朝起きたら幼馴染が隣にいる

あやかね

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天ヶ崎舞羽と風邪

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 朝起きたら隣に幼馴染がいる……のは、もういいとして、その日はなんだか様子がおかしかった。

「コホッ……コホッ……ふぇ、ふぇ、へくちっ ……ふぇぇ」

 目を覚ました時に左半身に感じる女の子の柔らかさ。ふにふにとした肢体のマシュマロのごときそれを指でつまむと「んーん」と甘い声で拒否の意を示す。オニキスのごとき瞳は熟れた桃のようにとろとろで、サクランボのように紅い頬がいつもより蠱惑《こわく》的に見えた。

「ゆう……風邪、引いた」

「見りゃわかる」

 天ヶ崎舞羽が風邪を引いていた。僕の隣で、超至近距離で。

「お前……昨日は割と元気だったじゃないか。それが一日でこうまでなるか?」

 僕は自由な方の手で舞羽の体を抱き寄せた。夏だというのに震えている彼女の体はいつもより小さく感じられて、かなりひどい症状であることが伺える。

 試しに額に手をやると、こちらが火傷しそうなほど熱があった。

「………?」

「熱をみてるんだ。動くな」

「…うん」

 昨日はいつもと変わった様子は無かったのに、いったい何があったのだろうか。もしや水風呂に浸かったあげく冷水シャワーを浴びたのか……? もしくは何か変なモノを食べたのか。一夜で体調を崩す要因などそれくらいしか思いつかないが、舞羽の言う事には、

「昨日、ゆうの部屋に行こうとして窓の鍵開けたの。でもその日はすっごく眠たくて、窓と窓の間を移動してるときに力尽きて寝ちゃったみたいで……すっごくお腹冷えた」

 完全なる自業自得であった。つまりは、僕の部屋と舞羽の部屋にまたがる形でお腹を出して寝ていたのだろう。

 そりゃあ風邪を引くわけだ。

「お前は……。もう次から窓は開けとくから、そんな無茶はするなよ?」

「うん………」

 と、力なく頷いて、舞羽はまた咳き込んだ。『病気と疲れは人を美しく見せる』と古い小説にあったけれど、まったくその通りだと思う。そもそも素顔が可愛い舞羽だから当然といった感じはあるけれど、重い風邪を引いた舞羽はいつもよりあでやかに見えたし、唇が触れそうな距離で見る彼女の不安そうな表情は絶世の美女と言って然るべき色香を漂わせていた。

 今日は平日だから学校がある。できる事なら僕が面倒を見てあげたいと思うほどに、彼女は魅力的だった。

 だけど、学校は行かねばならない。非常に残念な事である。

「舞羽。君の両親には僕から伝えておくから、ちゃんと病院に行くんだよ」

「……え…………」

「そんな哀しそうな顔をするなよ。学校に着いたら連絡するから」

「………やだ」

 舞羽は震える声でそう言った。

「いやだじゃない。僕だって君の看病をしたいんだよ……」

 舞羽の頭を撫で、そこで、僕ははたと気がついた。

 僕は何を言っているのだ? 彼女が風邪を引いたのは自業自得であり、処置を保護者と専門家に任せるのは当然の事。僕が悲しむ必要などまったくないではないか。

 冷静になれ、僕。僕の目の前にいるのはあの天ヶ崎舞羽だ。油断したら寝首をかかれるのは僕の方なんだぞ。

「でも、僕には少し荷が重い。病院に行けば良くなるから。頼むから行ってくれ」

「………ふぇ? ゆう、ゆう……?」

 僕は迷いを断ち切るがごとくベッドから降りた。このまま振り返らず部屋を出るのである。

 ……が、僕が歩き去ろうとすると、背後から泣きそうな声が聞こえた。

「………ゆう、寂しい」

「舞羽………」

「寂しい…………」

 振り返ると、本当に舞羽は涙をこぼしていた。たしかに風邪を引いた時は誰かに甘えたくなるものである。その不安は理解できるし、無性にどうにかしてあげたくなるもの。

 僕はついベッドのそばにしゃがんでしまった。舞羽が小さな手を伸ばして僕の顔に触れる。その手は幼子が母親を求めているように必死だった。

 僕はたしかに天ヶ崎舞羽にほだされかけていた。心を、というか母性を強く揺さぶられていたことは認めなければならない。

 だけど、忘れてはならないのが彼女がダメ人間であること。

 僕の人生をダメにするために遣わされた堕天使であるということだ。

 舞羽は僕の目を見て、ハッキリと、こう言った。

「ゆうは学校にいけない。風邪を引いた私と一晩過ごしたんだから、ゆうも風邪ひいてるんだよ。だから、ここで私と寝るしかないの」

「お前本当にふざけんなよ」

 天ヶ崎舞羽は紛うことなき悪魔である。

「ねぇ、一緒に寝て?」

 彼女は最初からこうするつもりで僕の隣で寝ていたのだろう。死なば諸共。風邪を引けばそれを利用するのが天ヶ崎舞羽という人間なのだ。

 それを忘れていた、僕が悪い。

「……くそ、とりあえず、僕達の親には言っとくからな」

 僕がそう言ったとたん舞羽は顔を輝かせてコクコクと何度も頷いた。

 ……本当は元気なんじゃないか?

 僕は、そう思わずにはいられなかった。


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