鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

文字の大きさ
29 / 109
一章

21. 和菓子茶寮で妹と①

しおりを挟む
 未だ寒い日も多いが徐々に春の風も吹き始めた3月下旬。
 逢宮大学外国語学部TAである月落渉の姿は、東京都丸の内エリアにあった。
 時刻は15時。
 商業施設の1階に位置する全面ガラス張りのそこは、週の真ん中水曜日であるにも関わらず沢山の人で溢れている。

「ねぇ、渉。私さっき店員さんに、奥のテーブル席にしてほしいって言ったよね?尋常じゃないくらい食べるから、悪目立ちして周囲の皆様にご迷惑お掛けしないようにって」
「言ってた」
「だよね。じゃあ、私の日本語が全く伝わってなかったか、意図的に無視されたかの二択なんだけど、どっち?」
「明らかに後者」
「あーやっぱり?犯人はあいつか?」

 四名掛けのテーブル席に座る同じ系統の顔立ちは、一目でこの二人が兄妹だと物語っている。

 オリーブグリーンのコンパクトコットンパーカーを羽織り、ブラックデニムに白のスニーカーを合わせた月落と、パステルパープルのニットにネイビーのプリーツミニスカートを穿いた女性——妹の蛍だ。

 兄妹のじとりとした視線は、忙しなく動き回る男性をひたすら追っている。

「あいつ、間違いなく」

 ここは老舗菓子匠『はこゑ』が、半月前に新しくオープンした茶寮である。
 太陽光が照らす明るい店内は茶室を模した内装が採用されていて、聚楽壁や北山磨き丸太、横繁障子の組み合わせが上品な店内を演出している。

 『はこゑ』の新事業第1号店として、新規出店の情報がリリースされたのが1か月前。
 早々に話題を攫っていたこのカフェは、開くやいなや連日大盛況で長蛇の列ができ、土日は整理券も登場するほどである。
 トレンドに敏感な20代や30代がこぞってSNSに画像をアップしたことで話題となり、店内は常に女性客で埋まっている。
 また、カフェに併設されたブティックでは定番人気の菓子が購入可能であり、丸の内で働く会社員の手土産として重宝されている。

 このバズりを生み出したのは、菓子匠の六代目で月落の幼馴染。
 いま店内を目まぐるしく行き来している、箱江創太である。
 月落兄妹に睨まれていると知りながら貴公子然とした微笑みを絶やさない彼は、スタッフを引き連れながら近づいてくる。
 トレードマークであるカラーレンズ眼鏡は封印、ぴしりとスーツを着こなしながら。

「お待たせお待たせー」

 喋り方には衣は着せられぬようだが。

「豆乳パンケーキずんだ餡バター添え、生わらび餅ルビーチョコホイップ乗せ、上生菓子ア・ラ・モード、和栗と林檎キャラメリゼのカスタードミルフィーユ、黒胡麻ときなこのアイスクリーム、和三盆プリンのロールケーキです」
「最後のだけ俺にください」

 そう言われたスタッフが漆器の銘々皿を月落の前に置き、残りを蛍の前へと隙間なく並べていく。

「濃いめに淹れたほうじ茶は?」
「私の」
「ロイヤル宇治抹茶ラテ」
「俺の」

 まるで新作試食会の如き光景に、周囲からの視線が集まる。
 それでなくても、整った容姿の男女がガラス張りの通路側すぐ横の席に座らされ、客寄せパンダよろしく注目を浴びに浴びまくっているというのに。
 蛍はため息を隠さず、むしろこれみよがしに盛大に吐いた。

「創太くん、あのね。私たちもっと目立たない場所にいたかったんだけど」
「それは無理なお願いだなぁ、蛍ちゃん。君らは自分の顔面のきらきらしさを、もっと友人の手助けに活用した方が良いって。な、渉?」

 ホールの仕事は一旦終わりなのか、よっこいせと月落の隣に座った箱江は、自分用にとアイスレモネードをスタッフに注文している。

「創太くんは私の友達じゃないもん」
「え、ちょっと待って。蛍ちゃんが産まれた時から知ってるからもはや妹レベルで可愛がってたのに、そんな優しい気持ちを抱きながら接してたのは俺だけだったの?寂しすぎ。渉も大概だけど、月落兄妹は俺に対して愛情がなさすぎ。泣いちゃう、俺たちの30年って一体……」
「相変わらずよく喋るよねぇ」
「俺、回遊魚だから、喋ってないと死んじゃうんだよね」

 うだうだとくだを巻いていた箱江だが、瞬殺で落ちる分、瞬殺で立ち直る。
 その切り替えの早さは長所であると同時に若干の短所でもあり、彼を長年知る人間にとっては日常茶飯事なので特に誰も気にしない。

「どういう理論展開なの、それ……ま、いいや。いただきまーす」
「どうぞー。沢山食べてくれて嬉しい。渉だけじゃお客さんは呼べるけどメニューの紹介にはならないから、蛍ちゃんに来てもらって助かった」
「蛍、食べる前にこれ全部写真撮っといて。後で送って」

 溶ける前にと、黒いアイスクリームをスプーンで掬おうとしていた蛍に月落から申し出があった。
 そう言う自身も、頼んだロールケーキと抹茶ラテの写真を角度を変えて何枚もスマホに収めている。

「はぁ?え、渉、甘いものあんまり興味なかったのに、いきなり写真なんてどうしたの?アメリカで超絶美味しいスイーツに出会って、甘党開花したとか?」
「出会ったのは、アメリカで美味しいスイーツじゃなくて、日本で美味しそうにスイーツを食べる人、だよな」

 にやりとしながら肩を寄せてくる箱江に月落は永久凍土並みに冷たい眼差しを投げるが、長年の幼馴染には一切効かない。

「日本で美味しそうにスイーツを食べる人……?あぁ、あーはいはい、そんなんこの前聞いたわ。夜勤明け次の日の頭じゃ記憶の回路が正常に機能しなかった。すぐ撮るから、ちょい待って」

 そう言うなり立ち上がった蛍は、背伸びをして遠くから映してみたり接写で映してみたりと色々しながら撮影する。

「加工なしで送るから、好きに使って」

 座ったアングルからも撮り終えると、家族のグループチャットに全画像を送信する。
 すぐに既読がついた。
 うるうるな瞳が大きく描かれた訳の分からない怪獣のスタンプを、父が送ってきたのを確認したところでスマホを暗転し、蛍はスプーンを取った。
 黙々と食べ始める。

「おじさんが即返信してくるの、冷静に考えてやばくない?何やってんの、天下のTOGグループ総帥。水曜だけど休みなの?」

 月落が確認していた画面を横から覗いた箱江が、あり得ないと言いながら疑問を投げかける。

「今朝アブダビに飛んだから、たぶん今は飛行機の中」
「いや、じゃあなおさら仕事して?総帥」
「父さん、基本即レスだから。家族の誰よりスマホ握りしめてるって兄さんが言ってたし」
「うん。スタンプも多用するし、画面だけ見るとギャルとの会話だよね。確かに、パパってもしかして暇人なのかな?……っ、うう……詰まった……」

 大きな口でパンケーキを食べていた蛍が、食道の上を拳でどんどんと叩く。
 飲んでいたほうじ茶は熱くてどうしようと困っていると、目の間にレモネードが差し出されたので一気に飲み干した。

「蛍ちゃん、ゆっくり食べて。スイーツは逃げないし、何ならもっと作るから」
「ありがと。昨日ずっと寝てて何にも食べてないから、身体がエネルギーを欲してるんだよね」
「仕事、相変わらず忙しい?」
「うん、やっぱり夜勤の後はつらい」

 蛍は都内にある総合病院の循環器内科で、看護師として働いている。
 月落一族の中で少数派に属する、グループ内企業で働いていない人間のひとりだ。

「長時間拘束だもんね」
「そうなの。うちは2交代制だから夜勤は仮眠含めて16時間労働なんだけど、一昨日は急変する患者さんが多くて全然休めなかったんだよね。結局、9時の定時に退勤できなくて12時過ぎまでいたし」
「何か、看護師さんの方が激務で身体壊しそうだよね。気をつけなよ?」
「私はまだ若いし、寝れば何とか回復はするから大丈夫。てことで、創太くん」
「どしたー?」
「私、昨日の分のカロリーはここで大量摂取してカバーするつもりだから、次の注文お願いしてもいい?」

 持っていたフォークを置いた蛍の前には既に空になった皿が3つ。
 医療関係者はいつ食べられるか分からないから自然と早食いの癖が身についた、と月落が本人から聞いたのは確かアメリカに発つ前で、その時よりもさらに食べるスピードが上がっている気がする。
 月落と箱江は驚きながら互いに顔を見合わせる。

「蛍、速すぎ。ちゃんと噛んでる?」
「噛まなくてもいけた。アイスは飲み物で、やわやわのわらび餅はほぼ流動食だった」
「一応どっちも固形なんだけどね。で、蛍ちゃん、次なに食べたいか決まってんの?」
「苺クリームと羽二重餅のクレープケーキ」
「飲み物は足りる?」
「えーっと、何か美味しそうなやつ」

 呆れたような、手のかかる妹の我儘を聞いてあげる兄のような顔になった箱江が、レモネードのコップを持ちながら席を立つ。

「かしこまりました、お客様。すぐにお持ちいたします」

 完璧な営業スマイルで、空になった皿と共に去って行った。

「創太くん、相変わらずだね。口から先に産まれて来た代表」
「そう言ってやるなって。直近1か月はここの開店準備に追われてストレス発散できてないって嘆いてたから、少しでも顔見知りと喋りたいんだろう。次期当主の仮面を被り続けるのは大変だから」
「渉だって今の仕事辞めてグループに入ったらそうなるよ?悟も翔も『俺たちは総帥の器じゃない』とか言って早くに戦線離脱したから、その矛先全部が渉に行っちゃってるんだし」
「俺もその器じゃないと思うけど、こればっかりはしょうがないかな。誰がそうなっても崩壊しないように、平等に教育されたわけだし」
「そうやって降りかかる何もかもをさらっと平気な顔して受け止めて、さらには周囲の期待以上の成果を上げちゃえるのは幸か不幸か……選ばれし者か、はたまた貧乏くじか……」

 プリンのロールケーキを食べ終えた月落は、ロイヤル宇治抹茶ラテを一口飲んだ。
 抹茶のほろ苦さでミルクのコクが際立っていて、一般男性以下の甘いもの耐性しかない自分にも飲みやすいなと思う。
 先生が飲むならもう少し甘めの方が好きそうだな、と今日も今日とてそばにいない存在を思い浮かべる。
 視線を感じて顔を向けると、いつの間にか全てを平らげた妹に興味深そうな顔で見つめられていた。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...