの桜、見れるのかな…?
「彩さん?どうかしました?」
ボーッとしていた私を心配そうな顔で覗いてくる渚凪くん。
いけない、ポジティブに考えないと。
「大丈夫です。ちょっと考え事してました。」
心配顔の渚凪くんを安心させようと、ニコリと笑う。
「そう、ですか…?」
まだ心配そうな渚凪くんは私の顔を覗き込んでくる。
目の前に整った顔が映し出され、ドキドキする。
それにしてもなぜこんなに心配してくるのか。不思議に思う。
「彩さんがそう言うならいいですけど…」
納得できないらしい渚凪くんを見てくすりと笑う。
すごくいい人なんだな。
その様子だけでわかった。
「渚凪くん、ちょっと提案なんですけどね?」
「はい?」
不思議そうに私を見ている渚凪くんが可愛く見える。
「敬語、お互いやめません?」
私がそう言うと渚凪くんが驚いて固まっていた。
「渚凪くん…?」
あまりにも沈黙が続いたため、心配になり声をかける。
「あ、えっと、いいんですか?」
「ふふふ、私がお願いしてるんですよ?」
渚凪くんは驚きが隠せないようだ。目が真ん丸になっている。ふふ。
「はい…じゃなくて、うん。何か慣れない…です…」
「あ、敬語!」
「あっ!」
渚凪くんは口元に手を持っていく。その姿が可愛い。
「ふふ、早く慣れてね?」
コクコクとうなずく渚凪くん。首が外れちゃうんじゃないかと思うほど。
「あ、私もういかないと、またね!」
「また、ここで会いましょ…会おうね」
言い直した渚凪くんに笑ってしまう。
「うん」
渚凪くんに手を振りながら歩きだす。
帰りの桜は行きの桜よりずっと、綺麗に見えた。
温かい風にのって桜の花びらが舞い降り、桜の絨毯が織られていた。
あ、もしかして、立入禁止だった?そんな看板あったっけ?
注意されると思い、ビクビクしながらその男性が近づいてくるのを待つ。
「綺麗ですね」
注意されると思って身構えていると、予想もしていなかった男性の一言に驚き、呆然とする。
「あなたは…?」
拍子抜けした私は思わず心の声が漏れる。
私の目の前に来た彼は、やわらかに微笑んでいる。
「すごく…久しぶりですね」
聞いていて心地よい低い声が私の頭の中で響く。
「知っているの…?私のこと…」
私のことを懐かしそうに見つめる彼の目はどこまでも優しい。
「はい…覚えて…いませんか?」
頭の中であの日の記憶が蘇ってくる。小さい頃に手を引かれてやってきたこの場所。
「もしかして、あの男の子…?」
黒い髪をサラサラと暖かい風になびかせて、私の手を引っ張っていた男の子が鮮明に蘇ってきた。
「覚えています…か…?」
やわらかく微笑んでいる男性の顔には不安な表情も見えた。
「秘密の場所…」
ポツリと呟いたいが聞こえたようで、男性はまるで花がパッと咲いたように笑った。
「よかった…です…」
幸せそうな顔で私を見つめる男性のことを直視できなくなって、スッと目線を下げた。
下げた視線の先には私のトートバッグがあった。
あ、このキーホルダー…
私のトートバッグにはあのときもらった、あの、クマのキーホルダー。
トートバッグに手をかけて、クマのキーホルダーを取り外す。
「このキーホルダー…って…あのとき俺が渡した…のですよね…」
「…はい」
「まだ…持っていてくれたんですね…」
それから沈黙が続く。
桜の花びらが風になびいてひらりと舞い落ちてきた。
その様子がいつもの何倍も遅く感じた。
「そういえば…名前、聞けてませんでしたね」
沈黙を破ったのは彼だった。
「そう…でしたね…」
「黒崎渚凪です。渚凪って呼んでください。」
「さ…な…くん」
渚凪くんは、クスッと笑った。
何がおかしかったのだろう?
思わず渚凪くんを見上げて首を傾げる。
すると、バッチリ目が合い、私は恥ずかしさを隠すように早口で話す。
「あ、えっと、私は春野彩です。」
また、クスッと笑う渚凪くん。
思わずその姿に見惚れてしまう。
「彩…いい名前ですね。よく似合ってます。」
「あ、ありがとう…」
褒められなれていない私は渚凪くんの言葉に戸惑う。
私の様子に気づいていない渚凪くんはニコニコと笑っている。
その笑顔につられて、私も思わずクスリと笑ってしまう。
「どうしました?」
いきなり笑った私を不思議そうにみている様子にまた、笑ってしまう。
そんな私を、優しい目で見てくる渚凪くんはあの頃の「小さい男の子」ではなかった。それは寂しくもあったけれど、それよりもなぜだか嬉しかった。
「ふふ、なんでもないです。」
春の風が吹く、暖かな空間。時間が止まっているような感覚。
このまま、時が止まってしまえばいいのに。
「彩さん、連絡先、交換しませんか?」
「はい、いいですよ。」
スマートフォンを取り出して、QRコードを読み取る。
「…かわいい、猫好きなんですか?」
渚凪くんのアイコンには黒猫がこちらに向かって歩いている写真が設定してあった。
「はい。飼ってる猫です。」
その猫はどことなく渚凪くんに似ていた。
ペットが飼い主に似るって、本当かも。
「彩さんは桜…なんですね。」
そう言った、渚凪くんの顔が少し曇った。気がした。
「そうです。綺麗でしょう」
私が笑ってそう言うと、にこりと笑ってくれた。
「はい、とても」
私がアイコンに設定している桜は、去年のこの桜だ。
とてもうまく撮れたから、嬉しくなって設定した。
来年はこの桜、見れるのかな…?
「彩さん?どうかしました?」
ボーッとしていた私を心配そうな顔で覗いてくる渚凪くん。
いけない、ポジティブに考えないと。
「大丈夫です。ちょっと考え事してました。」
心配顔の渚凪くんを安心させようと、ニコリと笑う。
「そう、ですか…?」
まだ心配そうな渚凪くんは私の顔を覗き込んでくる。
目の前に整った顔が映し出され、ドキドキする。
それにしてもなぜこんなに心配してくるのか。不思議に思う。
「彩さんがそう言うならいいですけど…」
納得できないらしい渚凪くんを見てくすりと笑う。
すごくいい人なんだな。
その様子だけでわかった。
「渚凪くん、ちょっと提案なんですけどね?」
「はい?」
不思議そうに私を見ている渚凪くんが可愛く見える。
「敬語、お互いやめません?」
私がそう言うと渚凪くんが驚いて固まっていた。
「渚凪くん…?」
あまりにも沈黙が続いたため、心配になり声をかける。
「あ、えっと、いいんですか?」
「ふふふ、私がお願いしてるんですよ?」
渚凪くんは驚きが隠せないようだ。目が真ん丸になっている。ふふ。
「はい…じゃなくて、うん。何か慣れない…です…」
「あ、敬語!」
「あっ!」
渚凪くんは口元に手を持っていく。その姿が可愛い。
「ふふ、早く慣れてね?」
コクコクとうなずく渚凪くん。首が外れちゃうんじゃないかと思うほど。
「あ、私もういかないと、またね!」
「また、ここで会いましょ…会おうね」
言い直した渚凪くんに笑ってしまう。
「うん」
渚凪くんに手を振りながら歩きだす。
帰りの桜は行きの桜よりずっと、綺麗に見えた。
温かい風にのって桜の花びらが舞い降り、桜の絨毯が織られていた。
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