Go to the Frontier(new)

鼓太朗

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第三章 ラプラドル島 前編

マリアのカルバン語講座と古代魔法書

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マリアは紙を広げるとみんなを見回した。
「明日はみんなカルバン語の授業よね。カルバン語のスーズ先生は御歳95歳。昔はバリバリの魔法使いだったみたいだけれど、今は物静かなおじいちゃんって感じよ」
たしか食事の時にかなり上座の方に座っている白い髭を腰のしたまで伸ばした老人がいた。
あれがきっとスーズ先生だろう。
深く刻まれたシワは往年の社会の荒波を彷彿とさせる。
足取りは思いの外軽く、この前も塔の階段を事も無げに登っていた。
笑顔で優雅に会釈をする姿は好好爺然としていて、こちらがホッとする落ち着きすら感じる。

「見た感じの通りにとっても穏やかで優しい先生よ。ゆっくりじっくりと丁寧に教えてくださるし、発音はもちろん超一級に美しい。元々魔法使いで補助魔法と回復魔法を専門にされているの。ライモンダ先生が攻撃魔法と魔法原理と補助魔法の初級を。スーズ先生がカルバン語と回復魔法、それから補助魔法の上級を教えていらっしゃるわ」
マリアは補助魔法と回復魔法を取っているのでスーズの特にお世話になっているそうだ。
「アンナやレオンやサラは魔法を学ぶから綺麗な発音に慣れておいた方が魔法の習得には近道よ。魔法を唱えるときにはやっぱりきちんと発音できないとうまく魔法がかからないことがあるの。複雑な魔法を唱えるときは『詠唱』が必要になるときがあるから。スーズ先生の発音はよく聞いておくべきよ。まぁ…ただ、すごーく時間がゆっくり流れる気がするけど…、頑張りましょうね!」
そう言うとマリアはペンを手に取る。
最後の最後が少し引っ掛かるが、「えっ?」とレオンが思ったときには「では予習を始めましょう」と、マリアの授業が始まっていたので、疑問は素直に飲み込むことにする。

「アラベスク王国はもともとカルバン帝国の圧政から逃げ出した一団が海を越えて建国した国と言われているのね。だから言葉はよく似てるの」
そう言うとマリアは目の前にある紙にさらさらとアラフェス語とカルバン語で何か書いてくれた。

レオンたちは顔を寄せあってそれを見る。
カルバン帝国の言葉はカルバン語と呼ばれ、文字はアラベスクの言葉、アラフェス語とほぼ同じ。
「文法的にカルバン語とアラフェス語は似ているの。語順や元になっている言葉は同じだから」
そう言ってマリアは単語ごとに区切った文字を羽ペンで指す。
「私は アラベスク 出身の マリア です」
マリアはゆっくりとカルバン語で読んでくれた。
「アラベスク」や「マリア」などの固有名詞はアラベスク語と書き方綴りは変わらない。
その他も単語の綴りから何となく想像できた。

アラベスクは比較的識字率の高い国だ。
幼いときから教会で読み書きと簡単な計算とアラベスクの歴史を学ぶ。
レオンもある程度の文章は書けるし読める。
さすがに貴族が書くような上級文言はかけないが、普通の文章なら大きな問題はない。
レオンは自分の紙に見よう見まねで書いてみる。
『私の 名前は レオン です。』
『私は カルバン語を 勉強する。』
たどたどしい字だが何となく書いてみた。
「綴りも文法もバッチリよ」
マリアは誉めてくれた。
みんなも真似をして紙に短文を書いた。
ダンは堂々と「私は 勉強が 出来ない!」と書いている。
ちょっと角のある癖字だが、上手に書けていると思う。
アラフェス語は流れるように美しいのにカルバン語になると途端にぎこちなくなるのが面白い。
「みんなすごく上手!」
そんなダンも含めてマリア先生はにこにこして褒めてくれたので、みんなまんざらではない表情だ。
そのあともマリア先生のカルバン語講座は続いたが、ものの数時間でみんな「書き」はほぼほぼマスターした。
あとは単語を覚えればカルバン語はクリアできそうだ。
「はぁー。頭を使うと疲れるなぁー」
ダンは天井を見上げてポカンと口を開けている。
頭から湯気が出ているように見えるのは気のせいか?
新しい言語をマスターするのはそれなりに難しい。
もとは同じ言語であるアラフェス語とカルバン語でもこれだけ大変なのだ。
ただ、ちょっとだけ楽しくなってきているのも確かで、レオンたちはしばしの間「半ば誘拐されてここへ来ている」ということを忘れていた。

*****

部屋に帰ると入れ替りでハイデンが出ていった。
午後からの授業があるそうだ。
レオンは一人になったので所持品(大きな麻袋)の整理を始めた。
双剣は鞘に納めたまま、クローゼットに片付けた。
剣術の授業が始まれば必要になるかもしれない。
着替えはクローゼットにたくさん入っていた。
ハイデンからは「こっちがレオンのだぞ」と言われている。
サイズ感までぴったりなのはどうしてなのか…。
大柄な人が多いというカルバン帝国だが、クローゼットの中はどう見てもレオンサイズ。
子供用か? と少しショックを受けたがどうやらそうでもないらしい。
とりあえずよくわからないが、着るものには困らなさそうだ。
薬草を調合する道具類はクローゼットの下に。
薬液ポーションや干した薬草などは匂いがあるものもあるので、できるだけ丁寧に布にくるんでこれもクローゼットの奥の方に押しやった。
ハイデンがどうかは分からないが、匂いがきついと不快に思うかもしれない。
レオンはいい匂いだといつも思うが、人の感覚はわからないのでとりあえずそうした。
また機会があればハイデンに確認が必要だ。

あと袋の中は…。
下着も持ってはいたがクローゼットの中にある籠にも入っていたのでそのまま袋に戻した。
更にレオンが袋の中をゴソゴソと漁ると、分厚い本が二冊。
「あっ…」
思わず声が漏れる。
片方は伯母ルーナの日記。
行方不明の従姉妹の情報が書かれているかもしれないものだ。
ペラペラとめくってみるが、いつものルーナの字でかかれた日記は延々と続いている。
何ページか捲った後、他人のプライベートを覗くのは何となく気恥ずかしくなって日記を読むのをやめた。
これも袋の中に戻す。
何となく本棚に並べておくのは憚られた。

そして、もう片方の分厚い本にレオンは対面することになる。
「古代魔法書って言ってたな…」
レオンは分厚い魔法書を開いてみる。
中にはページによってはギッチリと文字が並んでいるページもあったり、全く白紙のページがあったり。
いったいどんな仕掛けになっているんだろう?
セロが妖精がどうとかって言ってたな…。
レオンがそう考えたとき。
またシュパッ!と音を立てて火花が散った。
「ぅわっ!」
レオンは驚いて本を放り出しそうになる。
白紙だったページにまた文字が。
ただ、何て書いてあるのか見当もつかない。
「これも勉強しないとな。もしかして、読めるようになるのか?」
そんな淡い期待を抱くレオン。
そのための秘策がレオンの中にはあった。
最後に○を付けたあの科目が活きるかもしれない。
レオンは傍らの壁に貼り付けた時間割り表を見る。
予定では明後日の午後が最初の授業だ。
この本が読めるのか?
まぁそれで無理ならライモンダ先生に相談しよう。
それくらいのつもりでいる方が気が楽だ。
あまり気を張っていても仕方がない。
ダンやアンナもいる。
命の危険にさらされることも今のところ無さそうだ。
むしろ荘厳なレンガ造りの塔に考えようによっては「守られて」いる。
ここ数日では最も安全な場所にいるのだ。
まぁこの後のことはこの後考えればいい。
色々あったレオンはそれくらい図太い神経をもつように成長していた。
本人はあまりそこまで意識しているようではなかったが…。
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