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1章
69.俺に染み付いた社畜精神は――
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「私物少ないな俺……」
ギルドホーム2階の自室。
ここを去る前の片付けをしながら、物の少なさに思わず苦笑してしまう。
冒険者になる前にお世話になった試験対策本を含めた勉強用の本が2冊に衣類が少しだけ。全部道具袋に詰め込んで軽く背負えてしまう量。たったそれだけなので片付けもすぐに終わってしまった。
「……この職場ともお別れになってしまうのか」
「よく言うわよ。貴方が自分で終わらせた癖に」
余計にがらんとした自室を眺めて感慨に浸っていると、冷ややかな声色が聞こえてきた。見てみると、部屋の入り口にファルとルミエナが立っていた。
ファルはいつもと変わらない相変わらずの無表情だがルミエナは。
「いとーさぁん……ぐすっ……うぅ……やめないでくださいぃ……」
俺が冒険者を辞めると宣言したときからずっと泣き続けている。
――冒険者資格の剥奪を受け入れた時、みんなからは諦めるな、考え直せと引き止められた。もし俺が普通の感性を持っていれば、皆の言葉に勇気付けられてもう少し足掻いたかもしれない。
だけど俺は社畜だ。組織のため上司のために働く歯車でしかない。俺がいることで貢献すべき組織や上司に迷惑を掛けてしまっては本末転倒。だから俺の意思は揺らぐことはなかった。
そして最終的には、ギルドマスターのファルが俺の退職を認めたことで話は終わった。
それから俺達イーノレカの面々はリースの試験結果を聞くことなくギルドハウスへと戻り、退職に向けての作業を行っていたのだった。
「私のことを上司にしておきながら、随分と勝手なことをしてくれたわね」
「それは……本当に悪いと思ってる」
奴隷時代、上司が欲しいからと半ば強引に買い取って上司になって貰って、それから短い期間の間に本当に色々あった。このホワイト企業だらけの異世界で俺が満足するような労働が出来ていたのも、ブラック企業に理解のあるファルが居てくれたお陰だ。それだけにこんな結果になってしまって本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
だから。
「ルミエナ、あとは任せるぞ。ファルを支えてやってくれ」
あとは優秀な後輩に託す。
俺が不甲斐ないせいで後輩に迷惑を掛けるのは忍びないが、誰かが抜けた穴を埋めるのもまた仕事だ。これもまたいい機会だと捉えて成長に繋げて欲しいと思う。
けれどそんな気持ちを知ってか知らずか――。
「い、いやですっ。あたし、イトーさんがいないとだめなんですっ」
首をぶんぶんと振り、珍しく俺の言葉に否定の意を表した。
そして。
「そ、そーだ! あ、あたしがんばって働いてイトーさんのこと養いますっ! イトーさんはお家でゆっくりしてくれていーですから! だから! だから――!」
「ルミエナ」
歩み寄り、両手で肩を掴む。
ルミエナの身体がビクッと震える。
「後は任せる」
「……………わ、わかりました。がんばり……ます……」
随分と間を開けての、消え入りそうな小さな声。
傍から見れば頼りない返事かもしれないが、一緒に仕事をしてきた俺は彼女の責任感の強さと優秀さをよく知っている。俺の至らなかった部分を反面教師にしながら頑張ってくれるはずだ。
となれば俺がここで出来ることはもう……何もない。
「よし――そろそろ行くとするよ」
「そう」
数少ない荷物を背負ってギルドホームの玄関まで歩みを進める。見送ってくれるのかファルとルミエナも黙ったままついてきてくれている。
「それじゃ元気で――」
そう言ってドアに手を掛けようとした時だった。
「ところで――どれぐらいで復帰するつもりなのかしら?」
ファルの、その予想外の言葉に動きが止まってしまった。
「……なんなのその呆けた顔は」
俺の顔を見たファルが何やら失礼なことを言い出すが――。
「いやだって俺は退職するわけだから復帰も何も」
「まさか貴方、辞めたぐらいで私から逃げられるとでも思っていたのかしら?」
…………。
……。
「…………は?」 「…………え?」
俺もルミエナもぽかんとした表情をしてしまう。
そんな俺達の反応が良くなかったのか、ファルは「はぁ」と溜息をついて。
「まだイーノレカはトップギルドになってないのよ? それなのに"辞めたからあとは知らない"なんて許すわけないじゃない」
「い、いやけど俺は資格が剥奪されてどうしようも――」
「そこをなんとかするのも貴方の仕事よ」
「お、おう……?」 「え? えぇ……?」
ルミエナが困惑している。正直言って俺も困惑している。
ただ俺に限っては困惑の気持ちだけじゃない。
この無茶振り。『そこを考えるのがお前の仕事』『そこをどうにかするのがお前の仕事』というフレーズ。それを聞いただけで俺の中にあった諦めの気持ちが『なんとかしなければ』というものに書き換わっていく感覚。
――ああ、やっぱりファルには敵わない。
俺に染み付いた社畜精神は、お世話になった組織と上司に貢献しろと、自分の役割を果たしていないのに放り出すのは不味いと叫んでいる。
そうだ。この人生での俺の道は、あの日から決まってんだ。
俺はこの先も、イーノレカのため、ファルのために働く。
だからこんなしみじみとした別れは要らない。
今、俺がここで告げるべき言葉は。
「そうだな、なるべく早く戻れるようにするよ。"仕事"が沢山あるだろうからな」
◇
イーノレカに再び貢献するための手段を見つける。それが第一目標だ。
けれども、生活の為に金は要る。つまり仕事をしなければいけない。
なので。
「こんにちはローガンさん」
俺は以前の上司、奴隷商人のローガンさんを尋ね。
「おお、イトーか。どうした急に? 仕事の話なら生憎頼めるような依頼はないぞ」
「いえ別に今日は仕事の話じゃなくてですね」
いや、ある意味仕事の話だな。けどまぁいいか。
とりあえず今、俺がやるべきことは――。
「また雇って欲しいんですよ。ちなみに今回は奴隷じゃなくてですね、あ、いや別に奴隷のように使って頂いてもいいというか使って欲しいんですけど、それとは別にですね――」
「…………あぁ……あの日もこんな頭痛してたっけか。頭いてぇ……」
ローガンさんの頭痛の種を増やすことになるとしても、再起に向けて走り出さなければならない。
全ては支えるべき組織・上司の元へ、もう一度辿り着くために――。
◇第一章 完◇
ギルドホーム2階の自室。
ここを去る前の片付けをしながら、物の少なさに思わず苦笑してしまう。
冒険者になる前にお世話になった試験対策本を含めた勉強用の本が2冊に衣類が少しだけ。全部道具袋に詰め込んで軽く背負えてしまう量。たったそれだけなので片付けもすぐに終わってしまった。
「……この職場ともお別れになってしまうのか」
「よく言うわよ。貴方が自分で終わらせた癖に」
余計にがらんとした自室を眺めて感慨に浸っていると、冷ややかな声色が聞こえてきた。見てみると、部屋の入り口にファルとルミエナが立っていた。
ファルはいつもと変わらない相変わらずの無表情だがルミエナは。
「いとーさぁん……ぐすっ……うぅ……やめないでくださいぃ……」
俺が冒険者を辞めると宣言したときからずっと泣き続けている。
――冒険者資格の剥奪を受け入れた時、みんなからは諦めるな、考え直せと引き止められた。もし俺が普通の感性を持っていれば、皆の言葉に勇気付けられてもう少し足掻いたかもしれない。
だけど俺は社畜だ。組織のため上司のために働く歯車でしかない。俺がいることで貢献すべき組織や上司に迷惑を掛けてしまっては本末転倒。だから俺の意思は揺らぐことはなかった。
そして最終的には、ギルドマスターのファルが俺の退職を認めたことで話は終わった。
それから俺達イーノレカの面々はリースの試験結果を聞くことなくギルドハウスへと戻り、退職に向けての作業を行っていたのだった。
「私のことを上司にしておきながら、随分と勝手なことをしてくれたわね」
「それは……本当に悪いと思ってる」
奴隷時代、上司が欲しいからと半ば強引に買い取って上司になって貰って、それから短い期間の間に本当に色々あった。このホワイト企業だらけの異世界で俺が満足するような労働が出来ていたのも、ブラック企業に理解のあるファルが居てくれたお陰だ。それだけにこんな結果になってしまって本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
だから。
「ルミエナ、あとは任せるぞ。ファルを支えてやってくれ」
あとは優秀な後輩に託す。
俺が不甲斐ないせいで後輩に迷惑を掛けるのは忍びないが、誰かが抜けた穴を埋めるのもまた仕事だ。これもまたいい機会だと捉えて成長に繋げて欲しいと思う。
けれどそんな気持ちを知ってか知らずか――。
「い、いやですっ。あたし、イトーさんがいないとだめなんですっ」
首をぶんぶんと振り、珍しく俺の言葉に否定の意を表した。
そして。
「そ、そーだ! あ、あたしがんばって働いてイトーさんのこと養いますっ! イトーさんはお家でゆっくりしてくれていーですから! だから! だから――!」
「ルミエナ」
歩み寄り、両手で肩を掴む。
ルミエナの身体がビクッと震える。
「後は任せる」
「……………わ、わかりました。がんばり……ます……」
随分と間を開けての、消え入りそうな小さな声。
傍から見れば頼りない返事かもしれないが、一緒に仕事をしてきた俺は彼女の責任感の強さと優秀さをよく知っている。俺の至らなかった部分を反面教師にしながら頑張ってくれるはずだ。
となれば俺がここで出来ることはもう……何もない。
「よし――そろそろ行くとするよ」
「そう」
数少ない荷物を背負ってギルドホームの玄関まで歩みを進める。見送ってくれるのかファルとルミエナも黙ったままついてきてくれている。
「それじゃ元気で――」
そう言ってドアに手を掛けようとした時だった。
「ところで――どれぐらいで復帰するつもりなのかしら?」
ファルの、その予想外の言葉に動きが止まってしまった。
「……なんなのその呆けた顔は」
俺の顔を見たファルが何やら失礼なことを言い出すが――。
「いやだって俺は退職するわけだから復帰も何も」
「まさか貴方、辞めたぐらいで私から逃げられるとでも思っていたのかしら?」
…………。
……。
「…………は?」 「…………え?」
俺もルミエナもぽかんとした表情をしてしまう。
そんな俺達の反応が良くなかったのか、ファルは「はぁ」と溜息をついて。
「まだイーノレカはトップギルドになってないのよ? それなのに"辞めたからあとは知らない"なんて許すわけないじゃない」
「い、いやけど俺は資格が剥奪されてどうしようも――」
「そこをなんとかするのも貴方の仕事よ」
「お、おう……?」 「え? えぇ……?」
ルミエナが困惑している。正直言って俺も困惑している。
ただ俺に限っては困惑の気持ちだけじゃない。
この無茶振り。『そこを考えるのがお前の仕事』『そこをどうにかするのがお前の仕事』というフレーズ。それを聞いただけで俺の中にあった諦めの気持ちが『なんとかしなければ』というものに書き換わっていく感覚。
――ああ、やっぱりファルには敵わない。
俺に染み付いた社畜精神は、お世話になった組織と上司に貢献しろと、自分の役割を果たしていないのに放り出すのは不味いと叫んでいる。
そうだ。この人生での俺の道は、あの日から決まってんだ。
俺はこの先も、イーノレカのため、ファルのために働く。
だからこんなしみじみとした別れは要らない。
今、俺がここで告げるべき言葉は。
「そうだな、なるべく早く戻れるようにするよ。"仕事"が沢山あるだろうからな」
◇
イーノレカに再び貢献するための手段を見つける。それが第一目標だ。
けれども、生活の為に金は要る。つまり仕事をしなければいけない。
なので。
「こんにちはローガンさん」
俺は以前の上司、奴隷商人のローガンさんを尋ね。
「おお、イトーか。どうした急に? 仕事の話なら生憎頼めるような依頼はないぞ」
「いえ別に今日は仕事の話じゃなくてですね」
いや、ある意味仕事の話だな。けどまぁいいか。
とりあえず今、俺がやるべきことは――。
「また雇って欲しいんですよ。ちなみに今回は奴隷じゃなくてですね、あ、いや別に奴隷のように使って頂いてもいいというか使って欲しいんですけど、それとは別にですね――」
「…………あぁ……あの日もこんな頭痛してたっけか。頭いてぇ……」
ローガンさんの頭痛の種を増やすことになるとしても、再起に向けて走り出さなければならない。
全ては支えるべき組織・上司の元へ、もう一度辿り着くために――。
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