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郡司さんと私

郡司さんと私 その8

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 ――昔々のことだった。とある少女が父親と共に、中野という村のはずれにある小川のほとりに住んでいた。父は仕事に出る時は、いつも決まってこう言った。

「いいか? 家の外には出るんじゃないぞ。村の奴らがお前に何をするかわからんからな」

 少女は父の言いつけを守り、家から出ることはしなかった。彼女は毎日、家から村の様子をじっと眺めて過ごした。村は至って平和な様子で、見た限りでは意地の悪そうな人もいなかった。

「村の人は優しそうなのにな。なんでお父さんはあんなことを言うんだろう」

 ある日の夜、少女がいつものように留守番をして、仕事に行った父の帰りを待っていると、家の外から賑やかな太鼓と笛の音が聞こえてきた。駄目だということはわかっていたが、遊びたい盛りの彼女はとうとう我慢が出来なくなって、家を出て音のする方へと向かって行った。

 彼女を待っていたのは祭りの景色だった。笛の音に乗って獅子舞が踊り、村中が賑わっている。初めて見る光景に彼女が目を輝かせていると、村の子どもが寄ってきた。
少女を見た子どもたちは、彼女を指してげらげらと笑い囃し立てた。

「こいつ、見たことあるぞ。村のはずれに住んでる貧乏人だ!」
「ほんとだ! 貧乏くさい恰好だな!」
「ぼろぼろの着物で、恥ずかしくないのかよ?」

 少女の家は酷く貧乏だった。そして、父は娘に惨めな思いをして欲しくないからこそ、彼女を家の外に出さないようにしていたのである。泣いてしまいそうになるのを我慢しながら、少女は父があれだけ外出を許さなかった理由を理解した。

 その時のことだった。凛とした声が背後から聞こえてくると共に、青い目をした一人の女性が現れた。

「よしなさい。そのような悪さは神が許しませんよ」

 彼女の気迫に圧された子どもたちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。彼女は少女の肩に手を置くと優しく語りかけた。

「さあ、早く帰りなさい。お父さんもきっと心配していますよ」

 彼女の言いつけに従って、少女は家へと走り帰った。道中、彼女は自分を心配して迎えに来ていた父と出くわした。

 父は少女を強く叱咤し、彼女の頬を叩いた。

「だから言っただろう! しばらく外で反省してろ!」

 そう言って父は彼女を外に締めだした。少女はわんわん泣き喚いたが、それでも父は許さなかった。

 悲しさのあまり、少女は川のほとりをとぼとぼと歩いていた。ふと川を見れば、冷たく青い満月が川面に浮かんでいる。――と、川に映る月が大きく歪んだ。顔を上げると、川の上に先ほど少女を助けた青い瞳の女性が立っていた。

 青い瞳の女性は少女に向けて手を差し伸べた。少女はそれに誘われるよう彼女の手を取り、そして彼女の腕にそっと抱かれた。

 次の瞬間、女性の姿も少女の姿も綺麗さっぱり消え去った。あとに残ったのは、川面を穏やかに揺らす金色の鯉だけだった。

 青い瞳の女性は、少女の境遇を哀れんだ天女だったという話である。天女によって鯉に変えられた少女はどうなったのか。それは誰も知らない――。

 新座にまつわる天女の伝説について図書館で調べていたら、おおよそこのような話を見つけた。もしかして、この天女とやらがアマメなのではないかと、私は突拍子もないことを思った。
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