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1章
29.仕事なら
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聞き覚えのある声が依頼の受領を止めてきたかと思うと、続いて背中の激痛が和らいでいくのを感じる。この感じは……回復魔術だ。
「ありがとうございます」
魔術のお陰で立ち上がれる程にはなったので、振り向いて回復魔術の主にお礼を言う。
「お礼を言われる資格はありませんわ。うちのリースの不手際ですもの」
声から予想した通り、そこにいたのは相変わらず派手な赤マントのシエラさんだった。
「げー……マスターがなんでここに……」
「それはこっちの台詞ですわよ。あなたには別の仕事を割り振っていましたわよね?」
少しだけバツの悪そうな表情をしたリースに、シエラが厳しい視線を送る。
「いやーだって雑魚狩って素材集める仕事なんて面倒じゃんかー」
なっ……。
も、もしかして仕事をサボったのか……?
なんて恐ろしく勿体無いことを!
「それと公開訓練でAランクのあなたがFランクのイトーさんと模擬戦だなんて、ギルドの品格を下げるような行動は慎みなさい」
……なんかナチュラルに見下された発言をされたような気がする。
まぁ客観的に見ても間違いでもなんでもないので否定はしないでおこう。
「えー? だって元はと言えばマスターが勝手に広告ってやつにボクを使うことおっけーしちゃったのが悪いんだよ?」
「その件についてはわたくしの落ち度ということで何度も謝罪した筈ですわ」
なっ……!
頭を下げただって!?
大規模ギルドのマスターが、ただのギルドメンバーに!?
「でもボク許してないよ? だからとりあえず変な話持ってきたげんきょーを懲らしめよーと思って」
なっ……!?
しかも許していないだと!?
上司が! トップが! 部下に! 頭を下げたのに! 許していないだと……!
「ですからそのような行動が品格を下げると――」
「えー? ボクの行動に制限つけるの? なんか息苦しいなーやだなー。こんな息苦しいギルド辞めちゃおっかなー」
「そ、それは……困りますわ」
「だよねー? いっちばん稼いでるボクに辞められちゃうと困るもんね? だったらどーすればいいのかわかるでしょ?」
加えて上司を脅す真似まで……!
上司が白と言えば黒でも白と答えなければならないし、場合によっては白に塗り替えなくてはならないのが部下というものなのに……。
仕事をサボり、上司の命令に背き、上司の謝罪も受け入れない。
こんなこと、ありえない。
こんなこと――俺が認めてはいけない。
「大丈夫ですシエラさん。俺はこの依頼を受けます」
「そーこなくっちゃっ」
「イトーさん……」
ウキウキした様子のリースと、申し訳無さそうな表情を浮かべるシエラさん。
二人は状況に流されて依頼を受けたと思っているかもしれない。
だが、俺の目的は別にある。たった今、出来た目的だ。
「ただ依頼に関して一つ、こちらから条件を出させて下さい」
「あんまり変なのじゃなかったらいいよー」
変じゃなかったら、か。
おそらくこの世界の人達にとっては変な条件だと思うだろうが……。
「依頼達成条件に”イトーがリースに勝つこと”と付け加えてください」
「えっ?」「ほへっ?」
条件を伝えた途端、二人がきょとんとした表情になった。
それほど予想しなかった内容だったのだろう。
「えーとそれって……キミがボクに勝たなきゃ依頼失敗になるってこと?」
まだ理解が追いついていないのか、確認するように聞かれたので頷いて答える。
「……その条件にどんな意味がありますの?」
まぁ普通疑問に思うよな。
ゲームの縛りプレイならともかく、わざわざ自分で仕事を難しくしようなんて奴は居ないと思う。
「当然のことですが、俺はリースよりも弱いです」
目で捉えきれないほどの速さ。たった一撃で動けなくなるほどの攻撃。この二点だけでも俺に勝算はない……が、それはただ普通に戦った場合の話。
「ですが――仕事でリースに勝てと言われれば、俺は勝ちます」
どんな無理な状況でも、ベストとまではいかなくともベターを選んでこなしていくのが仕事だ。
前世でもそろそろ日付が変わるって頃なのにどう考えても一日がかりの仕事を三件持ってこられたりしたことも多々あったが、そんな状況も全て乗り越えてきた。
仕事であれば、俺はしっかりとベターな結果を出す。
「……本当にボクに勝てると思ってるの? ちょっと蹴られただけで無様に這いつくばってたキミが?」
「はい。それが仕事なら何としてでも勝ちます」
「そっかそっか。じゃあそこまで言うならボクの一撃に耐えてみてよ。そしたらそのふざけた条件で依頼出してあげるからさ」
――耐えられるハズがない。そんな心の声を隠そうともしない態度。
しかしリースには悪いがその言葉を口にした時点で、もう結果は決まっている。
「わかりました。ではどうぞ」
「それじゃー身の程を知りながら――気絶してるといいよっ!」
相変わらず目では捉えきれないほどのスピード。避けるどころかガードすらも間に合わない。
でもそれでいい。
この場はただ耐えるだけでいい。
「ぐぅっ――!?」
先ほどより強い衝撃が、今度は腹部を襲う。
けれど俺は崩れ落ちない。痛みをこらえ踏みとどまり前を向く。
「嘘……」
「な、なんで……さっきより強く蹴ったのに……」
「……耐えなきゃ仕事貰えないですから」
耐えれば仕事を貰える。その理由だけで耐えられる。
仮に耐えられない程のダメージでも、なんとしてでも耐える。
「意味わかんないし、答えになってない気がするんだけどー……」
「ええ。今のままではわからないのも無理はないです」
仕事を投げ出し、上司すらもないがしろにしているような不良社員では。
だから俺が教える。仕事に対する姿勢、熱意、責任。その全てを。
「けど安心してください。きっと理解できますよ――俺に負ける頃には」
FランクとAランク。
埋めることの出来ない実力差を『仕事だから』という理由で埋めてみせることによって――。
「ありがとうございます」
魔術のお陰で立ち上がれる程にはなったので、振り向いて回復魔術の主にお礼を言う。
「お礼を言われる資格はありませんわ。うちのリースの不手際ですもの」
声から予想した通り、そこにいたのは相変わらず派手な赤マントのシエラさんだった。
「げー……マスターがなんでここに……」
「それはこっちの台詞ですわよ。あなたには別の仕事を割り振っていましたわよね?」
少しだけバツの悪そうな表情をしたリースに、シエラが厳しい視線を送る。
「いやーだって雑魚狩って素材集める仕事なんて面倒じゃんかー」
なっ……。
も、もしかして仕事をサボったのか……?
なんて恐ろしく勿体無いことを!
「それと公開訓練でAランクのあなたがFランクのイトーさんと模擬戦だなんて、ギルドの品格を下げるような行動は慎みなさい」
……なんかナチュラルに見下された発言をされたような気がする。
まぁ客観的に見ても間違いでもなんでもないので否定はしないでおこう。
「えー? だって元はと言えばマスターが勝手に広告ってやつにボクを使うことおっけーしちゃったのが悪いんだよ?」
「その件についてはわたくしの落ち度ということで何度も謝罪した筈ですわ」
なっ……!
頭を下げただって!?
大規模ギルドのマスターが、ただのギルドメンバーに!?
「でもボク許してないよ? だからとりあえず変な話持ってきたげんきょーを懲らしめよーと思って」
なっ……!?
しかも許していないだと!?
上司が! トップが! 部下に! 頭を下げたのに! 許していないだと……!
「ですからそのような行動が品格を下げると――」
「えー? ボクの行動に制限つけるの? なんか息苦しいなーやだなー。こんな息苦しいギルド辞めちゃおっかなー」
「そ、それは……困りますわ」
「だよねー? いっちばん稼いでるボクに辞められちゃうと困るもんね? だったらどーすればいいのかわかるでしょ?」
加えて上司を脅す真似まで……!
上司が白と言えば黒でも白と答えなければならないし、場合によっては白に塗り替えなくてはならないのが部下というものなのに……。
仕事をサボり、上司の命令に背き、上司の謝罪も受け入れない。
こんなこと、ありえない。
こんなこと――俺が認めてはいけない。
「大丈夫ですシエラさん。俺はこの依頼を受けます」
「そーこなくっちゃっ」
「イトーさん……」
ウキウキした様子のリースと、申し訳無さそうな表情を浮かべるシエラさん。
二人は状況に流されて依頼を受けたと思っているかもしれない。
だが、俺の目的は別にある。たった今、出来た目的だ。
「ただ依頼に関して一つ、こちらから条件を出させて下さい」
「あんまり変なのじゃなかったらいいよー」
変じゃなかったら、か。
おそらくこの世界の人達にとっては変な条件だと思うだろうが……。
「依頼達成条件に”イトーがリースに勝つこと”と付け加えてください」
「えっ?」「ほへっ?」
条件を伝えた途端、二人がきょとんとした表情になった。
それほど予想しなかった内容だったのだろう。
「えーとそれって……キミがボクに勝たなきゃ依頼失敗になるってこと?」
まだ理解が追いついていないのか、確認するように聞かれたので頷いて答える。
「……その条件にどんな意味がありますの?」
まぁ普通疑問に思うよな。
ゲームの縛りプレイならともかく、わざわざ自分で仕事を難しくしようなんて奴は居ないと思う。
「当然のことですが、俺はリースよりも弱いです」
目で捉えきれないほどの速さ。たった一撃で動けなくなるほどの攻撃。この二点だけでも俺に勝算はない……が、それはただ普通に戦った場合の話。
「ですが――仕事でリースに勝てと言われれば、俺は勝ちます」
どんな無理な状況でも、ベストとまではいかなくともベターを選んでこなしていくのが仕事だ。
前世でもそろそろ日付が変わるって頃なのにどう考えても一日がかりの仕事を三件持ってこられたりしたことも多々あったが、そんな状況も全て乗り越えてきた。
仕事であれば、俺はしっかりとベターな結果を出す。
「……本当にボクに勝てると思ってるの? ちょっと蹴られただけで無様に這いつくばってたキミが?」
「はい。それが仕事なら何としてでも勝ちます」
「そっかそっか。じゃあそこまで言うならボクの一撃に耐えてみてよ。そしたらそのふざけた条件で依頼出してあげるからさ」
――耐えられるハズがない。そんな心の声を隠そうともしない態度。
しかしリースには悪いがその言葉を口にした時点で、もう結果は決まっている。
「わかりました。ではどうぞ」
「それじゃー身の程を知りながら――気絶してるといいよっ!」
相変わらず目では捉えきれないほどのスピード。避けるどころかガードすらも間に合わない。
でもそれでいい。
この場はただ耐えるだけでいい。
「ぐぅっ――!?」
先ほどより強い衝撃が、今度は腹部を襲う。
けれど俺は崩れ落ちない。痛みをこらえ踏みとどまり前を向く。
「嘘……」
「な、なんで……さっきより強く蹴ったのに……」
「……耐えなきゃ仕事貰えないですから」
耐えれば仕事を貰える。その理由だけで耐えられる。
仮に耐えられない程のダメージでも、なんとしてでも耐える。
「意味わかんないし、答えになってない気がするんだけどー……」
「ええ。今のままではわからないのも無理はないです」
仕事を投げ出し、上司すらもないがしろにしているような不良社員では。
だから俺が教える。仕事に対する姿勢、熱意、責任。その全てを。
「けど安心してください。きっと理解できますよ――俺に負ける頃には」
FランクとAランク。
埋めることの出来ない実力差を『仕事だから』という理由で埋めてみせることによって――。
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