上 下
32 / 47
日常の波乱

残酷 ※R15かも

しおりを挟む
「ママ…」

 実験体が唯の頬に触れる。流れ出す雫に触れようとした。それだけだった。そのはずなのに。

「ぎゃあああああああああああ!!」

 実験体の手は唯の頬を引きちぎっていた。
 無くなったのは左頬。そこからおびただしい程の出血が始まる。唯は「痛い痛い」と泣き叫ぶしか出来ずにいた。あっという間に唯の真下の床は血で染まった。

「ママ…?ママ…!」

 あまりの激痛にうずくまる唯。実験体は再び唯に触れる。今度は腕。唯の右腕だ。

「ここ…みぃい!?痛い!!痛い…!!」

 実験体が今度は唯の右腕を引きちぎった。

「ぁ…ぁあ…」
「痛い痛い痛い!…助けて…痛い…」

 実の母親を心配する娘。
 助けを求める唯。

「ママ…ママ…!」
「恋々美…」

 泣いた娘を見たが故の母性本能なのか、酷く錯乱していたのだろう。そこには利が一致する二つの意思が生まれていた。
 泣いている娘を抱きしめたい母親と
 苦しんでいる母親を助けたい娘。

 二人は互いを抱き合った。
 心配させないように。
 安心させてあげられるように。
 そして次の瞬間、唯は実験体に抱きしめられた事によって頭部を粉々に破壊された。

「マ…マ…?」

 グチャッとみずみずしい音が響き、肉片が辺りに散らばる。実験体が問いかける。それに答える者はもういない。そこにあるのは片腕と頭の無い女性の死体だけ。肉体の切断面からは大量の血が飛び散って、死体を度々痙攣させている。

「ーーーーーーーーーーーーーーー」

 それは声にならない叫び。嘆き。悲しみ。
 少女の中の何かが崩壊する音が聞こえた。そんな気がした。声を枯らし切った実験体は一つの方向を見つめだした。ただ何かにすがるように、ハイライトの消えた瞳は絶望を象徴しながら光を求めている。
 全身が返り血で染まり、吐き気を催す臭いを放つ。
 小刻みに全身が震えているように見える。
 実験体の唇がぎこちなく動いた。

「パ…パ…」

 そして俺はその一部始終をただ目の前で観察していた。





☆●◇■△▼*▽▲□◆○★





「という訳でこの娘をしばらく預かってくれ」

 俺は実験体の血を採取し、さっそく会社で詳しく検査する。体内の成分バランスがどう変化したのか。その間、とある人物達に実験体を預かってもらう事にした。怪しまれないようにシャワーを浴びせ、服も着替えさせてから。唯の死は一先ず隠蔽した。

「久しぶりに顔を出したと思ったら。何だ、急に」
「そうよ、せめてご飯でも食べて行きなさい?」

 俺の実の両親。篠原正男まさおと篠原京子きょうこだ。

「いや、いい。仕事が立て込んでるんだ。面倒なら施設に預けるなり、託児所使うなりしてくれ。それじゃ」
「お、おい!待たんか!」

 父が何か言っていた気がするが、今は構っていられない。一刻も早くこの血を調べなければ。人の体をいとも容易く破壊するほどの怪力。エネルギー。これはきっと会社にとって大きな一歩となるだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

購買の喪女~30歳喪女で毒女の私が、男子校の購買部で働いている件について~

ダビマン
キャラ文芸
 自由に生きる!がモットーだった。 ちょっとお馬鹿で、ギャンブル好きな、佐倉公子(さくらきみこ)さんが。  バイトをクビになったのをキッカケに、男子校の購買部で働く事に……。  そして、いろんな事に毒を吐きながら、独断と偏見で渋々と問題事を解決?するお話し。  きみこさんは人と関わりたくは無いのですが……。男子高校生や周りの人達は面白い物がお好きな様子。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...