上 下
65 / 70
1章

65.合同昇級試験開始

しおりを挟む
「イトー。絶対合格しなさいよ」

 打ち合わせを終えた俺達がガイウスさんの待つ試験場へと足を進めていると、ファルから声を掛けられた。シエラさんも丁度リースとカマセイ君に声を掛けている。ギルドマスターからのありがたい激励だ。

「任せてくれ。この試験がどれだけ重要かはわかっている」

 ファルの目指すトップギルド。それには高ランク冒険者の存在は必要不可欠。ここで合格すればファルの掲げた目標に一気に近付く。従業員としてここは踏ん張りどころだ。

「ルミエナも、しっかりサポートするのよ」
「は、はひっ。が、がんばりますっ」

 ファルから普段より強めの圧を感じるせいか、ルミエナの身体が強張る。まぁ少なくともガイウスさんへの怯えが薄まったようなので結果的にはいいだろう。


「じゃ、来なさい」


 言外に色々な意味を込められていそうな言葉で送り出される。
 同時にシエラさんの方も終わったらしく、リース達と合流する。

「……いよいよだねー」

 いつもの態度と違い、真剣な表情で呟くリース。

「はじまったら補助魔法かけるはじまったら補助魔法かける……」
「仕事は役割分担……オレはオレの役割をきっちり果たす……ッス」

 伝えた作戦をしっかりと反芻しているのであろうルミエナにカマセイ君。
 俺も頭の中でこの先のイメージを浮かべながら試験場へと足を踏み入れ。その瞬間。


「――さあ、始めようではないか」


 空気が変わったのを肌で感じた。
 ただ同じ空間に立っているだけにも関わらずゴブリンに襲われたときよりも、リースと戦ったときよりも、顧客や部長やファルに理不尽に詰められていたときよりも感じる重圧。
 これがSランク……以前リースが瞬殺されたというのも誇張でもなんでもなさそうだ。

「みなさん準備はよろしいですね?」

 立ち会いを務めるトマスさんの確認に。

「構わん」
「はい」

 頷くガイウスさんと俺。


「それではこれより……リース・ハルーインSランク昇級試験、及びイトー・コーイチAランク昇級試験を開始します」


 かくして、今後の俺の異世界生活を大きく左右することになる試験が始まったのだった。



                ◇



「えと、230ページ――」

 開始直後、打ち合わせ通りにルミエナが補助魔術の準備を始めた。
 リースからの事前情報だとガイウスさんの武器は自分の拳のみ。それなのに己の拳だけでドラゴンを討伐してしまうぐらいに規格外の強さを持っているらしい。そんなパワータイプの戦闘民族みたいな人の攻撃を一撃でも貰った場合、リースや俺はともかくカマセイ君たちは確実に戦闘不能になってしまう。
 なのでまずはルミエナの魔術で俺達全員の機動力を上げてもらう手筈になっている。

「随分と悠長なことをしておるな」

 ガイウスさんはそう言って腕を組んだまま開始地点から動かない。
 魔術も何も使わず己の拳だけで戦う以上接近しなければ始まらない。ガイウスさんには悪いけどこちらの準備が整うまではこうやって接近に気を付け――。


「まさか我が大人しく待つと思ってはおらんだろうな?」


 そうガイウスさんが言った瞬間、動きがあった。

「!? 消えたッスよ!?」

 いや、消えたんじゃない。
 カマセイ君には消えたようには見えるのかもしれないが、俺と恐らくリースにはガイウスさんがこちらに接近してきているのが見えている。
 この動き、あの人の狙いは――。

「ぐうっ!?」
「い、いとーさんっ!」
「――ふむ、我の拳を止めたか」

 狙いに気付いた俺は咄嗟にガイウスさんの右拳を両手で防いだが、それでも吹き飛ばされてしまいそうな衝撃と痛みを感じる。しかもまだ攻撃を止める気もないようで俺のガードを力づくで崩そうとそのまま力を込めてきている。

「ぐっ……いきなりルミエナを狙うのは卑怯じゃないですかね……」

 しかもこの攻撃は俺を狙ってのものではなく、ルミエナを狙ったものだった。ガイウスさんの視線や動きから狙いに勘付いた俺はすぐさまルミエナの前に立ち攻撃を防いだのだ。

「なに腑抜けたことを言っておる。厄介な魔術師から狙うのは定石であろう」
「……それはまぁ仰る通りですね」

 厄介な魔術師、か。ルミエナのことをランク通りの魔術師として見ている人には出来ない発言だ。後輩が立場ある人から評価されるのは嬉しいが、この場では正直侮っていて欲しかった。お陰でこの瞬間使おうと思ってた手が何個か消えた。

「ではここから我と――力比べをしようではないかっ!」
「くっ!?」

 俺のガードを突き破ろうと、ガイウスさんの力が更に込められる。
 くそっ。予想はしてたけどやっぱりこれ以上があるのか……! 

「どうした? お前の力はこの程度か?」

 こっちが必死で抑えているっていうのにまだまだ余力があるように見える。このままでは間違いなく単純に力だけで押し切られる。
 だが俺は、


「――オレも居ること忘れてないッスかね」


 ガイウスさんの背後からカマセイ君の声。加速の強化魔術を受けて背後を取ったのだ。カマセイ君はそのまま自身の武器である大斧を振りかぶる。そのカマセイ君の行動にガイウスさんが一瞬気を取られたお陰で、俺に向けていた力が少しだけ弱まった。

 ――チャンスだ。

 といってもこの状態から俺が攻撃に転じる訳ではない。今ここで俺が取るべき行動は、ガイウスさんの右拳をこのまま俺に釘付けにしておくこと。


「ぬっ!?」


 防御一辺倒だった俺がガイウスさんの手を掴みにかかったことに驚きを見せる。
 右腕は俺が抑え、そして背後からはカマセイ君の大斧が迫っているこの状況。準備は整った。


「これは――上かっ!」


 音もなく飛び上がったリースが双剣を手にガイウスさんへと迫っていたことに気付かれる。だがもう遅い。右腕は俺が抑えている以上、リースとカマセイの攻撃を両方とも防ぐ手立てはない。
 そしてその状態のまま2人の同時攻撃がガイウスさんを襲った。

 …………のだが、結果は俺の予想通りにはならなかった。
 ガイウスさんはリースからの攻撃を防ぐことを選び、双剣を受け止めた左腕にはしっかりとダメージの跡が残っている。一方で防ぎ切れないカマセイ君の大斧は確実に横腹を捉えていた……が。

「こっちのは無傷ッスか……」

 カマセイ君の攻撃は確実に当たっているというのに、横腹に一切のダメージを負ったような痕跡も様子もない。予想はしていたがやはりステータスの差がありすぎる。だからこそ彼には敢えて注意を引いてもらったのだが、あの一瞬の間でこちらの作戦を見抜かれてしまったようだ。
 けど、この場をこれだけで終わらせるつもりはない。
 俺はガイウスさんの腕を掴んだまま、片手を手甲に刻まれた魔術陣に重ねて。

「炎よ――」

 リースとの模擬戦で実質的な勝利を掴んだルミエナ特性の組込魔術。現状俺が出せる最高火力をこの隙に叩き込む!

「おっとそれはさせんぞっ!」
「どわっ!?」

 あと少しで発動というところで掴んでいた手を力任せに振り払われる。
 そして気がついた時にはもう既に最初の位置まで距離を取られてしまっていた。

「お前のそれは危険と聞いているのでな」
「……よくご存知で」

 あのタイミングで避けられたのは痛いが、飛び退いたというのは俺の自爆魔術戦法が通用する証拠にもなる。やはり俺が狙っていくべき攻撃はこれだ。

「んー補助魔術でいつもより速く動けるし、これなら今度はもーちょっと深く切り込んでもだいじょーぶかなー」
「あ、でも結構身体に負担かかっちゃうのであんまり無茶な動きはしない方がいいかもです」

 リースの攻撃は通用しているし、ルミエナの補助魔術も効果的に働いている。

「……オレの攻撃が通らないことなんてわかってたことッス。結局やれることをやっていくしかないッスよね」

 心配だったカマセイ君も自分で持ち直してくれている。
 多少ではあるがダメージを与えられた今の状況は悪くない。この調子で数的優位を活かしながら立ち回っていこう。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

辺境領主になった俺は、極上のスローライフを約束する~無限の現代知識チートで世界を塗り替える~

昼から山猫
ファンタジー
突然、交通事故で命を落とした俺は、気づけば剣と魔法が支配する異世界に転生していた。 前世で培った現代知識(チート)を武器に、しかも見知らぬ領地の弱小貴族として新たな人生をスタートすることに。 ところが、この世界には数々の危機や差別、さらに魔物の脅威が山積みだった。 俺は「もっと楽しく、もっと快適に暮らしたい!」という欲望丸出しのモチベーションで、片っ端から問題を解決していく。 領地改革はもちろん、出会う仲間たちの支援に恋愛にと、あっという間に忙しい毎日。 その中で、気づけば俺はこの世界にとって欠かせない存在になっていく。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...