異世界に転生して社畜生活から抜け出せたのに、染み付いた社畜精神がスローライフを許してくれない

草ノ助

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1章

38.初任給

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 ある日の夕方のことだった。

「はい。こっちはイトーの分。こっちはルミエナの分ね」

 突然ファルが小さな袋を手渡してきた。ずっしりとした重さを感じる。
 思わず受け取ったけど……なんだこれ?

「お、おぉぉぉ……! ありがとございますありがとございますっ!」

 ぺこぺこと何度も頭を下げるルミエナ。
 俺にはこれが何なのかさっぱりなのだが、どうやらルミエナにはわかっているらしい。

「私の方で確認はしたけれど、一応明細と中身に相違がないか確認して頂戴」
「あ、はい。わかりました」

 そう言うとルミエナはとことこと少し離れた位置にあるテーブルへと向かっていった。

「なぁファル、これってなんだ?」
「何って給料だけど」

 きゅう…………りょう……?
 それはあれか。雇用主から従業員へ定期的に支払われる、労働の対価報酬か。

「…………俺にもあるのかっ!?」
「何言ってるの。今持ってるじゃない」

 そ、そうかこれがこの世界の給料というやつか。
 現金支給なんて初めての経験だ。前世は口座振込で直接貰えるのは明細だけだったからなぁ……。給料と知ってしまうと袋がやけに重くなったように感じる。

「というか俺は別に給料なくても良いんだが……」

 経営が順調とはいえ、俺達には借金がある。返済が滞ってしまえば俺もファルも、あの自由のない奴隷に逆戻りだ。その為にも俺への給料はカットし、もしもの時の為に内部保留として備えておくべきだと思う。
 そう思っての発言だったが、ファルは「それはダメよ」と首を振り。

「昔、『父を尊敬している。タダでもいいから勉強の為に働かせてくれ』って言ってきた人がいたのよ」

 ここで言う昔というのは、おそらくブラック企業”ウェステイル商会”が存在していた時のことだろう。

「タダでも働かせてくれなんて立派な心掛けじゃないか」

 親近感を覚える。教育を施すまでもなく、最初から社畜な即戦力だ。

「ええ、私も父もそう思ったわ。だからすぐに雇ったのだけれど――その人、結局次の日には『やっぱり給料が欲しい』と言い出したのよ」
「……自分からいらないと言っておいてそれはなんというか……アレだな」

 格好悪い以前によくそんなこと言えたなと逆に感心してしまうようなレベルだ。

「それで払ったのか?」
「払うわけないじゃない。元々タダでもいいからってことで雇ったんだから。けどそう言ったら仕事も適当になってミスも頻発して、結局一週間も経たないうちに来なくなったわ」

 ……なんという無責任な。
 親近感を覚えるというのは訂正しよう。そいつはただのクソ野郎だ。社畜だの以前に社会人としての、いや……人としての常識が欠けている。

「でもお陰で対価があるからこそ仕事に責任感を持てるってことに気付けて勉強になったわ。激務でも薄給でも報酬は払わなくてはいけないの。だからイトーが奉仕精神溢れる変態でもちゃんと対価は受け取りなさい」
「そういうことなら……わかった」

 上司がそこまでの考えを持った上で俺に給料を支払うと言うのであれば、断るのは逆に失礼だ。ありがたく頂戴するとしよう。
 しかしいざ貰ってみると嬉しいものだな。これがまた仕事を頑張ろうという原動力にもなる。

「貴方も一応明細と金額が合っているか確認して貰えるかしら」
「わかった――――ってすくなっ!?」

 銅貨20枚。しめて200ルピド。林檎が20個買える。多分まとめて買えば2個ぐらいはおまけしてくれるかもしれないぐらいの金額。それが俺の手取りだった。

「だってイトーには色々と控除しなきゃいけないのがあるもの」

 明細を見てみる。確かにパッと見ただけでも控除だらけだ。
 ギルドホームに住み込んでいるから住居代。毎日ファルが用意してくれている食事代。ローガンさんからの借金を俺も負担することになっているので返済費。冒険者認定試験の受験料に冒険者登録料。それから国に収める税金に、以前酒場の仕事の時に3人で食事した時の代金――ってホントに差し引かれてるのかよこれ。
 そんなこんなで色々引かれた結果、銅貨20枚というお小遣いレベルの給料になってしまっているようだ。
 まぁ無いよりはあるだけ僥倖か……と思っていると。


「ふ、ふぉぉぉ……!」


 ルミエナが興奮したような声をあげていた。
 一体何があったのか、ファルと顔を見合わせたあとルミエナへと近付いていく。

「どうかした? もしかして明細と合っていなかったかしら」
「え、えと。いえその……合ってるには合ってるんですけど……」

 テーブルの上には硬貨が種類ごとに綺麗に並べられている。しっかりと数えた証拠だろう。これで数え間違えるということは考えにくい。

「ほんとにこんなにたくさん貰っちゃっていいんですか……?」

 俺と違いルミエナは控除額が少ない。その分給料が多いのはテーブルに並べられている銀貨の数から見ても明らかだ。さすがに基本給が負けているということはないだろう。きっと。多分。おそらく。そう信じたい。先輩の立場的に。

「こんなにって……あまり多く出せなくて心苦しいと思っているのだけれど……」
「ふおぅ!? こ、これ以上貰っちゃったら申し訳なさ過ぎて怖いです! だいじょぶです!」

 他ギルドに勤めていた経験のあるルミエナが恐縮するほどの金額……。
 …………あれ、これってやっぱり俺、基本給も負けてるんじゃ……いやでもルミエナの方が冒険者ランクが高いからな。きっとその分で手当とかが付いてるんだろう。うん、きっとそうだ。

「なぁ、そんなに多いのか?」

 心配になってきたのでファルに小声で聞いてみる。一応な。うん、一応ね。

「まさか。残業して貰った時間を考えたらかなり少ないわよ。人件費はギリギリまで削ってその分私の懐とギルドの運営資金に回さなきゃいけないんだから」

 それを聞いて安心した。二つの意味で。イーノレカはサビ残完備の良い企業です。

「えとそれでお願いがあるんですけど……今日はもう上がっても大丈夫ですか?」
「それはイトーの判断次第だけれど、どうかしら?」
「あと残ってる仕事は……うん、これなら問題ないぞ」

 今はギルドの定時退勤時刻。イーノレカにとってはこれからが本番とも言える時間帯だが、後は俺一人でもこなせる仕事を残すのみ。俺が研修合宿に参加している間、代わりに頑張ってくれていたルミエナを労う意味でも先に上がって貰い、明日に備えるべきだろう。

「ということらしいから、今日はもういいわよ」
「ありがとございますっ! ありがとございますっ!」

 ぶんぶんと勢い良く頭を下げる度、長い髪がふぁさふぁさと暴れる。
 そして机の上に並べられてあった硬貨を給料袋にいそいそと仕舞うと。

「それでは失礼しますっ! おつかれさまでしたっ!」

 と、間違いなくいつもの数倍は明るく、機敏な動きでギルドを出ていった。
 ……さすがは給料日。人のテンションを上げる力があるようだ。さて、俺は仕事に――。

「私はプライベートと仕事は分けるべきだと思うのよ」
「ん? ……まぁ、そうだな」

 突然語りだしたファルに虚を突かれながらも相槌を打つ。

「でも人間はそう簡単に割り切れるように出来ていない。いくらプライベートのことを仕事に持ち込まないように努力していても、時に仕事のブレーキになってしまうこともあると思うのよ」

 失恋して仕事に身が入らない。友人との付き合いで寝不足になり仕事に集中できないなどなど。前世で勤めていた社畜だらけの会社でさえ、そういった先輩方が少なからずいたことからも両立や、完全に分けて考えるのはとても難しいのだろう。

「プライベートが仕事にも影響を及ぼす可能性がある以上、部下のプライベートを知っておき、見守ることは経営者としての義務だと言えないかしら?」
「なるほど」

 見事な説得力だ。
 例えばプライベートの影響で仕事に身が入らない時でも上司が事情を知っているといないとでは見方も変わってくるだろう。上司側は事情を汲むことが出来、部下側は”知ってくれている人がいる”と思える。そんな関係性は組織の絆を強めるベースにもなる。

「だから気になるのよ」
「気になるってなにがだ?」
「ルミエナよ。彼女あんなに急いで一体何の用事があるのかしら」
「何か買いたい物でもあったんじゃないか。急がないと店が閉まるとか」
「そうだとしても何を買うのか気になるわね。なるわよね?」
「確かに気にはなるが……」

 普段文句の一つも言わずに残業に付き合ってくれるルミエナが、珍しく……というか初めて早く帰らせてくれと主張した程だ。気にならない訳がない。

「よし決まりね。じゃあ尾行するわよ」
「え? いや俺は仕事があるから」
「そんなの後でいいわよ。でも遅れた分は睡眠時間を削りなさい」

 鬼だ。でもそれが命令だというのならば仕方ない。
 そう、今回の尾行も命令なのだ。仕方ない。
 加えて言うのであればプライベートを知ることは絆を強めることでもある。仕方ない。


「すぐに出るわよ。今ならまだそう遠くへは行ってないはずだから」


 そんな理由付けで従業員のプライベートに干渉しようとする上司と先輩。

 ――イーノレカはとてもアットホームなギルドです。
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