式神

包囲網19

　正式に将軍は信長に京から追放され室町幕府は終わった。
　その夜地獄谷に久しぶりに行っていた小猿が朱雀の寝ているところに飛び込んできた。
「お婆が死んだ」
　その知らせを鬼女にすぐに持ち込んだ。まず今から朱雀が小猿と地獄谷に走ることになり、鬼女と光栄と蝦蟇達は夜が明けてから来ることになった。これで式神の一つの時代が終わったことになる。未明に地獄谷の頂に着いた。お婆の遺体はこの頂に埋められるのだ。かやが朱雀を見つけて呼んだ。
　祈祷所には地獄谷ののっぺらぼうや年寄りがぎっしり詰めていた。ここにはかやの式神を育てる宿舎があり、歳を取った式神達や式神になれなかったものが住みついていた。
　お婆はすでに白木の中に収められていた。その枕元に賀茂家の紋が入った箱が置いてある。
「これは？」
「光栄様が来られたらお渡しするの。お婆様が亡くなる前に私に」
　鬼女と光栄が来たのはもう太陽が傾きかけた頃だ。光栄は相当疲れているようだ。蝦蟇達は懐かしそうに祈祷所に集まっている。周りにはかやが育てている式神の子供達がいる。光栄、鬼女、朱雀、蝦蟇と並んで座る。鬼女が長い祈りを上げて明日には岩場の墓場の奥の洞窟に運び込むのだ。これはお婆からの言い伝えだ。
「これは光栄様がお開けに？」
　かやが最後に言った。光栄は不思議そうに箱を開けた。
　そこからは黴臭い分厚い書物が出てきた。彼は無意識にそれを鬼女に渡す。賀茂家の陰陽術は鬼女が継ぐのだとでもいうように。鬼女が開いてみて驚いた顔をしている。
「これが晴明が探していた直伝書だわ」
と呟く。宝物を見つけたような輝いた顔をしている。
「陰陽術は賀茂家が見出したものではなく古くアラビアから伝わりしものとあるわ」
　果心居士が話していたことと同じだ。
「不老不死が発祥であるがいまだ成し遂げず。その後にお婆の付箋が付いているわ。お婆は私は１０４歳までしかと書いてあるわ」
　と言うことは果心はそれを成し遂げているのだ。同じ式神だ。
　深夜になり地獄谷をお婆の遺体は巡り、一列の長い光が続き頂の岩場に隠れた。