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アマメと私
アマメと私 その9
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それから私達は3人で様々な屋台を周った。青前さんときたら、大きなぬいぐるみを打ち落とそうと躍起になって何度も射的に挑戦したり、具の小さいタコ焼きに文句をつけたり、手をべたべたにしながらリンゴ飴を頬張ったりと、見ているこちらが幸せになるくらいに祭りを楽しんでいる様子である。
もちろんアマメも、頭には少女アニメのお面、右手はヨーヨーと、祭りを満喫していることは間違いなさそうではあるのだが、こうまでしてなお全く笑顔を見せないので、心から楽しんでいるのかどうかは不明であった。
お祭りをしばし楽しんだ私達は、校庭の端にあるジャングルジムに腰掛けた。私はソースが上手く混ざっていない焼きそばを食べながら、遠巻きに祭りを眺めた。
ちょうちんから漏れる優しい光が降り積もるわたあめを橙色に照らしている。響く太鼓の音に合わせて、屋台の屋根がゆらゆらと揺れている。これから新座では見ることは無いであろう景色を、私は少しでも目に焼き付けておこうとした。
ふいに声を上げたのは青前さんだった。
「あれ、アマメちゃんは?」
言われて周りを見てみると、アマメの姿が消えていた。神出鬼没は彼女の代名詞ではあるが、なにもこのような時に消える必要はないだろう。
「そのうち戻ってくるとは思いますが……どこへ消えたんですかね」
「あたし、少し探してくるよ。ナリヒラくんはここで焼きそば食べてて」
「そういうわけにもいきません」と私はジャングルジムから立ち上がる。
「私が探して来ましょう。青前さんはここで待って、もしも彼女が戻ってきたら携帯まで連絡ください」
「いいの?」
「浴衣で雪の上は歩きづらいでしょう。それに、私達以外は客もいないのです。お祭り会場といえど、すぐに見つかりますよ」
私は焼きそばの乗った白いトレーを青前さんに預け、アマメを探しにそこらを歩いた。しかし校庭のどこにも彼女の姿は見当たらない。茂川先生に見ていないかと訊ねてみたが、彼は「わからないや」と言いながらわたあめを作り続けるばかりであった。
しばらく探してもお祭り会場でアマメが見つからなかったため、私は校庭に面したところにある体育館の裏手までぐるりと周ってみた。会場から離れたせいなのか少し肌寒い。季節が夏の盛りから秋の終わりになったようだ。
学校の敷地内を歩いているうち、中庭にある池の前に誰かがしゃがんでいるのを見つけた。黄色い浴衣を着ていることから、遠目からでもアマメであることがわかった。彼女の手には、いつの間に貰ってきたのか金色の金魚が入ったビニール袋が握られていた。
「ようやく見つけた。君は相変わらず勝手にどこかへ行くね」
私は彼女の隣にしゃがみ込む。
「お祭り、楽しくなかったかい」
「ううん。すっごく楽しいよ」
「なら戻ろうよ。青前さんも心配してる」
「戻りたいことは戻りたいんだけどねぇ」と言ってアマメは池を見つめたままその場から動こうとしない。
「もしかして、君は青前さんが嫌いなのかい」
「ううん、そんなことないよ。むしろ大好き。昔の友達にそっくりだし」
「それなら、どうして」
「お姉さんのためを思って、かな」
アマメはふいに立ち上がると、自らの帯にごそごそと手をやった。やがて彼女が取り出したのは、銀色の小さなゾウキリンがぶら下がったペンダントであった。このようにNNSメンバー垂涎確実の珍妙な一品、どこで手に入れたのだろうか。
「お兄さん、これあげる。お祭りのお礼」
「そんな。お礼だなんて要らないよ」
しかしアマメは、「いいから」といってそれを私に押し付けた。
「大切にしてね、絶対に」
「まるで今から、この世から消えていなくなるみたいな言い方だ」
「消えないよ。新座がある限り、わたしという存在はあり続けるの」
そう言うとアマメは口元を緩めた。やけに大人っぽい哀愁が漂っているそれは、彼女が初めて私に見せる笑顔であった。
「じゃあね、お兄さん。お祭り、本当にありがと」
短くて強い風が私の頬を撫でた。舞い上げられた雪が目元まで飛んできて、私はたまらず顔を伏せた。
次に顔を上げた時、アマメの姿は忽然と消えていた。
私は「風と共に去りぬだなぁ」と呟きながら、彼女から貰ったネックレスを首に掛けた。
〇
ジャングルジムのところまで戻ると、青前さんが「どうだった?」と尋ねてきた。私は小さく首を横に振って、「帰ったようです」と答えた。
「お母さんに呼ばれたのかな?」
「どうでしょうか。あの子の場合、帰りたいから帰ったと考えた方が自然かと思われますが」
「まあ、いつものことだしね」
呆れたように笑った青前さんは、預けていた焼きそばを私に手渡すと、ジャングルジムと隣り合ったところにあるブランコに腰掛けた。私も彼女の隣のブランコに座り、ふたり揃って空を見た。先ほどに比べるとわたあめの粒が小さくなっている。祭りの夜の終わりは近い。
青前さんは「よいしょー」と勢いをつけてブランコを漕ぎ始めた。キーコーキーコーという懐かしい音が一定の間隔で響き、私をどこかノスタルジックな気持ちにさせた。
「きちんと夏になるころには、ナリヒラくんはハタチかな」
「ですね。正直いえば、まだあまり実感はありませんが」
小学生のころ、私は自分が中学生になるのだとは微塵も信じていなかった。小学校六年生の三月三十一日で時計の針がくるくると逆回転して、小学校一年生の四月一日から人生をやり直すものだとばかり考えていた。中学生になってからは、次こそ三年生の三月三十一日で小学校の初めに時が戻るものだと――そして高校生になってからも同じようなことを考えていた。
そんな私があと数か月で大人になる。十九歳と三百六十四日目で時計の針が逆回転する可能性を、私はまだ心のどこかで信じている。
「ねえ、ナリヒラくん。あたし、もうそろそろ成人式なんだよね」
「そういえばそうでしたね。青前さんは参加するんですか?」
「あったり前じゃん。振袖なんて着れるの、一生に何度もないんだから」
「なら、振袖姿になった時はぜひとも私にも見せてくださいね」
「いいよ。お父さんとお母さんの次に見せてあげる」
祭囃子が徐々に遠のいていく。太鼓の音がだんだんとまばらになっていく。ひとつ、またひとつとちょうちんが灯りを消していく。屋台が萎れて縮んでいく。野暮ったいほど甘い匂いが薄くなる。もう一度この匂いを嗅げるのも、八か月先の話である。夢の時間はもう終わる。
茂川先生が「おぅい」とこちらに手を振るのが見えた。
「そろそろ祭りもお開きだ! そんな恰好だとカゼひくよ!」
ブランコから飛び降りた私達は、先生の元に駆けていった。慌てて防寒着を着込んでいると冷たい風が頬を撫でた。耳が赤くなったのは、既に暑さのせいではない。
茂川先生は夏を運んでくる不思議なわたあめ製造機を片づけながら、「楽しんでいただけたかな?」と私達に訊ねた。
「ええ、とっても」と私は答え、青前さんは「ありがとうございますっ!」と弾ける笑顔で頭を下げた。
「それは何よりだよ」と笑った先生は、新座にすっかり冬が戻る前に素早くデロリアンに乗り込んだ。「さて、寒くなる前に僕は行くよ。在原くん、また大学で会おう」
アクセルを吹かした茂川先生は、窓から顔を出して何度も手を振りながら空へと消えていった。先生を見送ってから周りを見回すと、気づけば祭りは影も形も消えていた。
青前さんは自らの頭に手をやると、髪にくっついていたわたあめを手に取り舌の上に乗せた。彼女はニっと微笑んで「甘い」と呟いた。
「だから、夢じゃない」
私の中に長年あった雪への恐怖が少しだけ和らいだ気がした。
もちろんアマメも、頭には少女アニメのお面、右手はヨーヨーと、祭りを満喫していることは間違いなさそうではあるのだが、こうまでしてなお全く笑顔を見せないので、心から楽しんでいるのかどうかは不明であった。
お祭りをしばし楽しんだ私達は、校庭の端にあるジャングルジムに腰掛けた。私はソースが上手く混ざっていない焼きそばを食べながら、遠巻きに祭りを眺めた。
ちょうちんから漏れる優しい光が降り積もるわたあめを橙色に照らしている。響く太鼓の音に合わせて、屋台の屋根がゆらゆらと揺れている。これから新座では見ることは無いであろう景色を、私は少しでも目に焼き付けておこうとした。
ふいに声を上げたのは青前さんだった。
「あれ、アマメちゃんは?」
言われて周りを見てみると、アマメの姿が消えていた。神出鬼没は彼女の代名詞ではあるが、なにもこのような時に消える必要はないだろう。
「そのうち戻ってくるとは思いますが……どこへ消えたんですかね」
「あたし、少し探してくるよ。ナリヒラくんはここで焼きそば食べてて」
「そういうわけにもいきません」と私はジャングルジムから立ち上がる。
「私が探して来ましょう。青前さんはここで待って、もしも彼女が戻ってきたら携帯まで連絡ください」
「いいの?」
「浴衣で雪の上は歩きづらいでしょう。それに、私達以外は客もいないのです。お祭り会場といえど、すぐに見つかりますよ」
私は焼きそばの乗った白いトレーを青前さんに預け、アマメを探しにそこらを歩いた。しかし校庭のどこにも彼女の姿は見当たらない。茂川先生に見ていないかと訊ねてみたが、彼は「わからないや」と言いながらわたあめを作り続けるばかりであった。
しばらく探してもお祭り会場でアマメが見つからなかったため、私は校庭に面したところにある体育館の裏手までぐるりと周ってみた。会場から離れたせいなのか少し肌寒い。季節が夏の盛りから秋の終わりになったようだ。
学校の敷地内を歩いているうち、中庭にある池の前に誰かがしゃがんでいるのを見つけた。黄色い浴衣を着ていることから、遠目からでもアマメであることがわかった。彼女の手には、いつの間に貰ってきたのか金色の金魚が入ったビニール袋が握られていた。
「ようやく見つけた。君は相変わらず勝手にどこかへ行くね」
私は彼女の隣にしゃがみ込む。
「お祭り、楽しくなかったかい」
「ううん。すっごく楽しいよ」
「なら戻ろうよ。青前さんも心配してる」
「戻りたいことは戻りたいんだけどねぇ」と言ってアマメは池を見つめたままその場から動こうとしない。
「もしかして、君は青前さんが嫌いなのかい」
「ううん、そんなことないよ。むしろ大好き。昔の友達にそっくりだし」
「それなら、どうして」
「お姉さんのためを思って、かな」
アマメはふいに立ち上がると、自らの帯にごそごそと手をやった。やがて彼女が取り出したのは、銀色の小さなゾウキリンがぶら下がったペンダントであった。このようにNNSメンバー垂涎確実の珍妙な一品、どこで手に入れたのだろうか。
「お兄さん、これあげる。お祭りのお礼」
「そんな。お礼だなんて要らないよ」
しかしアマメは、「いいから」といってそれを私に押し付けた。
「大切にしてね、絶対に」
「まるで今から、この世から消えていなくなるみたいな言い方だ」
「消えないよ。新座がある限り、わたしという存在はあり続けるの」
そう言うとアマメは口元を緩めた。やけに大人っぽい哀愁が漂っているそれは、彼女が初めて私に見せる笑顔であった。
「じゃあね、お兄さん。お祭り、本当にありがと」
短くて強い風が私の頬を撫でた。舞い上げられた雪が目元まで飛んできて、私はたまらず顔を伏せた。
次に顔を上げた時、アマメの姿は忽然と消えていた。
私は「風と共に去りぬだなぁ」と呟きながら、彼女から貰ったネックレスを首に掛けた。
〇
ジャングルジムのところまで戻ると、青前さんが「どうだった?」と尋ねてきた。私は小さく首を横に振って、「帰ったようです」と答えた。
「お母さんに呼ばれたのかな?」
「どうでしょうか。あの子の場合、帰りたいから帰ったと考えた方が自然かと思われますが」
「まあ、いつものことだしね」
呆れたように笑った青前さんは、預けていた焼きそばを私に手渡すと、ジャングルジムと隣り合ったところにあるブランコに腰掛けた。私も彼女の隣のブランコに座り、ふたり揃って空を見た。先ほどに比べるとわたあめの粒が小さくなっている。祭りの夜の終わりは近い。
青前さんは「よいしょー」と勢いをつけてブランコを漕ぎ始めた。キーコーキーコーという懐かしい音が一定の間隔で響き、私をどこかノスタルジックな気持ちにさせた。
「きちんと夏になるころには、ナリヒラくんはハタチかな」
「ですね。正直いえば、まだあまり実感はありませんが」
小学生のころ、私は自分が中学生になるのだとは微塵も信じていなかった。小学校六年生の三月三十一日で時計の針がくるくると逆回転して、小学校一年生の四月一日から人生をやり直すものだとばかり考えていた。中学生になってからは、次こそ三年生の三月三十一日で小学校の初めに時が戻るものだと――そして高校生になってからも同じようなことを考えていた。
そんな私があと数か月で大人になる。十九歳と三百六十四日目で時計の針が逆回転する可能性を、私はまだ心のどこかで信じている。
「ねえ、ナリヒラくん。あたし、もうそろそろ成人式なんだよね」
「そういえばそうでしたね。青前さんは参加するんですか?」
「あったり前じゃん。振袖なんて着れるの、一生に何度もないんだから」
「なら、振袖姿になった時はぜひとも私にも見せてくださいね」
「いいよ。お父さんとお母さんの次に見せてあげる」
祭囃子が徐々に遠のいていく。太鼓の音がだんだんとまばらになっていく。ひとつ、またひとつとちょうちんが灯りを消していく。屋台が萎れて縮んでいく。野暮ったいほど甘い匂いが薄くなる。もう一度この匂いを嗅げるのも、八か月先の話である。夢の時間はもう終わる。
茂川先生が「おぅい」とこちらに手を振るのが見えた。
「そろそろ祭りもお開きだ! そんな恰好だとカゼひくよ!」
ブランコから飛び降りた私達は、先生の元に駆けていった。慌てて防寒着を着込んでいると冷たい風が頬を撫でた。耳が赤くなったのは、既に暑さのせいではない。
茂川先生は夏を運んでくる不思議なわたあめ製造機を片づけながら、「楽しんでいただけたかな?」と私達に訊ねた。
「ええ、とっても」と私は答え、青前さんは「ありがとうございますっ!」と弾ける笑顔で頭を下げた。
「それは何よりだよ」と笑った先生は、新座にすっかり冬が戻る前に素早くデロリアンに乗り込んだ。「さて、寒くなる前に僕は行くよ。在原くん、また大学で会おう」
アクセルを吹かした茂川先生は、窓から顔を出して何度も手を振りながら空へと消えていった。先生を見送ってから周りを見回すと、気づけば祭りは影も形も消えていた。
青前さんは自らの頭に手をやると、髪にくっついていたわたあめを手に取り舌の上に乗せた。彼女はニっと微笑んで「甘い」と呟いた。
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