25 / 70
1章
25.酒場再生計画その1
しおりを挟む
薬草採取やら迷い猫の捜索やらが依頼内容にあるのを見ても分かる通り、冒険者ギルドは何でも屋と言ってもいいだろう。
法とギルドの流儀に反しなければ、基本的にどんな依頼でも受け付けるらしい。
なので中にはこんな変わった依頼もある。
『酒場を開いたのはいいが客が来ない。なんとかしてくれ』
前の世界であれば経営コンサルタントの領分である依頼まで受け付けるのだから冒険者ギルドの手広さには驚かされる。
ともあれ仕事があるのは喜ばしいことだ。
俺達は早速酒場へと向かい、なぜ客が来ないのかを調べることにした。
「……料理の味は普通ね」
「えと……わ、わたし的にはおいしいです」
まずは客として訪れ問題点の調査から。いくつかの料理を注文して試食してみた。
ファルとルミエナ、二人の反応を見る限り味は問題ないようだ。
「値段も…………まぁ普通ね」
「そですね。どこもこれぐらい……だと思います。たぶん」
価格もこれまた問題ないようだ。
ちなみにここの代金は俺の給料から天引きされているのでギルド経営に影響が出ることはなく、とても安心だ。
「店内も汚いわけでもないし……」
「……ちょっと狭いかなって感じるぐらいですね」
丸型のテーブルが5つに、それぞれ椅子が4つの合計20席。
日本の居酒屋に慣れている身からすれば少ない気もするが、この店の広さでは限界だろう。
「なら問題は立地かしらね」
「え……でもそれならどうしようもないですよね……?」
中心街から少し離れた場所にこの酒場はある。
確かに立地が客足の鈍い原因を作っているのは間違いない。
料理の味も値段も、店内の清潔さも問題はない。はっきりしている問題はどうしようもない立地条件だけ――ではない。
「改善の余地があるのは接客だな」
「え?」「?」
ファルとルミエナが「何を言っているんだ」と言わんばかりの表情で俺を見る。
「接客って……特に問題なかったように思うわよ?」
「は、はい。給仕のお姉さんも明るかったですし……」
ふむ。
ここは異世界。やはり俺のいた日本とでは感覚が違うようだ。
「なら少し試しながら解説していくぞ」
俺はメニューを開き、追加注文の品を選びメニューを閉じた。
「あら、注文しないの?」
「するぞ。けど店員が注文を取りに来ないのでな」
「……呼ばないと来るわけないじゃない」
呆れたようにため息をつくファル。
呼ばないと店員は来ない。きっとそれが異世界の酒場の常識なのだろう。
「俺のいた国では向こうから注文を取りに来てくれるところがあったんだ。客の動きや目線でタイミングを図ってな」
勿論呼び出しボタンや呼ばないと注文を聞きにいかないようにルールとして定めている店も沢山あるのだが、ここでの改善という意味では客の手を煩わせない接客術を身につけるべきだろう。
「……そんなことできるの?」
「出来る出来ないで言えば可能だ。今は客が少ないからな」
さすがに混雑時に客一人一人の動向を見るのは無理がある。
「あとはそうだな……例えば俺達がそれぞれ自分の口で注文を伝えたとしよう」
例えば今回の注文だとイノ・シーシのシシバラ焼きが俺、パイ包み焼きがファル、野草サラダがルミエナといった内容だ。
「持ってきた料理をテーブルの中央辺りに置くのが普通だが……俺達の国では注文した人の前に置いてくれる店がある」
そうすることで手をわざわざ伸ばして自分の前に料理を持ってくるという手間が省ける。
「一々注文した人まで覚えてられないと思うのだけれど」
ファルの疑問は最もだ。
しかしながら日本が積み上げてきた接客マニュアルには簡単な覚え方がある。
「それぞれの座席に番号を振っておくと簡単だぞ。1番席が俺のいる場所で、そこから右回りに2番3番と振っていって、注文を受ける時に1番席がシシバラ焼き、といった風にな」
料理を持ってきた時に「○○のお客様」と聞くのが簡単ではあるが、どうせ改善するのであればこちらの方が接客レベルは間違いなく高い。
客の手を煩わせないのは接客の基本にして究極だ。
「けどそこまで丁寧な接客したところで客は気付くかしら?」
「そうだな。すぐには気付かないかもな」
「え……じゃ、じゃあ意味ないんじゃ……」
いや、意味はちゃんとある。
他の酒場でやってないなら意味はある。むしろやってないからこそ意味がある。
「一度隅々まで行き届いた接客を受けた客が他店へ行った時に初めてその違いに気付くんだ。一度気付いてしまえばもうこちらのもの。何気ない一つ一つのことが不便に感じ始める。良いものを知ってしまったがために、今まで普通だったものが悪いもののように思えてしまうんだ」
価格帯も味も同じ。しかしこちらは良い接客で、あちらは相対的に見ると悪い接客になってしまう。客がどちらに流れていくかはもう問うまでもない。
接客水準を一気に引き上げる。ノウハウのない他店は苦労することだろう。
なんたって水準を引き上げすぎたのが日本だからな。主なフロアスタッフがパートやバイトで構成されているファミレスだって海外の二つ星レストランクラスの接客レベルがあるぐらいだ。
「すっ、すごいです。これならお客さん来てくれるようになるかも」
「そうね。さすが私の部下、よくやったわ」
「いや接客だけじゃ駄目だ。これはあくまで”やってきた客を囲う”だけのものだからな」
いわゆるリピーター作り。
それではこの立地の悪い酒場に新規の客を取り込めない。
「じゃあどうするつもり? 勿論何か考えがあるのよね?」
「ああ」
力強く頷く。
新規のお客様を取り込むには来店の”切っ掛け”を作らないと始まらない。
ではその切っ掛けを作るにはどうしたらいいのか。
そう、ここからは――広告屋の領分だ。
法とギルドの流儀に反しなければ、基本的にどんな依頼でも受け付けるらしい。
なので中にはこんな変わった依頼もある。
『酒場を開いたのはいいが客が来ない。なんとかしてくれ』
前の世界であれば経営コンサルタントの領分である依頼まで受け付けるのだから冒険者ギルドの手広さには驚かされる。
ともあれ仕事があるのは喜ばしいことだ。
俺達は早速酒場へと向かい、なぜ客が来ないのかを調べることにした。
「……料理の味は普通ね」
「えと……わ、わたし的にはおいしいです」
まずは客として訪れ問題点の調査から。いくつかの料理を注文して試食してみた。
ファルとルミエナ、二人の反応を見る限り味は問題ないようだ。
「値段も…………まぁ普通ね」
「そですね。どこもこれぐらい……だと思います。たぶん」
価格もこれまた問題ないようだ。
ちなみにここの代金は俺の給料から天引きされているのでギルド経営に影響が出ることはなく、とても安心だ。
「店内も汚いわけでもないし……」
「……ちょっと狭いかなって感じるぐらいですね」
丸型のテーブルが5つに、それぞれ椅子が4つの合計20席。
日本の居酒屋に慣れている身からすれば少ない気もするが、この店の広さでは限界だろう。
「なら問題は立地かしらね」
「え……でもそれならどうしようもないですよね……?」
中心街から少し離れた場所にこの酒場はある。
確かに立地が客足の鈍い原因を作っているのは間違いない。
料理の味も値段も、店内の清潔さも問題はない。はっきりしている問題はどうしようもない立地条件だけ――ではない。
「改善の余地があるのは接客だな」
「え?」「?」
ファルとルミエナが「何を言っているんだ」と言わんばかりの表情で俺を見る。
「接客って……特に問題なかったように思うわよ?」
「は、はい。給仕のお姉さんも明るかったですし……」
ふむ。
ここは異世界。やはり俺のいた日本とでは感覚が違うようだ。
「なら少し試しながら解説していくぞ」
俺はメニューを開き、追加注文の品を選びメニューを閉じた。
「あら、注文しないの?」
「するぞ。けど店員が注文を取りに来ないのでな」
「……呼ばないと来るわけないじゃない」
呆れたようにため息をつくファル。
呼ばないと店員は来ない。きっとそれが異世界の酒場の常識なのだろう。
「俺のいた国では向こうから注文を取りに来てくれるところがあったんだ。客の動きや目線でタイミングを図ってな」
勿論呼び出しボタンや呼ばないと注文を聞きにいかないようにルールとして定めている店も沢山あるのだが、ここでの改善という意味では客の手を煩わせない接客術を身につけるべきだろう。
「……そんなことできるの?」
「出来る出来ないで言えば可能だ。今は客が少ないからな」
さすがに混雑時に客一人一人の動向を見るのは無理がある。
「あとはそうだな……例えば俺達がそれぞれ自分の口で注文を伝えたとしよう」
例えば今回の注文だとイノ・シーシのシシバラ焼きが俺、パイ包み焼きがファル、野草サラダがルミエナといった内容だ。
「持ってきた料理をテーブルの中央辺りに置くのが普通だが……俺達の国では注文した人の前に置いてくれる店がある」
そうすることで手をわざわざ伸ばして自分の前に料理を持ってくるという手間が省ける。
「一々注文した人まで覚えてられないと思うのだけれど」
ファルの疑問は最もだ。
しかしながら日本が積み上げてきた接客マニュアルには簡単な覚え方がある。
「それぞれの座席に番号を振っておくと簡単だぞ。1番席が俺のいる場所で、そこから右回りに2番3番と振っていって、注文を受ける時に1番席がシシバラ焼き、といった風にな」
料理を持ってきた時に「○○のお客様」と聞くのが簡単ではあるが、どうせ改善するのであればこちらの方が接客レベルは間違いなく高い。
客の手を煩わせないのは接客の基本にして究極だ。
「けどそこまで丁寧な接客したところで客は気付くかしら?」
「そうだな。すぐには気付かないかもな」
「え……じゃ、じゃあ意味ないんじゃ……」
いや、意味はちゃんとある。
他の酒場でやってないなら意味はある。むしろやってないからこそ意味がある。
「一度隅々まで行き届いた接客を受けた客が他店へ行った時に初めてその違いに気付くんだ。一度気付いてしまえばもうこちらのもの。何気ない一つ一つのことが不便に感じ始める。良いものを知ってしまったがために、今まで普通だったものが悪いもののように思えてしまうんだ」
価格帯も味も同じ。しかしこちらは良い接客で、あちらは相対的に見ると悪い接客になってしまう。客がどちらに流れていくかはもう問うまでもない。
接客水準を一気に引き上げる。ノウハウのない他店は苦労することだろう。
なんたって水準を引き上げすぎたのが日本だからな。主なフロアスタッフがパートやバイトで構成されているファミレスだって海外の二つ星レストランクラスの接客レベルがあるぐらいだ。
「すっ、すごいです。これならお客さん来てくれるようになるかも」
「そうね。さすが私の部下、よくやったわ」
「いや接客だけじゃ駄目だ。これはあくまで”やってきた客を囲う”だけのものだからな」
いわゆるリピーター作り。
それではこの立地の悪い酒場に新規の客を取り込めない。
「じゃあどうするつもり? 勿論何か考えがあるのよね?」
「ああ」
力強く頷く。
新規のお客様を取り込むには来店の”切っ掛け”を作らないと始まらない。
ではその切っ掛けを作るにはどうしたらいいのか。
そう、ここからは――広告屋の領分だ。
0
お気に入りに追加
855
あなたにおすすめの小説
ある化学者転生 記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です
黄舞
ファンタジー
祝書籍化ヾ(●´∇`●)ノ
3月25日発売日です!!
「嫌なら辞めろ。ただし、お前みたいな無能を使ってくれるところなんて他にない」
何回聞いたか分からないその言葉を聞いた俺の心は、ある日ポッキリ折れてしまった。
「分かりました。辞めます」
そう言って文字通り育ててもらった最大手ギルドを辞めた俺に、突然前世の記憶が襲う。
前世の俺は異世界で化学者《ケミスト》と呼ばれていた。
「なるほど。俺の独自の錬成方法は、無意識に前世の記憶を使っていたのか」
通常とは異なる手法で、普通の錬金術師《アルケミスト》では到底及ばぬ技能を身に付けていた俺。
さらに鮮明となった知識を駆使して様々な規格外の良品を作り上げていく。
ついでに『ホワイト』なギルドの経営者となり、これまで虐げられた鬱憤を晴らすことを決めた。
これはある化学者が錬金術師に転生して、前世の知識を使い絶品を作り出し、その高待遇から様々な優秀なメンバーが集うギルドを成り上がらせるお話。
お気に入り5000です!!
ありがとうございますヾ(●´∇`●)ノ
よろしければお気に入り登録お願いします!!
他のサイトでも掲載しています
※2月末にアルファポリスオンリーになります
2章まで完結済みです
3章からは不定期更新になります。
引き続きよろしくお願いします。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
チート転生~チートって本当にあるものですね~
水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!!
そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。
亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。
モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。
日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。
今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。
そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。
特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。
拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった
16歳の少年【カン】
しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ
これで魔導まで極めているのだが
王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ
渋々それに付き合っていた…
だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう
この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである
※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる