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【第1話:貴様、あたしに何をした?】

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「貴様! あたしに何をした?」
「……へ?」

 黒っぽい服を着た少し小柄な女の子がすごい圧の目線で俺を睨んでる。
 宝石のように輝く赤い瞳。驚くほどの美人だけど、顔つきが怖すぎる。

 俺がなにしたって?
 えっと俺は……

・家の近くの森で山菜を採っていた。
 ↓
・そしたら突然目の前が白く光って、そこから分厚い表紙の立派な本が現れた。
 ↓
・その本には、見たことのない魔法の呪文がたくさん書かれていた。
 ↓
・興味本位で呪文を一つ詠唱してみると、本が光り出した。
 ↓
・そこにどこからか、金髪ですごく美人な女の子がいきなり現われた。
 ↓
・その時本からピンク色の光が飛び出して、彼女を包み込んだ。
 ↓
・女の子はピンク色の光に包まれながら、恐い顔で俺を睨んでいる。(←今ココ)

 ──って感じだ。

「その呪いの書は、我が一族に伝わる秘宝だ。その書を勝手に使い、あまつさえ、その呪いをあたしにかけようとするなんて、言語道断! 失礼千万! 貴様を焼き切ってちりにしてくれるわっ!」
「の、呪い!? そんなの知らんし!」
「は? 貴様、とぼけるつもりか? その書の呪文を使って、私に魔法をかけようとしたではないか! しかも眷属けんぞくの呪いだと? あたしを眷属にしようだなんて、1億年早いわ!」

 眷属ってあれだよな。
 従者じゅうしゃ家来けらい下僕しもべ

「あたしが誰かわかってやってんのか!?」
「いや……誰?」
「はぁっ? あたしを知らない? あたしも舐められたもんよね……不服じゃ!」

 女の子はガーンと涙目になって、拗ねた顔をしてる。
 だけど知らんがな。初対面だぞ。

「あたしは魔王キンプル・ルードリヒの一人娘。ララティ・アインハルト・ルードリヒよ!」
「な……なんと!」
「ふふふ……驚いたか」
「なんと長い名前だよ? 覚えられん」
「驚いたのはそこかいっ!?」

 魔王の娘だって?
 いやいやいや。魔王の娘だなんて冗談に決まってる。そんなすごいヤツがこんな所にいるはずないし。

「貴様、やっぱコロす!」

 女の子がくわっと目を見開いて、両手を前に掲げた。その手の周りに膨大な魔力が集まるのを感じる。

 ──なんだこれっ!?
 魔法学院で落ちこぼれの俺でもわかるくらい、強大な魔力量だ。

 よく見たら、頭から二つの小さな赤いツノが伸びている。つまりコスプレでないなら、この子は本物の魔族だってことだ!
 しかもこの強大な魔力からして、魔王の娘ってホントなのかも!

 ──ヤバい! 俺、殺される!

「うわわ、待って! たまたま開いたページの呪文を詠んでみただけで、キミに魔法をかける気なんてなかったんだ! ごめん! 許して!」

 両手を目の前ですり合わせて、思い切り頭を下げる。カッコ悪いとか、そんなの言ってられない。命の方が大事だ。

「ん……まあ。呪いをかけると言っても、貴様程度の魔力ならあたしの防御結界は破れないからな。なんの呪いもかからんわ」

 ふんっと鼻で笑われた。それならそんなに怒るなよ。
 でも許してくれそうでよかった。

「とにかくその呪いの書を返せ」
「はい! よ、喜んで!」

 俺はずしりと重い本を抱えて、女の子に向かって駆け出した。
 彼女の身体は、まだピンク色の光に包まれている。

「あっ……」

 地面の石につまずいた。バランスを崩して、抱えていた本を投げ出してしまった。
 女の子は宙を舞う本をキャッチしようと、背伸びをして両手を上げた。

 俺は前のめりにコケそうになった。
 女の子の下半身が目の前にある。慌てて女の子の腰に抱きついた。

 幸い倒れるのは防げたが……女の子のスカートとスパッツを、ズルリと足首まで下げてしまった。

 目の前には、つるんとした女の子の股間。
 うん、毛は生えていない。
 ケガなくてよかったね。

 ──いや、そうじゃなくて!
 俺は慌てて視線をそらして上を向いた。

「う……き、貴様っ!!」

 頭の上で両手で呪いの書をキャッチしたまま、下半身丸出しで俺を見下ろす女の子。
 人ってこんなに赤くなるのか、ってくらい顔が真っ赤になってる。──って、人じゃなくて魔族だけど。

 俺は変態の犯罪者として逮捕されるのか!?
 いやだ、やめてくれ!

 いや待て。相手は人間じゃなくて魔族だ。
 ということは犯罪じゃないな。
 ──よし、セーフだ。

 いや、セーフじゃない!
 魔王の娘にすんごい目つきで睨まれている。
 目が合った。めっちゃヤバい!
 俺、コロされる……

 ──と思った瞬間。
 女の子を包むピンクの光が、すうっと彼女の身体の中に吸い込まれていく。

「うぅぅわ、マズいっ! 防御結界が崩れる……」

 苦しげに顔を歪めてうめくような声を上げる美少女。いったい何が起きてるんだ?

「あああああああ……お願い、やめてぇ……」

 俺は慌てて彼女の下半身の衣服を引き上げた。大事なところはちゃんと隠せた。

 これで許してくれる……はずがない!
 残虐非道な魔王の娘が、許すとは思えない!

 苦しげに身をよじる彼女。ピンクの光は完全に体内に取り込まれたようで、もう光っていない。
 そして手の甲に複雑な柄の『紋様もんよう』が現れた。

「くっ……あたしとしたことが!」

 ──あれっ? どうした? 何が起きた?

「貴様。よくもやってくれたなっ!」

 いきなり手首をがっしり掴まれた。
 うわっ、めっちゃ怒ってる!

「俺はなにもやってません! 離してっ!!」
「はい、離します」
「……へ?」

 いきなり手を離してくれた。
 どえらく怒ってた割に、こんなに素直に言うことを聞いてくれるなんて。

 めっちゃ怖い子かと思ってたけど、実はすごくいい子なのかも!

「くそっ、これは本格的に……ってしまってる……マズいぞ」
「え? 何が?」

 ブツブツ何かを言ってるけど、よく聞き取れん。

「とにかく一旦退散だ。瞬間移動の魔法ヴェーゲン

 自称魔王の娘は、瞬時に消えた。

 すげぇ!
 瞬間移動の魔法。初めて実物を見た。

 有名な魔法だし、術式は書物にも載っている。
 だけど極めて強い魔力と高度な術式展開が必要で、実践できる者は極めて少ない。

 そんな魔法を事もなげに使うとは、さっきの女の子は本当に魔王の娘なのかも。

 そんなヤツに眷属の呪いをかけかけたなんて、俺ヤバかったな。
 もしもホントに呪いがかかってたら、さすがに彼女も激怒して俺は殺されていただろう。

 ──ああ、よかった。



***

「くっ……あたしとしたことが……」

 長年探し続けていた『呪いの書』をようやく見つけたと思ったら、あんなことになるなんて。

 ──ああっ、もうお嫁に行けない!

 大事なとこをあいつに見られて、あまりの恥ずかしさに、防御結界を張る魔法が乱れてしまった。
 そのせいで、あんな程度の魔力の魔法にかかってしまった。

 ──アイツ、めっちゃくちゃに殴ってやりたい! だけど……

 あたしは手の甲に現れた『眷属の証あかし』をじっと見つめた。
 これが現われるということは間違いなく、アイツの術にかかっているということだ。

 慌てて逃げたからよかったものの、アイツがあたしになにかを命令したら、あたしは自分の意志に反してヤツの言うことを聞いてしまう。

 ──そう。「手を離せ」と言われて、その通りに従ったように。

 だったら、もうあいつの前に行かなけりゃいいのかと言うと、ことはそう単純ではない。
 ヤツの魔力が弱かったせいで、今のところあたしは自我を保っている。

 だけど日が経つと、毒が身体を巡るようにヤツの魔力があたしの体内で増幅する。そして許容量を超えると、とんでもないことが起こる。

 この体内を流れる『眷属の呪い』の魔力を測ってみた。

「ん……ヤバいな。30日で、あたしの自我は亡失ぼうしつする」

 自我じが亡失ぼうしつ
 つまり自分の意思が完全になくなり、術師の操り人形のようになる。
 そうなればあたしは、自我を失ったままヤツの元に馳せ参じて、アイツの完全な眷属と成り果てるのだ。

「くっ……魔王の娘のあたしが。あんなクソ弱い魔力の人間に……」

 そんなことは許されるはずはない。
 しかしこの『眷属の呪い』は解除することが極めて難しい。それだけ強力な古代魔法だ。

「いや、諦めるのは早い。試してみるか」

 あたしは両手の指を組んで呪文を唱えた。
 両手に魔力が集まり、その光がどんどん大きくなっていく。

「我にかかりし呪いを祓いたまえ……『呪いを祓う強力な魔法アウストレーベン』!」
 
 詠唱と共に両手に集まった魔力の光が、あたしの全身を包んだ。しかしその光は、弾けるように霧散した。

「くっ……やはりダメか」

 解除魔法はやはり通用しない。

 呪いの書によると、この呪いは術師自身が解除することも難しいらしい。
 よっぽど強大な魔力を持つ術師でないと、解除魔法を発動させることはできないようだ。
 だけどアイツの魔力は微々たるものだった。解除に必要な魔力の何万分の一しかなかった。
 つまりアイツに解除してもらうことは不可能。

 となると、『呪いの書』に書かれている解除方法はあと一つだけ。
 術師……つまりあの男が死ぬしか、解除の方法はない。

 さあ、どうしようか。
 アイツを追いかけて、殺すチャンスを伺う。

 ──やはりこれしかないか……



= 魔王の娘、ララティ・アインハルト・ルードリヒ。自我じが亡失ぼうしつまで30日 =
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