十王閻魔帳

平 和泉

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第6話

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時折、ぞろぞろと道を歩いてくる魑魅魍魎たちから身を隠しつつようやく邸に戻ってきた。
部屋に入り、畳の上にごろんと横になれば、あとから入ってきた陸奥が苦言を呈した。

「いいじゃないか。今夜は暖かいから風邪をひくわけでもないし」
「…………お前は自分がいまどんな状況下に置かれているのかまだわからないのか?」

そう言われ、一応考えてみる。
邸に戻る前……確かに彼に言われた。

「仕方ないから今夜は俺が結界を張っておいてやる。だが効果は一晩だ。太陽が出たらすぐに陰陽師を頼れ」

陸奥は懐から符を数枚取り出すと言霊を口にしながら塗籠の内部…四隅へとそれを張り付けてゆく。

「これは俺の管轄外だからな」
「………お前はすごいな…」

今更ながら感心する。

「わかった。陰陽師を頼ればいいのか」

ここまで親切にしてくれるということはやはり自分の身が危険にさらされているにに違いないと判断し、提案を受け入れる。
だが素直な言葉を口にしたせいか、陸奥が微妙な表情をした。

「どうした?」
「いや………なんでもない。じゃあ今夜はゆっくり休め」

ではな、と身を翻して出て行ってしまった。
そこでようやく自分たちが暗闇の中で会話し、互いの姿を視認していたことに気付いた。
既に灯りを落としてしまっているため室内は真っ暗だったが、夜目はなぜか利いていたのだ。
さきほどまで夜の都に出ていたからだろうと結論付け、塗籠へ入ろうと立ち上がって踵を返す。





翌朝……といってもまだ薄暗い時分なのだが…、明壽は上司の許可を得て陰陽寮へと向かった。
既に先触れを出しており、いつでも結構という返答を貰っている。
寮に到着すれば、門前で自分と同じ年頃の少年が待っていた。
すぐに部屋に通される。
そこで待っていたのは壮年の男性だった。
名を加茂忠行。

「話は書状で伺っております」

お座りください、と丁寧な口調で言われ、なぜか鳥肌が立つ。
昔一度だけ会ったきりだったのだが、あの時よりも年を取ったなあと、年月が経つのが早いことに驚かされる。
言われるがまま指定された畳へと座す。

「宮中での騒ぎがまだ収束していないというのに、私事でお手を煩わせて申し訳ありません」
「いえいえ……久方ぶりに若君が私を頼ってくださること嬉しく思いますよ」

ははは、と笑う忠行。
その表情はやはり疲れているのが見て取れた。

「それで、書状にあった件ですが」

だがその疲れた表情も、本題に入ればなりを潜める。

「昨晩、なぜ外出された?」
「宮中に鬼が出た…と聞いたからです。ちょうど省でも遅番の者がいましたから」
「なるほど。本当にあなたは昔から無茶をされますな」

叱られるかと思ったが、そうではなかった。
反対に心配された。

「御父君にはこのことは?」
「………心配をかけたくはありませんので外に出たことを含めて伝えてはいません」

言えば父のことだ。
きっと自分を閉じ込めて出仕すら許可を出さないだろう。

「では若君がこちらへご相談にこられたことも伏せておきましょう」

と、そこにさきほどここまで案内してくれた少年が入ってきた。

晴明はるあき晴明」

名を呼ばれれば、その少年が返事をする。

「紹介しましょう。これは弟子の晴明といいます」
「晴明と申します」

床に綺麗な所作で座り、深々と頭を下げる晴明と呼ばれた少年。

「晴明殿ですか。私は藤原大丞たいじょうといいます。歳も同じくらいでしょうから気軽に呼んもらっても構いませんよ」
「ではそうさせてもらいます」
「これ、晴明」

すかさず忠行の声が飛ぶ。

「しかし師匠。若君が気軽に、とおっしゃっているんですよ。それに従わないのはおかしくはーーー」
「わかったわかった。ひとまず呼ぶまで外で控えていなさい」

そう言われ、どうやら不満たらたらだったのか、晴明の表情からそれが読み取れた。
彼が外に出るのを見送り、再び忠行へと視線を向ければ。

「いや、誠に弟子が申し訳ありません」

謝罪された。

「それよりも若君。昔と比べて、また一段と気配があちらに傾きましたな」
「気配……?」

聞き覚えのない言葉に眉根が寄る。
どうやら彼は自分が知らない何かを知っているのだろう。
そしてそれはおそらく父も知っているに違いない。

「それは今の私が聞いても答えていただける話ですか?」

念のため尋ねる。
幼い頃はまだ理解できないと判断されたのだろう。
けれども今は違う。
自分で判断もできる。

「そう、ですな。御父君からは答えるなとは厳命されませんでしたから」

どうやら教えてもらえるようだ。
彼の難しい表情に、居住まいを正す。

「若君が生来持っている魂魄は此岸と彼岸が混ざり合った……非常に稀なものなのです」





彼が語ったのは、現在自分が生きている此岸…現世とあの世である彼岸の話だ。
この魂魄を持つ者は非常に稀で、その大多数が生まれて間もなくこの世を去っているらしい。
魂魄が持つ彼岸の性質が影響しているのだろうということだ。
自分は生まれた時は此岸の魂魄が強かったため、生き延びたのだという。

「御父君は性質上、それを敏感に感じ取っておられたようです。そして私のところに相談に来られた」
「兄上が亡くなられた事件は……もしかして私の…?」

そこに行くのは自然の成り行きだった。
兄が亡くなったのは邸に入り込んだ夜盗だと言われていた。
だが、それも自分のせいだとすれば。

「決してそうではありません。あれは偶然なのです。あなたが気に病むことはーーー」
「忠行様」

彼の言葉を遮る。

「…………すみません。失礼します」

そこに居続けるのが怖くなり、忠行が止めるのも聞かずに飛び出した。
どこをどう歩いたのか、いつの間にか松林が見える場所に来ていた。
目の前にはゆらゆらと揺れる半透明な壁が見える。

「…………私は…誰、なんだ…」

その不思議な揺らめきに誘われるように一歩、また一歩と足が進んでゆく。

「……! …………!!」

誰かが後ろから駆けてくるのがわかったが、足は止まらない。
そしていつしかその壁を通り抜けていた。
通り抜けた瞬間、空気が変わったのがわかった。
悪寒が走り、ようやく我に返る。





そう。
ここは既に餓鬼が大量発生したという“宴の松原”の中だったのだ。
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