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1章
58.弊社人材のご提案
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ギルドの為、大事な後輩の今後の人生の為。
「――是非ともうちのルミエナを雇って頂きたいのです」
業務の合間を縫ってルミエナの転職先を探す活動を開始していた。
今は先方のギルドハウスに出向き、ギルドマスターにルミエナの人材提案をしている最中だ。
で、誰に提案しているかというと――。
「……突然押しかけてきたと思えば……貴方の考えは本当によくわかりませんわね」
理解に苦しむとばかりにため息をつく金髪の女性。ロイヤルブラッドのギルドマスターであるシエラさんにルミエナを雇って貰えないか人材提案をしている。
最初は色々と便宜を図って貰えそうな魔狩りの鎖を候補に考えていたが、色々あった古巣に戻るというのはルミエナの性格上難しいと感じる。円満退職である以上、待遇も職場環境も出来る限り高水準にしなければならない。そうなると俺の知る中で好条件なホワイト職場はロイヤルブラッドを置いて他になかった。
「それでどうしてわたくしが貴方のところのギルドメンバーを引き取らなければならないのかしら?」
「貴方ならいつでも歓迎ですけれど?」と意味ありげな視線を送ってくると共に言葉を付け足すシエラさん。
俺が高く評価されているのは素直に嬉しいが、ルミエナも他ギルドの冒険者と比べても十分すぎると言っても差し支えないぐらいの実力がある。後輩の人生の為にもこの提案をしくじるわけにはいかない。
「ルミエナは実力のある魔術師です。ですがうちの環境ではその能力を完全に活かすことが出来ません。埋もれさせるには惜しい人材なんです」
内部事情を全て話すわけにはいかないので、用意しておいた建前の事情を話す。
とはいえ全くの嘘というわけではない。ルミエナの実力は業界にまだまだ疎い俺でも高いとわかる。低難度の依頼しか受けられないうちよりも、業務範囲の広い他ギルドの方が力を活かせるだろう。
「ルミエナさんと仰ったかしら。一度お話したことはありますけど……失礼ですが貴方が絶賛するほどの方には見えませんでしたわね」
確かに勧誘の時に管理局で少し話した程度では、そんな印象を抱くのは無理もない。
しかしこの反応も想定の範囲内。
今からルミエナの良さや依頼達成実績などを纏めた提案資料を提示してなんとかシエラさんの首を縦に振らせて――。
「それで、いつからこちらに移籍出来るのかしら? こちらは明日からでも構いませんわよ」
…………。
……。
鞄から取り出そうとした資料をさり気なく戻した。
「それは受け入れて貰える、という風に捉えて宜しいのでしょうか?」
「ええ。そう言っていますわ」
さ、さすがはホワイトな労働環境が蔓延る異世界。
これは別に俺が来なくても良かったんじゃ……。
「勘違いなさらないで欲しいのですが、私のギルドは誰でも入れる訳じゃありませんわよ? 特に低ランク帯の冒険者には能力試験や面接をして合否を決めておりますの」
「……それなら今回は何故受け入れてくれるのでしょうか?」
ルミエナはEランクの冒険者。個人的にはもっと高いランクがあっても不思議ではないと思っているし、現に魔狩りの鎖との一件ではB・Cランク冒険者とも渡り合っていた。
しかしそれらを知らないシエラさんが何故受け入れを即断してくれたのか……。
「わたくし、貴方をとても評価しておりますの」
「え? あ、はい。ありがとうございます……?」
脈略なく突然ストレートに褒められてしまったので戸惑いつつも返す。
「それだけの力を持ちながらも驕ることなく、むしろご自身を追い詰め高みを目指すその姿勢。ご自分の身を省みず、いつも誰かの為に奔走する自己犠牲の精神。わたくしの勧誘にも全く靡こうともしない忠義の厚さ――。貴方ほど高潔という言葉が似合う人をわたくし見たことがありませんわ」
……ただの社畜を好意的に解釈するとこうなるらしい。
忠義云々の部分も、もし実際に前世で他社から勧誘されていたとしても、罠を疑ったり引き継ぎがとか周りのことを考えるとだのなんだかんだ理由をつけて転職しなかったかもしれないので、ある意味忠義心の塊だ。
「その貴方が、そんな表情をして提案してくる程の人材だから受け入れるのですわ」
「……表情、ですか?」
片手で自分の顔を軽く触ってみる。……が、わからなかった。
「気付いてらっしゃらないの? とても辛そうな顔していますわよ」
悲しそう……俺は悲しそうにしているのか?
何故だ?
理由を考えてみても思い当たる節はない。
「これはわたくしの勝手な推測ですが……貴方、ルミエナさんと離れたくないのではないかしら?」
「…………」
シエラさんの言葉に思わず息を呑んだ。
そうだ……俺は寂しさを感じているんだ。
前世を含めてもここまでついてきてくれた後輩はルミエナが初めてだ。冒険者としてはルミエナの方が先輩なのに俺を立ててくれたり、教えたことを守ろうと頑張ってくれたり……。
これからも一緒に仕事をしていくのだと勝手に思い込んでいた。それが突然、こんな形で終わってしまうことに俺は寂しさを感じているんだ……。
「……今回の話、聞かなかったことにしても良いですわよ?」
気を遣ってくれたのか、シエラさんがそう申し出てくれた。
「いえ、大丈夫です」
だが俺は首を軽く振って返す。
俺の個人的な感情よりも、ギルドのリスク管理と後輩の未来の方が比べるまでもなく大事。特にルミエナにはこれ以上俺の我儘で辛い思いをさせたくない。
社畜なんて不器用で損な生き方はこの世界ではきっと難しいし周囲の理解も得られないだろう。
これまで何度も無理にこちらの領域に引っ張ろうとしてきたが、それはギルドの為になると思ってのこと。逆にギルドの不利益に繋がる可能性が出た以上、リスクは背負えない。
「そうですか……では受け入れの方向で進めたいと思いますわ」
「はい。ルミエナを……よろしくお願い致します」
そう言ってシエラさんに深く頭を下げる。
これが先輩として出来る最初で最後の正しいことなんだ――。
「――是非ともうちのルミエナを雇って頂きたいのです」
業務の合間を縫ってルミエナの転職先を探す活動を開始していた。
今は先方のギルドハウスに出向き、ギルドマスターにルミエナの人材提案をしている最中だ。
で、誰に提案しているかというと――。
「……突然押しかけてきたと思えば……貴方の考えは本当によくわかりませんわね」
理解に苦しむとばかりにため息をつく金髪の女性。ロイヤルブラッドのギルドマスターであるシエラさんにルミエナを雇って貰えないか人材提案をしている。
最初は色々と便宜を図って貰えそうな魔狩りの鎖を候補に考えていたが、色々あった古巣に戻るというのはルミエナの性格上難しいと感じる。円満退職である以上、待遇も職場環境も出来る限り高水準にしなければならない。そうなると俺の知る中で好条件なホワイト職場はロイヤルブラッドを置いて他になかった。
「それでどうしてわたくしが貴方のところのギルドメンバーを引き取らなければならないのかしら?」
「貴方ならいつでも歓迎ですけれど?」と意味ありげな視線を送ってくると共に言葉を付け足すシエラさん。
俺が高く評価されているのは素直に嬉しいが、ルミエナも他ギルドの冒険者と比べても十分すぎると言っても差し支えないぐらいの実力がある。後輩の人生の為にもこの提案をしくじるわけにはいかない。
「ルミエナは実力のある魔術師です。ですがうちの環境ではその能力を完全に活かすことが出来ません。埋もれさせるには惜しい人材なんです」
内部事情を全て話すわけにはいかないので、用意しておいた建前の事情を話す。
とはいえ全くの嘘というわけではない。ルミエナの実力は業界にまだまだ疎い俺でも高いとわかる。低難度の依頼しか受けられないうちよりも、業務範囲の広い他ギルドの方が力を活かせるだろう。
「ルミエナさんと仰ったかしら。一度お話したことはありますけど……失礼ですが貴方が絶賛するほどの方には見えませんでしたわね」
確かに勧誘の時に管理局で少し話した程度では、そんな印象を抱くのは無理もない。
しかしこの反応も想定の範囲内。
今からルミエナの良さや依頼達成実績などを纏めた提案資料を提示してなんとかシエラさんの首を縦に振らせて――。
「それで、いつからこちらに移籍出来るのかしら? こちらは明日からでも構いませんわよ」
…………。
……。
鞄から取り出そうとした資料をさり気なく戻した。
「それは受け入れて貰える、という風に捉えて宜しいのでしょうか?」
「ええ。そう言っていますわ」
さ、さすがはホワイトな労働環境が蔓延る異世界。
これは別に俺が来なくても良かったんじゃ……。
「勘違いなさらないで欲しいのですが、私のギルドは誰でも入れる訳じゃありませんわよ? 特に低ランク帯の冒険者には能力試験や面接をして合否を決めておりますの」
「……それなら今回は何故受け入れてくれるのでしょうか?」
ルミエナはEランクの冒険者。個人的にはもっと高いランクがあっても不思議ではないと思っているし、現に魔狩りの鎖との一件ではB・Cランク冒険者とも渡り合っていた。
しかしそれらを知らないシエラさんが何故受け入れを即断してくれたのか……。
「わたくし、貴方をとても評価しておりますの」
「え? あ、はい。ありがとうございます……?」
脈略なく突然ストレートに褒められてしまったので戸惑いつつも返す。
「それだけの力を持ちながらも驕ることなく、むしろご自身を追い詰め高みを目指すその姿勢。ご自分の身を省みず、いつも誰かの為に奔走する自己犠牲の精神。わたくしの勧誘にも全く靡こうともしない忠義の厚さ――。貴方ほど高潔という言葉が似合う人をわたくし見たことがありませんわ」
……ただの社畜を好意的に解釈するとこうなるらしい。
忠義云々の部分も、もし実際に前世で他社から勧誘されていたとしても、罠を疑ったり引き継ぎがとか周りのことを考えるとだのなんだかんだ理由をつけて転職しなかったかもしれないので、ある意味忠義心の塊だ。
「その貴方が、そんな表情をして提案してくる程の人材だから受け入れるのですわ」
「……表情、ですか?」
片手で自分の顔を軽く触ってみる。……が、わからなかった。
「気付いてらっしゃらないの? とても辛そうな顔していますわよ」
悲しそう……俺は悲しそうにしているのか?
何故だ?
理由を考えてみても思い当たる節はない。
「これはわたくしの勝手な推測ですが……貴方、ルミエナさんと離れたくないのではないかしら?」
「…………」
シエラさんの言葉に思わず息を呑んだ。
そうだ……俺は寂しさを感じているんだ。
前世を含めてもここまでついてきてくれた後輩はルミエナが初めてだ。冒険者としてはルミエナの方が先輩なのに俺を立ててくれたり、教えたことを守ろうと頑張ってくれたり……。
これからも一緒に仕事をしていくのだと勝手に思い込んでいた。それが突然、こんな形で終わってしまうことに俺は寂しさを感じているんだ……。
「……今回の話、聞かなかったことにしても良いですわよ?」
気を遣ってくれたのか、シエラさんがそう申し出てくれた。
「いえ、大丈夫です」
だが俺は首を軽く振って返す。
俺の個人的な感情よりも、ギルドのリスク管理と後輩の未来の方が比べるまでもなく大事。特にルミエナにはこれ以上俺の我儘で辛い思いをさせたくない。
社畜なんて不器用で損な生き方はこの世界ではきっと難しいし周囲の理解も得られないだろう。
これまで何度も無理にこちらの領域に引っ張ろうとしてきたが、それはギルドの為になると思ってのこと。逆にギルドの不利益に繋がる可能性が出た以上、リスクは背負えない。
「そうですか……では受け入れの方向で進めたいと思いますわ」
「はい。ルミエナを……よろしくお願い致します」
そう言ってシエラさんに深く頭を下げる。
これが先輩として出来る最初で最後の正しいことなんだ――。
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