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1章

63.特例

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 ガイウスさんが王都に戻って2週間が過ぎた頃。

「朝のうちに受けてた依頼はこれで全部だな」
「思ったより早く終わりましたねー」

 俺はルミエナと一緒に業務に励んでいた。
 今日は特に仕事の進みが順調で、まだ日が暮れ始めた頃だというのにファルから指示されていた仕事は完了してしまった。こういう状況になった場合、普通の人であれば少し休憩時間に充てたり早上がりするらしいのだが――。

「んと、じゃあ戻りますか? 新しい依頼がきてるかもですし」
「そうだな」

 ギルドの為に尽くす俺達は、常に貢献しごとを求めて動き続けるのだ。



              ◇



 そうしてギルドに帰社した俺達を、予想だにしない来客が待っていた。

「おぉ、イトーよ。また会えて嬉しいぞ」

 来客用のテーブルから大きな手を上げて俺を出迎えたのは、この前出会ったばかりのSランク冒険者ガイウスさんと――。


「彼が噂の”不眠不死”ですか……なるほど」


 その隣には全く見覚えのない、眼鏡を掛けた線の細い青年が座っていた。
 ……これは一体どういう状況だ?

「丁度いいところに戻ってきたわね。こっちに来なさい」

 戸惑っているとカウンターからやってきたファルが、俺とルミエナをガイウスさん達来客と同じテーブルに着くように促してきた。状況は掴めないが上司の言うことには従うのみ。俺もルミエナも大人しく、ファルに続いてテーブルに着いた。


「彼、にあるギルド管理局本部の副長だそうよ」
「ええ、トマスと申します。噂の不眠不死とお会いできて光栄です」
「イトーです。こちらこそ遠いところからご足労頂きありがとうございます」

 ファルの紹介に合わせてトマスと名乗った男性から爽やかな笑顔で握手を求められたので応じておく。
 管理局の組織体制がどうなっているのかはわからないが、20代前半ぐらいなのに副長の地位に居る辺り優秀な人なのだと思う。なんというか出来る人特有の自信に満ち溢れたオーラがある。
 ただそれだけにそんなお偉いさんがここに来ている理由がますますわからない。管理局ならこの街にもあるのに、わざわざ王都からやってくるような目的に心当たりがない。一体何の目的で……。

「……ガイウスさん。イトーさんに何も説明もしていませんね?」
「ん? そうだがよく分かったな」
「彼の態度を見れば分かりますよ。丁寧な対応をしつつもこちらを注意深く観察し出方を窺っている……僕達の来訪目的を知っていればここまで警戒する必要もないでしょう」

 ……まさか俺の営業的対応を初見で見抜く人が居るとは思わなかった。このトマスさんという人、相当優秀な人のようだ。

「まったくあなたという人は……もし断られでもしたら完全に無駄足ですよ」
「そんな心配いらんさ。こんなうまい話断る奴なんざいねえよ」

 がっはっは。と豪快に笑い飛ばすガイウスさん。一方でトマスさんはやれやれと溜息をついている。国内トップギルドのマスターと管理局の副長……トマスさんにとっては中々気苦労の絶えなさそうな関係に見えるが、それほど嫌そうな様子でもなさそうだ。きっと2人の仲は悪くないのだろう。

「だったらそろそろその美味しい話というのを聞かせて貰えないかしら? こっちは仕事を中断してまで時間を作ってあげてるのだから」

 ……さすがファルだ。管理局のお偉いさんとトップギルドのマスターを相手にしててもまったく動じずブレがない。
 そんな失礼な物言いに対してガイウスさんは「おお、すまんすまん」と特に気にした様子も見せずに。


「我はな、能力のある者には正当な評価を与えるべきだと思っておる」


 俺の眼を真っ直ぐに見たまま、話を続ける。

「イトーよ。お前のことは調べさせて貰ったぞ。リースの小娘と引き分けたこともな」
「すみません、あれは引き分けじゃ――」

 そこまで言った瞬間、ファルからの強い視線を感じた。
 一瞬だけ視線を横にやる。『下に見られそうな発言するんじゃないわよ』という眼をしていた。

「そうですね。仰られる通り引き分けたことがあります。はい」

 上司様の意図を汲み取って即座に対応した。
 ファルの命令で降参した記憶があるのだが、その辺りは上司の都合次第で臨機応変に対応するのが部下の役目。前世で部長から「資料のここを直せ」と言われて直したのに、再レビュー時の部長の気分次第で「なんでここを直したんだ!」とお叱りを受けるうちに身に着けたスキルだ。

「それほどの力を持っているお前がEランクというのは納得ができん」
「同感ね。そろそろ各ランクの受験基準を経験よりも実力にするべきじゃないかしら」
「…………はは、これは耳が痛いですね」

 ガイウスさんに同調するファルに、トマスさんは困ったように愛想笑いを浮かべる。規則を定めている管理局側の人間からすると針のむしろなのかもしれない。心中お察しします。

「そこでだ。我の、この我の働きかけで特例としてお前が高ランクの昇級試験を受けられるように手配した」
「ほ、本当ですかっ!?」

 思ってもみなかった内容に思わず少しだけ腰が浮いてしまう。
 そんな俺を見てガイウスさんは満足そうに、力強く「うむ」と頷いた。

「……色々手筈を整えたのは僕ですけどね。イトーさんの実績や評判の調査に各種申請書の作成や試験会場の手配に……お陰で他の業務が滞りましたよ」

 深い溜息をつくトマスさん。
 ……本当に心中お察しします。立場が同じであれば仕事を手伝わせて頂きたいほどに。

「まぁそう言うな。これも未来ある若者、ひいては冒険者業界の未来の為だ。お前もそう思ったから色々と動いてくれたのであろう?」
「否定はしません。まぁイトーさんの場合はリースさんとの模擬戦の内容や、これまでの尋常ではない依頼達成数、そしてガイウスさんの話から一度試験を行うべきだと思いましてね」

 どうやらガイウスさんもトマスさんも俺の試験の為に色々と骨を折ってくれたらしい。本当にありがたいことだと思う。

「それで? その特例試験に合格したらイトーのランクはいくつになるのかしら?」

 俺としては降って湧いてきたような話で今より仕事の幅が広がるというだけで僥倖なのだが、依頼受付もしているファルとしてはどのランクまで昇級出来るのかというところも気になるのだろう。
 そんなファルの質問に対してガイウスさんは。


「――Aランクだ」


 俺の予想を軽く超える答えを口にした。
 Aランク。
 本来ならどう足掻いたところで受験資格を得るだけでもあと数年は掛かってしまう高ランク。この辺りではリースしか存在しない高ランク。これを俺が取得できれば仕事の幅が大きく広がるだけでなく、高い集客宣伝効果も期待できるレベル。
 予想外すぎる返答に俺は言葉を失い、ルミエナも半ば方針気味に「すごい……」と呟き、ファルは声こそあげていないものの若干目が見開いており、かなり驚いている様子が見て取れた。

「こほん。もう既に合格した気でいるようですが、あくまで試験に合格したらの話であることは忘れないでくださいね」

 トマスさんが念の為忠告してくれるが、うちに限ってはその忠告は意味を成さない。なぜなら。

「イトー。絶対に合格するのよ」
「承知しました」

 上司様の命令は絶対だからだ。
 ファルが、俺の上司様がこんな大チャンスを逃す筈がない。
 そして俺はベターな結果を出す為に、今から動いていかなければならない。

「試験の詳細についてお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、分かりました。まず試験の内容については当日まで伏せられます。ただ、今回の試験は特例の中でも更に特殊でして――」

 それから俺はトマスさんから試験について注意事項などの説明を受けた。

 トマスさん曰く、色々と事情があるため今回の試験は特殊な方法で行うとのことだ。
 なぜかと言うと、先日延期になってしまったリースのSランク昇級試験――これを俺と同じタイミングで実施したいらしい。つまり俺とリースが組んで何らかの試験に取り組む形になるそうだ。勿論向こうはSランクへの昇格試験なので俺とは評価基準は異なるとのことだった。
 それからあと1点。


「僕が指定する者を試験のサポートメンバーとして加えること。これを試験のルールとして設定させて頂きます」


 この条件は何を狙ってのものなのかはわからないが――。

「指定するメンバーは――」

 そのメンバーが発表されたとき――。



「……ふぇ? ……えっ? ……ぇぇぇええっ!?」



 ギルドホーム内にルミエナの珍しい大声が響き渡ったのだった。
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