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第4章
(11)死神
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ーー引き続き、帳珈琲店。
店内清掃とトイレ清掃まできっちり終えた。
「死神さん、お疲れ様でした。本日の掃除は、これで終了です」
珈琲店の扉を開けて、二人揃って外にでる。扉の開閉に合わせて、夜の町に独特なカウベルの音色が響いた。
カロンッ--。
「ところで死神さん。今までどうやって食事をしたり、寝床を確保していたんですか? お金もなく」
「寝床は猫の姿になって、行く先々のオウチにこっそり潜り込んで休ませて頂いてました」
「食事は?」
「もともと死神は、食事をしません」
「え?」
あれだけ美味しそうに飲み食いしていたのにと言いたげな目で、帳さんがこちらを見てくる。
「人間の食事に興味があるなんて、死神界では私ぐらいで……。私は非常に異端な存在みたいです。他の死神達は、特に食物の摂取はしていません」
月を背に、帳さんと並んで歩きながら雑談する。
「人間にとって食事は、生命維持のためにも不可欠ですが。死神の生存期限は決まっていて、その時がきたら自然消滅します。人間でいう所の寿命みたいなものでしょうか」
「その時……というのが、いつなのか。あなたは知っているのですか?」
「はい」
隣を歩く帳さんの足が止まった。
追い越してしまった彼を、振り返る。
「いつ? ……と、聞いてもよろしいですか?」
その問いに、私は首を横に振った。
「誰にも言ってはいけません。ただ、相対的に死神は、人間よりも長く存在し続けます」
「そうですか」
「はい」
また歩き出した帳さんの隣に並んだ。
死神の在り方を人に話したのは初めてだったし、自分自身の事を知ろうとしてくれた人も、初めてだと思う。
嬉しい。
けれど、話せば話すほど死神と人間の違いが浮き彫りになるようで、なんだか少し寂しかった。
「やはり……。人間と死神には、大きな違いがあるんですね」
その言葉に、今度は私が足を止める。
違いを認識した彼に、拒絶されてしまうのだろうかと、胸の中が不安でいっぱいになっていく。
「それなのに、あなたの価値観は人間そのもので、もっと言えば、人間以上に『人の心』を持っている」
「え?」
「死神さんを見ていると……死神だとか人間だとか、そんな事は友人を作るうえで全く関係ないことだと、改めて実感しますね」
その言葉に胸が熱くなった。
自分に、人と同じ繊細な心があるのかは分からないけれど、思わず泣き出してしまいそうになるのを唇を噛み締めて我慢する。
「置いていきますよー。死神さん!」
先を歩く帳さんが手招きしている。
「まっ、待ってください。すぐに……」
込み上げる涙を上を向いて耐える。滲んだ視界の先で、夜空の月が微笑んでくれたような気がした。
「そうだ。ホームで老婦人の小町さんを助けた教師の真田さんが、今後また小町さんと再会するんですよ」
涙を誤魔化すように、私はまた自身が関わった人々の話を始める。少し泣き虫になってしまった事をからかわれるかと心配したけれど、帳さんは前を向いたまま私の言葉に真面目に応えてくれた。
「確か真田さんは、小町さんを助けた事で、自分自身も救われていましたね」
帳さんはきっと、私の涙に気付かない振りをしてくれているのだろう。
「出会いというのは、不思議なものですね」
私は涙を拭い深く頷いて言葉を返した。
「本当に、不思議なものですね」
自分は今、気負わず本音を話せる人に出会えた。
笑い上戸で、少し意地悪で、けれど紳士な立ち居振る舞いの珈琲店のマスターだ。
有り難うという想いを、伝えたい人ができた。
伝えてみようかと、うつむいてそんな事を考える。
「あ、あの…………。帳さん、まだ出会ったばかりですが、帳さんに感謝を……」
意を決して顔を上げて横をみると、隣には誰もいなかった。
「は? え? と、帳さん?」
焦って辺りを見渡すと、ほんの少し前の曲がり角を曲がって、そのまま歩を進めている帳さんの背中が目に入る。
「ちょ、ちょっと、帳さん! 曲がるなら曲がるって言って下さいよ!」
私の声に、帳さんも驚いたようにこちらを振り返った。
「てっきり、着いてきているのかと思ってましたよ僕は……」
「隣から居なくなったら気付きませんか?」
「それは死神さんがメソメソしていたので、あまりそちらを見ないようにしていたんですよ」
「べ……べつ、別に! 私はメソメソなんか」
「してないと?」
「し……してましたけど! な、何か問題でも?」
「うわー。開き直りやがった」
「え? 今、ものすごく口が悪かったんですけどキャラ変ですか?」
「気のせいですよ」
絶対、気のせいでは無い。
そう思う。
けれど同時に、そんな雑な一面もあるのかと、知ることができて良かったなと思えた。
人を繋ぐ縁について、友達という関係性について、まだまだ分からない事ばかりだけれど、それでも自分の中で一つだけ、はっきりしている事がある。
それは、このマスターとのお喋りが、とても、とても楽しく心地良いということだった。
店内清掃とトイレ清掃まできっちり終えた。
「死神さん、お疲れ様でした。本日の掃除は、これで終了です」
珈琲店の扉を開けて、二人揃って外にでる。扉の開閉に合わせて、夜の町に独特なカウベルの音色が響いた。
カロンッ--。
「ところで死神さん。今までどうやって食事をしたり、寝床を確保していたんですか? お金もなく」
「寝床は猫の姿になって、行く先々のオウチにこっそり潜り込んで休ませて頂いてました」
「食事は?」
「もともと死神は、食事をしません」
「え?」
あれだけ美味しそうに飲み食いしていたのにと言いたげな目で、帳さんがこちらを見てくる。
「人間の食事に興味があるなんて、死神界では私ぐらいで……。私は非常に異端な存在みたいです。他の死神達は、特に食物の摂取はしていません」
月を背に、帳さんと並んで歩きながら雑談する。
「人間にとって食事は、生命維持のためにも不可欠ですが。死神の生存期限は決まっていて、その時がきたら自然消滅します。人間でいう所の寿命みたいなものでしょうか」
「その時……というのが、いつなのか。あなたは知っているのですか?」
「はい」
隣を歩く帳さんの足が止まった。
追い越してしまった彼を、振り返る。
「いつ? ……と、聞いてもよろしいですか?」
その問いに、私は首を横に振った。
「誰にも言ってはいけません。ただ、相対的に死神は、人間よりも長く存在し続けます」
「そうですか」
「はい」
また歩き出した帳さんの隣に並んだ。
死神の在り方を人に話したのは初めてだったし、自分自身の事を知ろうとしてくれた人も、初めてだと思う。
嬉しい。
けれど、話せば話すほど死神と人間の違いが浮き彫りになるようで、なんだか少し寂しかった。
「やはり……。人間と死神には、大きな違いがあるんですね」
その言葉に、今度は私が足を止める。
違いを認識した彼に、拒絶されてしまうのだろうかと、胸の中が不安でいっぱいになっていく。
「それなのに、あなたの価値観は人間そのもので、もっと言えば、人間以上に『人の心』を持っている」
「え?」
「死神さんを見ていると……死神だとか人間だとか、そんな事は友人を作るうえで全く関係ないことだと、改めて実感しますね」
その言葉に胸が熱くなった。
自分に、人と同じ繊細な心があるのかは分からないけれど、思わず泣き出してしまいそうになるのを唇を噛み締めて我慢する。
「置いていきますよー。死神さん!」
先を歩く帳さんが手招きしている。
「まっ、待ってください。すぐに……」
込み上げる涙を上を向いて耐える。滲んだ視界の先で、夜空の月が微笑んでくれたような気がした。
「そうだ。ホームで老婦人の小町さんを助けた教師の真田さんが、今後また小町さんと再会するんですよ」
涙を誤魔化すように、私はまた自身が関わった人々の話を始める。少し泣き虫になってしまった事をからかわれるかと心配したけれど、帳さんは前を向いたまま私の言葉に真面目に応えてくれた。
「確か真田さんは、小町さんを助けた事で、自分自身も救われていましたね」
帳さんはきっと、私の涙に気付かない振りをしてくれているのだろう。
「出会いというのは、不思議なものですね」
私は涙を拭い深く頷いて言葉を返した。
「本当に、不思議なものですね」
自分は今、気負わず本音を話せる人に出会えた。
笑い上戸で、少し意地悪で、けれど紳士な立ち居振る舞いの珈琲店のマスターだ。
有り難うという想いを、伝えたい人ができた。
伝えてみようかと、うつむいてそんな事を考える。
「あ、あの…………。帳さん、まだ出会ったばかりですが、帳さんに感謝を……」
意を決して顔を上げて横をみると、隣には誰もいなかった。
「は? え? と、帳さん?」
焦って辺りを見渡すと、ほんの少し前の曲がり角を曲がって、そのまま歩を進めている帳さんの背中が目に入る。
「ちょ、ちょっと、帳さん! 曲がるなら曲がるって言って下さいよ!」
私の声に、帳さんも驚いたようにこちらを振り返った。
「てっきり、着いてきているのかと思ってましたよ僕は……」
「隣から居なくなったら気付きませんか?」
「それは死神さんがメソメソしていたので、あまりそちらを見ないようにしていたんですよ」
「べ……べつ、別に! 私はメソメソなんか」
「してないと?」
「し……してましたけど! な、何か問題でも?」
「うわー。開き直りやがった」
「え? 今、ものすごく口が悪かったんですけどキャラ変ですか?」
「気のせいですよ」
絶対、気のせいでは無い。
そう思う。
けれど同時に、そんな雑な一面もあるのかと、知ることができて良かったなと思えた。
人を繋ぐ縁について、友達という関係性について、まだまだ分からない事ばかりだけれど、それでも自分の中で一つだけ、はっきりしている事がある。
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