上 下
28 / 47
日常の波乱

隣には

しおりを挟む
 目的地へ向かう前にスーパーでナイフを購入した。あくまで護身用だが、分からない。俺のその時の情緒によっては変わるかもしれない。まだ指名手配の張り紙なんて物は無いが、テレビのニュース速報で俺の顔は割れている。今朝の新聞にも顔写真が載っているかもしれない。念の為マスクを着用して入店。無事購入。
 路地裏前に到着して深呼吸。いざという時を視野に入れ、意を決して奥へ進む。買ったナイフは片手に常備し、見えないよう背に隠した。ちょうど路地裏の中間辺り、パーカーのフードを被った男が一人、壁に寄りかかって立っていた。待ちくたびれたと言わんばかりに、気だるそうに体を壁から起こして俺の方に向き直る。
 面と向かっての第一声。どんな恨み辛みを吐き出してやろうかと考えていると、男はコチラへ猛ダッシュして来た。何も言わずにただ突っ込んで来た。見たところ丸腰。少なくとも手には何も持っていないように見える。
 男は俺の目の前まで来たところで大きく右腕を振りかぶった。

(殴って来る…!)

 即座に判断できた俺は背に隠していたナイフを男に向ける。やはり殺るしか無い、と。
 男のフードが風で取れた。そいつの顔は…

「よお…亮太」

 俺のよく知る人物、腐れ縁の笹橋将だった。

「え…なん、どぅえ!?」

 呆気にとられて俺の身体が一瞬硬直する。ナイフを振ること無く、俺はそのまま将に顔面をぶん殴られた。血は出なかったが血の味がする。コイツぶったね、親父にも打たれたことないのに。
 持っていたナイフは宙に舞い、少し離れた地面に突き刺さった。殴られた俺は仰向けに倒れた。

「いってて…まさか、お前が心美の父親だったとは…」
「ちげぇよタコ」

 なんだ違うのか。

「横塚からスマホを借りてお前に連絡した。絶賛行方不明中のお前にな。まさか、あんなにあっさり返信が来るとは思わなかったが…」

 確かに。相手がコイツだったから結果的には良かったが、もっと警戒した方が良かったかもしれない。もし篠原竜汰がハッキングやウイルス、ネット環境に干渉できるスキルを持っていたならば、俺の位置なんてとっくに特定、暗殺されてた可能性もある。
 将は倒れたままの俺の胸ぐらを掴む。

「なぁ…俺達腐れ縁なんだろ?亮太、お前いつも言ってたよな…」

 将が何か言っているが、俺は目を合わせられずにいた。今となっては合わせる顔が無い。どんな顔で話を聞けば良いのか分からない。

ポタッ

 最悪だ。雨か。こんな時に。

「心美ちゃんを守りたいのも、委員長が死んで混乱して逃げたくなる気持ちも分かる…分かってるさ!でも、だからって一人で抱え込んでんじゃねえよ!腐れ縁だろ!?テメェが勝手に縁切ってんじゃねえ!腐る時は一緒だ!俺は…っ」

 突然言葉に詰まる将。俺は不意に目を合わせてしまった。
 良かった…雨じゃなかった。

「こんな時…お前の隣に居てやれねえほど…弱い…存在なのかよ…」

 俺は約十年ほど将と付き合いがあるが、コイツが涙を流しているのを今初めて見たかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

購買の喪女~30歳喪女で毒女の私が、男子校の購買部で働いている件について~

ダビマン
キャラ文芸
 自由に生きる!がモットーだった。 ちょっとお馬鹿で、ギャンブル好きな、佐倉公子(さくらきみこ)さんが。  バイトをクビになったのをキッカケに、男子校の購買部で働く事に……。  そして、いろんな事に毒を吐きながら、独断と偏見で渋々と問題事を解決?するお話し。  きみこさんは人と関わりたくは無いのですが……。男子高校生や周りの人達は面白い物がお好きな様子。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...