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1章
48.休日の過ごし方その3【親睦会の目的】
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「そ、そうでした……今日は休みなんでした……」
ローガンさんが帰った後、ようやく今日が休みだということに気が付いたルミエナは、頑張って走って損したとばかりにがっくりと膝をついた。
まさか休みなのを忘れて出勤してくるとは思わなかったがいい傾向だ。仕事を中心とした生活が身と心に染み付いてきている証拠だろう。
「…………うー……帰ってゆっくりします」
「ちょっと待ちなさい」
ダッシュ通勤が徒労に終わってしまったせいか、トボトボと元気のない足取りで出入り口へと向かうルミエナをファルが呼び止める。
「せっかく休日に3人揃ったのだから、これから朝食を兼ねて親睦会でもどうかしら?」
「なにっ!?」
つ……ついにきたか親睦会……!
またの名を飲み会という、人によってはどんな仕事よりも恐ろしい行事。
就業後に参加を強いられる上に会費まで取られるという通称、”金を払ってまでするサービス残業”。
親睦を深めるため、今日は無礼講だから言いたいことを言えとか言いつつ、少し不満を言おうものならしっかり覚えられて根に持たれる。むしろ酒が入って気が大きくなった上司が部下に説教する場でしかない。そしてなによりパワハラとアルハラの温床でもある。
そんな負の記憶と経験しかない親睦会。
それがついにこの異世界でも行われるだなんて――ゾクゾクするじゃないか!
「ふふふ喜んで参加するぞ」
「い、イトーさんが行くならあたしも……」
さすがルミエナだ。
俺の知っている新人は何かと理由をつけて逃げようとした者がほとんどであったが、そんなことはせずに素直に参加を表明してくれている。
「決まりね。それじゃ店に移動するわよ」
果たしてこの世界、そしてイーノレカの親睦会はどのようなものなのか。
期待と不安と都合のいい想像を胸にファルの後に続いた。
◇
着いた先は以前、依頼で広告を展開した酒場だった。
今は開店から間もないということで客は俺達以外には2組だけだ。
「私はこれお願いね」
「自分も同じのをお願いします」
席につくなり店員に注文を告げたファルに倣う。
注文したのはこの世界で最もポピュラーな酒。とりあえずビール的な存在だ。
前世で何度も休日に突然呼び出された経験から朝から酒を飲むのには抵抗があるが今は親睦会。上司に合わせることが最優先。
ちなみに前の世界でも国ごとに飲酒可能になる年齢が違っていたようにこの世界でも飲酒可能になる年齢は日本とは違うので何ら問題はない。
「えと……じゃああたしはフローズンイチゴジュース――」
「なっ――!? ちょ、ちょっと待て!」
別の飲み物を頼もうとしたルミエナを慌てて止める。
以前ここで食事を取ったことはあるがあれは調査が目的だったので、各々バラバラな注文をしても問題はなかった。しかし今は親睦会の場であることを忘れてはならない。
「ここは注文を揃えるべきじゃないか?」
「え? え? そ、そうなんですか?」
「別に気にしなくていいわよ。好きなの選びなさい」
なっ……!?
じょ、上司自らが最初の一杯にこだわらないだと……!?
俺の知っている親睦会では席につくなり「全員ビールでいいよな?」と聞いておきながら、返事を待たずにノータイムで「人数分ビールよろしくー」と店員に注文するのが恒例だったのに、これが異世界の親睦会だというのかっ……! くそっ、さすがはホワイト異世界……!
「何か言いたそうね? 同じ注文を強制しなくてはいけない理由でもあるのかしら?」
驚きが顔に出ていたのか、ファルに問い詰められてしまう。
さてどう答えようか。
同じ注文にすることによって帰属意識を高める狙いもあれば、最初の提供を早めるという効果もある。だけど大事なのはやっぱり――。
「業務以外の場でも注文を始めとした様々な行為を強制強要命令することで、日々の仕事でも素直に命令を聞いてもらう為の教育にもなるんだ」
ビールが苦手、酒が苦手な人がいるのを知っておきながら注文して飲ませる。業務以外の嫌なことを強制しておけば業務上での嫌な命令も難なく強制出来るようにするのが狙い。それがブラック企業においての「とりあえずビール」という文化の正体なのだ。
飲み会とは就業時間外でも教育が出来る場。残業ではないので給料を払わなくていいし、労基の影に怯える必要もない。
だからこそ、この世界にはこの世界の飲み会のルールがあったとしてもここは譲れるものではなく、口を挟まずにはいられなかった。
「相変わらず凄い考えね……」
「そうだな。俺もそう思う」
ありとあらゆる伝統的な行事が社畜を作るための教育に繋がっている。
離れて初めて気付けたがとても恐ろしい場所だった。
「え、えと……じゃ、じゃああたしも同じやつで……」
「無理に合わせなくていいわよ。彼女にはフローズンイチゴジュースを貰えるかしら」
注文を変更しようとするルミエナを遮り、ファルが給仕にそう告げてしまう。
「……いいんですか?」
「ええ、もし勤務態度が良くなければイトーが今言ったような教育を施す必要もあるけれど、普段から真面目に頑張ってくれてる貴方には必要ないことだもの」
……言われてみれば確かにそうか。
他ギルドよりも多忙な業務をしっかりとこなし、名刺配り研修も魔狩りの鎖との一件も見事に乗り越え、先程も自らの意思で注文を合わせようとしていた。
これはもう社畜精神が根付いた証と言ってもいいかもしれない。
であるなら、必要以上の教育をする必要もないということだな。
さすがファル。よく出来た上司だ。
「……と、器の大きさを見せておけばイトーにばかり懐いているあの子の忠誠度もあがるでしょうしね」
そう俺にだけ聞こえるような声で呟くファル。
……本当、よく出来た上司だ。
ローガンさんが帰った後、ようやく今日が休みだということに気が付いたルミエナは、頑張って走って損したとばかりにがっくりと膝をついた。
まさか休みなのを忘れて出勤してくるとは思わなかったがいい傾向だ。仕事を中心とした生活が身と心に染み付いてきている証拠だろう。
「…………うー……帰ってゆっくりします」
「ちょっと待ちなさい」
ダッシュ通勤が徒労に終わってしまったせいか、トボトボと元気のない足取りで出入り口へと向かうルミエナをファルが呼び止める。
「せっかく休日に3人揃ったのだから、これから朝食を兼ねて親睦会でもどうかしら?」
「なにっ!?」
つ……ついにきたか親睦会……!
またの名を飲み会という、人によってはどんな仕事よりも恐ろしい行事。
就業後に参加を強いられる上に会費まで取られるという通称、”金を払ってまでするサービス残業”。
親睦を深めるため、今日は無礼講だから言いたいことを言えとか言いつつ、少し不満を言おうものならしっかり覚えられて根に持たれる。むしろ酒が入って気が大きくなった上司が部下に説教する場でしかない。そしてなによりパワハラとアルハラの温床でもある。
そんな負の記憶と経験しかない親睦会。
それがついにこの異世界でも行われるだなんて――ゾクゾクするじゃないか!
「ふふふ喜んで参加するぞ」
「い、イトーさんが行くならあたしも……」
さすがルミエナだ。
俺の知っている新人は何かと理由をつけて逃げようとした者がほとんどであったが、そんなことはせずに素直に参加を表明してくれている。
「決まりね。それじゃ店に移動するわよ」
果たしてこの世界、そしてイーノレカの親睦会はどのようなものなのか。
期待と不安と都合のいい想像を胸にファルの後に続いた。
◇
着いた先は以前、依頼で広告を展開した酒場だった。
今は開店から間もないということで客は俺達以外には2組だけだ。
「私はこれお願いね」
「自分も同じのをお願いします」
席につくなり店員に注文を告げたファルに倣う。
注文したのはこの世界で最もポピュラーな酒。とりあえずビール的な存在だ。
前世で何度も休日に突然呼び出された経験から朝から酒を飲むのには抵抗があるが今は親睦会。上司に合わせることが最優先。
ちなみに前の世界でも国ごとに飲酒可能になる年齢が違っていたようにこの世界でも飲酒可能になる年齢は日本とは違うので何ら問題はない。
「えと……じゃああたしはフローズンイチゴジュース――」
「なっ――!? ちょ、ちょっと待て!」
別の飲み物を頼もうとしたルミエナを慌てて止める。
以前ここで食事を取ったことはあるがあれは調査が目的だったので、各々バラバラな注文をしても問題はなかった。しかし今は親睦会の場であることを忘れてはならない。
「ここは注文を揃えるべきじゃないか?」
「え? え? そ、そうなんですか?」
「別に気にしなくていいわよ。好きなの選びなさい」
なっ……!?
じょ、上司自らが最初の一杯にこだわらないだと……!?
俺の知っている親睦会では席につくなり「全員ビールでいいよな?」と聞いておきながら、返事を待たずにノータイムで「人数分ビールよろしくー」と店員に注文するのが恒例だったのに、これが異世界の親睦会だというのかっ……! くそっ、さすがはホワイト異世界……!
「何か言いたそうね? 同じ注文を強制しなくてはいけない理由でもあるのかしら?」
驚きが顔に出ていたのか、ファルに問い詰められてしまう。
さてどう答えようか。
同じ注文にすることによって帰属意識を高める狙いもあれば、最初の提供を早めるという効果もある。だけど大事なのはやっぱり――。
「業務以外の場でも注文を始めとした様々な行為を強制強要命令することで、日々の仕事でも素直に命令を聞いてもらう為の教育にもなるんだ」
ビールが苦手、酒が苦手な人がいるのを知っておきながら注文して飲ませる。業務以外の嫌なことを強制しておけば業務上での嫌な命令も難なく強制出来るようにするのが狙い。それがブラック企業においての「とりあえずビール」という文化の正体なのだ。
飲み会とは就業時間外でも教育が出来る場。残業ではないので給料を払わなくていいし、労基の影に怯える必要もない。
だからこそ、この世界にはこの世界の飲み会のルールがあったとしてもここは譲れるものではなく、口を挟まずにはいられなかった。
「相変わらず凄い考えね……」
「そうだな。俺もそう思う」
ありとあらゆる伝統的な行事が社畜を作るための教育に繋がっている。
離れて初めて気付けたがとても恐ろしい場所だった。
「え、えと……じゃ、じゃああたしも同じやつで……」
「無理に合わせなくていいわよ。彼女にはフローズンイチゴジュースを貰えるかしら」
注文を変更しようとするルミエナを遮り、ファルが給仕にそう告げてしまう。
「……いいんですか?」
「ええ、もし勤務態度が良くなければイトーが今言ったような教育を施す必要もあるけれど、普段から真面目に頑張ってくれてる貴方には必要ないことだもの」
……言われてみれば確かにそうか。
他ギルドよりも多忙な業務をしっかりとこなし、名刺配り研修も魔狩りの鎖との一件も見事に乗り越え、先程も自らの意思で注文を合わせようとしていた。
これはもう社畜精神が根付いた証と言ってもいいかもしれない。
であるなら、必要以上の教育をする必要もないということだな。
さすがファル。よく出来た上司だ。
「……と、器の大きさを見せておけばイトーにばかり懐いているあの子の忠誠度もあがるでしょうしね」
そう俺にだけ聞こえるような声で呟くファル。
……本当、よく出来た上司だ。
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