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【第6話:領主様の次男坊】

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 学院の正門前は大勢の生徒が登校中だ。そんな場所で馬車から降りたら、いくらなんでも目立ちすぎる。
 平民の俺が三大貴族の馬車で登校したなんて知られたら、周りの嫉妬が怖すぎて泣いちゃうぞ。

 だからちょい手前の裏通りに入った所で、俺だけ先に降ろしてもらった。
 そこから一人で歩いて学院に登校する。

 立派な石造りの正門をくぐると、そこは広大な敷地を持つクバル魔法学院。
 重厚な石造りの校舎が建ち並ぶ校内を歩き、自分の教室に向かった。

 教室に入ると、同級生の男子二人と顔を合わせた。
 太った方がブゴリで、痩せたメガネがノビー。

「おいノビー。なんか変な匂いがしないか?」
「え? そうかい?」

 この二人は貴族であり、平民を馬鹿にしているイヤなヤツらだ。

「そうだよノビー。平民の匂いだよ。おう、フウマじゃないか。おはよう」

 平民の匂いなんてあるはずがない。やっぱり俺のことをからかっていたんだな。

 俺は魔法の才能がなくて落ちこぼれなせいもあって、いつもからかいの標的にされている。

 この地の領主、クバル公爵は「あらゆる領民が平等に学び、国力を高めるべきである」という素晴らしい考えをお持ちだ。

 だからここクバル魔法学院は貴族の子息だけでなく、俺のような平民も通わせてもらっている。
 しかも学園では身分の違いも関係なしに、実力主義を標榜しているのである。

 だけど領主様の崇高なお考えとは異なり、ブゴリやノビーのように、身分を重視する者も多いのが現実だ。

「おはよう」

 俺が挨拶を返したにもかかわらず、ブゴリとノビーは逆の方に振り向いた。
 そこには今しがた登校してきたイケメン男子がいた。

「あ、ツバル様、おはようございますぅ~」
「ああ、おはよう。お前ら、平民をいじめるのもたいがいにしとけよ」
「あ、はい。すみませんツバル様」

 ヤツらが媚びを売っている相手はツバル・クバル。彼はクバル公爵の次男坊。

 一見まともなことを言ってるが、実はそうではない。人前ではいい子ぶってるが、裏では平民を馬鹿にしていじめている。
 事実俺も、彼には今まで何度もバカにされている。

 父であるクバル公爵は立派なお方だが、その次男坊はわがままで女好きだと評判のダメ息子だ。

 ──とは言え、ここは教室の中で同級生たちの目がある。
 ツバルは周りの目を気にして、いいカッコをしてるってわけだ。

 その時、マリンが教室に現れた。彼女は同じクラスだ。

「あ、マリン。さっきはありがとう」

 彼女に馬車で送ってもらったなんてクラスメイトに知られたら、嫉妬の嵐でエライことになる。
 だけど知らん顔するのは礼儀に欠けると思って、『何を』とは言わずに礼を述べた。
 マリンも察してくれたのだろう。

「どういたしまして。またいつでもどうぞ」

 なんとでも取れるような返事をしてくれた。

「……ん? どうしたんだい? キミ達なんだか仲良さげだね。ボクの勘違いかな?」

 俺とマリンのやり取りを目ざとく見つけたツバルが絡んできた。まさかそんなことはないよな、って口調だ。

 我が校でも1、2を争う美人のマリンは、ツバルお気に入り女子の筆頭格だ。
 俺みたいな平民が親しげに話しているだけでもムカつくんだろう。

 言ってもヤツはこの地の領主の息子。睨まれて得なことはない。
 だからここは、はっきりと否定しておこう。

「仲良さげだなんて、そんなことは……」
「いいえ、勘違いじゃないわよツバル。フウマってとても興味深い人だもの。仲良くさせてもらってるわ」

 ──え?
 ええええぇぇぇぇ?
 待ってくれ。

「は?」

 俺、ピンチかも。
 めっちゃ不機嫌なツバルにギロリと睨まれた。

「ツバル。そんな嫌味な顔しないでよ。誰と仲良くしようが私の自由でしょ」
「……あ、いやいや。別に嫌味な顔なんてしてないよ。それこそ勘違いだよマリン。あはは」

 彼女に嫌われたくないって気持ちがバレバレだ。でもおかげで、あからさまに攻撃されずに済んだ。
 俺はアイコンタクトでマリンに「ありがとう」を言った。
 ニコリと笑顔で返してくれるマリン。

「はいはい! みんな席に着けよ~!」

 パンパンと手を叩く音が聞こえて、クラス担当教官の声が響いた。

 うちのクラスの担当教官、ローゼリア・ギュアンテ先生。
 彼女も3大貴族の一つ、ギュアンテ伯爵家の娘だ。

 すらりと背が高く長い手足。ポニーテールにした黒髪ロングヘアが美しい美人教官。

「おい、みんな座ろぜ。先生に迷惑かけちゃいけないぞ」
「ありがとう、ツバル君」

 女好きのツバルにとって、彼女はいいカッコを見せたい対象の一人だ。
 みんなが素直に席に着いたのを見て、ギュアンテ先生はみんなに言った。

「今日は転入生を紹介するわ。さあ、入って」

 教室に一人の女の子が入ってきた。それまでざわついていた教室内が、しんと水を打ったようになる。

 少し小柄だがスリムな金髪の女の子。白と黒を基調としたクバル魔法学院の制服がよく似合ってる。
 少し気が強そうだけどとても美人。その美しさに教室内が息を飲んだ。

 ──って、えっ? アイツ……
 
 ララティじゃないか!
 なんでアイツが転入生?

「ぎょえっ……」

 思わず変な声が出た。
 周りのみんなが俺を見る。
 ヤバい。慌てて下を向いた。

「彼女は遠い国からの留学生で、ララティ・アインハルト・ルードリヒだ。今日からしばらくこの学院に在籍することになった。みんな、よろしく頼むよ」
「ただいまご紹介に預かりましたララティ・アインハルト・ルードリヒと申します。皆さまよろしくお願いいたします」

 ララティはまるで清楚なお嬢様のように、貴族の儀礼に沿った丁寧な所作でお辞儀をした。

 おいおいおい。なんで魔王の娘が人間社会の魔法学院に入学してくるんだよ。
 いったいどういう手段を使って、転入の段取りをしたんだ?

 それよりも魔族だってバレたらどうすんだよ? エライ騒ぎになるぞ。

 ……あ、ララティのヤツ。ツノや鋭い爪は魔法で隠してるな。これだったらパッと見は魔族だってわからないけど。

「ララティ! ようこそクバル魔法学院へ! 僕は学級委員長のツバル・クバル。ここの領主の息子だ。歓迎するよララティ・アインハルト・ルードリヒ」

 ツバルが突然席を立ったかと思うと、クイっと自分を指して盛大に自己アピールした。
 美人には自分を売り込みたくて仕方ないんだろう。そういうヤツだ。

「そうだツバル君。今日の授業がひと通り終わったら、ララティにこの学院を案内してやってくれないか?」
「ええ、喜んで!」

 ツバルのヤツ、めっちゃ嬉しそうだな。
 ギュアンテ先生に頼られるわ、あんな美人とお近づきになれるわ。
 そりゃあ嬉しいんだろうな。

「んん……そういうことなら、あたしはあの人に案内してほしいな」

 教壇の前で、ララティは俺を指差していた。
 ツバルはララティの指が差す先を視線で追う。
 そしてその指先が俺を指していることに気づいて──

「お前かフウマ!」

 いや、そんなに恨みがましい顔をされても。
 俺が立候補したわけでもないのに。

 ──いったい、どうしろっちゅうねん!?

 恐ろしい形相のツバルに睨まれるのは本日二度目だぞ。
 勘弁してくれよ。とほほ。


= 魔王の娘、ララティ・アインハルト・ルードリヒ。自我じが亡失ぼうしつまで26日 =
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