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55.ブラック企業ができるまで(後編) ※別視点

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※靴磨きおじさんの回想話(続き)です
――――
――
 2号店の成功を皮切りに、私は店舗数を増やす活動を始めた。
 
 新規出店は楽ではないが、2号店の成功と同時に培ったノウハウが活きた。
 特に従業員だ。
 雇う従業員は立場の弱い者や経済的に困窮している者に限定した。
 2号店を任せている彼ほどの人材は当然おらず、読み書きすら覚束ない者も居て研修に時間を掛ける必要もあったが、後がない彼らの仕事に対する熱意は予想通り凄く、例え効率が悪くても首をチラつかせれば必死に考え、働く。愚直に時間でカバーしてくれている。
 まさに廉価版の奴隷。
 金という対価がある分、奴隷よりも扱いやすいといっても過言ではない。

 加えて破産者から2号店のオーナーへとなった彼の成功体験も効いているのだろう。
 彼のようになれるかもしれない。そんな夢を持ってウチの門を叩いた者も少なくなかったし、実際優秀だと思った者には2号店の彼と同じように経営を任せている。

 少ない経費で最大限の利益。

 それこそが成功の秘訣であり、結果として2号店開店からものの10年でウェステイル商店の店舗数を10に増やし、そしてついには新規参入が難しいと言われる王都にまで進出をするまでに成長していたのだった。





               ◇




 
 夜、自室で各店舗の業績を確認していると。

「お父さん、ちょっといいかしら?」

 娘のファルがやってきた。
 昔は元気が有り余っている様子の娘だったが、今ではそんな面影はまったく感じさせず、非常に落ち着いた雰囲気を持っている。

「この前の宿題やってみたのだけれど、見てもらえるかしら?」

 ウェステイル商店はこれからまだまだ大きくなる。それこそ何代も、何十代も続くぐらいの歴史ある有名店になっていくことだろう。
 2代目を娘に指名しようと考えており、その為に私の知る限りのことを教えようとしている。宿題もその一環だ。

「どれ、見せてみなさい」

 今回出した宿題のテーマは『新しいサービスに関する契約条件について』だ。
 有名店になったと言っても過言ではないこの状況を上手く活かせないかと考えた。そこで思いついたのが、新しく商売を始めようとしている人に、ウェステイル商店の看板や表向きの経営ノウハウ・仕入れルートなどを提供するという仕組みだ。
 店の経営とはプロの商人ですら失敗することも珍しくない。そこを私達がサポートし、更にはウェステイル商店という今や名のしれた看板を掲げることで宣伝効果も期待できるというもの。
 娘にはこのサービスについて、どのような契約内容にするべきかを宿題として考えて貰っていた。


「――駄目だな」

 娘の案を読んだあと、私はため息をついてそう言った。

「……どこが駄目なのかしら?」

 おそらく自信があったのだろう。僅かに不服の念が感じられる。

「ほぼ全てだな。これでは平等すぎる。前にも教えたはずだよ、私達の方が上。上ということは不平等な条件でも相手は飲む。そこを意識してもう一度考えてみるんだ」

 娘の案ではこちらが見返りとして受け取る額は利益から20%としているが、私の見立では少なくとも40%は取れると踏んでいる。他にも他店から人員の応援を要請する際の料金も安すぎる。もっと足元を見ても良い。
 もし申し込みが一件もなければ条件を少し緩める必要はあるが、申し込んだ時点で相手の手番は終わり、あとはこちらの手番が続く。優位に立ち続けることができるのだ。

「…………本当に今のやり方で大丈夫なの?」
「なんだいきなり」
「店も大きくなったんだし、そろそろ労働環境や条件とかも見直してもいいと思うのよ。今いる従業員をしっかり繋げ止めておくためにも」

 娘の的外れな意見に、内心溜息をつく。

「いいや。ここまで店を大きく出来たのはその労働環境のお陰だ。その強みを無くすとこれ以上の成長が望めなくなるよ」
「でも結局それで辞められちゃったら意味ないじゃない」
「彼らは辞めないよ。何せ『後がない』からね」
「そうじゃなくてもこれまでみたいに激務で体調を崩す人だって――」
「そうなった時は今まで通り代わりを探せば良い。初期コストは掛かるが全員にコストを掛けるより遥かに安く済むからね」

 従業員を効率よく、便利に使う方法はこの10年で心得た。
 従業員を大事にしていると思われないこと。いつ辞めてもらっても構わないという態度を取ることで、本当に後がないことを自覚させる。そして、身体を崩してしまった者は容赦なく切る。
 これが私の導き出した経営の最適解。大手の競合に、新参者の私が勝つ道だ。

「…………そうよね。このやり方でここまで来たのよね……」
「そういうことだ」

 田舎のしがない商人でしかなかった私がここまでこれたのは、従業員を上手く使ってこれたからこそ。これからも私は従業員を上手く使い、ウェステイル商店をもっと、もっと大きな店にしていくのだ――。





              ◇




 店をもっと大きく――。
 そのために従業員を上手く使ってきた。
 私のやり方は間違っていない。
 現にここまで店を大きく出来たのがその証拠。
 そう、私のやり方は間違っていないはず。

 なのに、なぜ。


『ウェステイルさんですね。貴方の従業員から違法な労働をさせられているとの通報がありまして――』


 私は。


『ウェステイル商会ってアレでしょう? 従業員に違法な労働をさせてたっていう……』

『病気になった従業員はすぐに首にするとか……』

『嫌よねぇ……私達が利用してたから休めなかったのかと思っちゃうわよね』

『ウェステイルさん、貴方との取引は今後控えたほうが良さそうですね』


 きっと間違っていたのだろう――。
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