Go to the Frontier(new)

鼓太朗

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第三章 ラプラドル島 前編

ラプラドル島の夜

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「皆さん」
食堂に現れたライモンダがよく通る澄んだ低い声で一同に呼び掛けた。
「今日から新たな同士が加わりました。お互いに切磋琢磨し、鍛練に励みますように」
そう言うと広げた両手から煙のようなものが上がった。
煙が次第に固まってみるみる楽器の形になり。
そして唐突にファンファーレを奏で、勇壮な音楽が流れ始めた。
魔法もそんな使い方があるのかと感心する。
必要か?とも。
ただ、現実では起こり得ないことを起こす奇跡=魔法と定義するのであるならば、あれもまさしく「魔法」の形であるとも思う。
そんなことを考えていたレオンの耳に流れた音楽は、カルバン帝国の国歌のようだ。
今まで無気力な様子だった周囲の人間も含めて全員が突然立ち上がると、朗々と歌い始めた。
かなり異様な光景だったがレオンたちもそれに従い立ち上がった。
ハイデンをちらりと見ると立つには立つが俯いて歌ってない。
カルバンの言葉がわからないレオンだが、アラベスクの言葉で『殺せ』とか『奪え』というような単語に近い単語が聞こえた。
勇ましいカルバン帝国らしいと言えばらしい音楽と言える。
音楽もラッパのファンファーレに始まり、終始勇ましい曲調たった。

悪名高いカルバン帝国。
国の領土を広げるために、周辺国を侵略していっているというのがもっぱらの共通認識だ。
戦争なんて善悪のあるものではないから、逆に悪と決めつけるのもよくはないとレオンは思う。
何せカルバン帝国のことをレオンはたいして何も知らないのだから。
侵略行為に伴う殺戮や略奪はカルバンだけがしている行為ではないと思う。
今でこそ国の国家権力争いでゴタゴタはしているが、比較的平和で落ち着いた治世であるアラベスクだって一昔前、過去の戦時下においてはそんなこともしたハズだ。
歴史なんてものは、見る視点によって善悪が異なる。
その事はレオンも18にもなればその辺りの分別は持ち合わせているつもりだ。

ただ、本当のところはわからないが、この国家を聞く限り、血気盛んなお国柄だということは、間違いなくうかがい知ることができた。
腕を振って歌う生徒たち。
肩を組んで歌う生徒たち。
モソモソと下を向いて歌う生徒たち。
そもそも立ちもしない生徒たち。
千差万別だが、様々な捉え方があるようだ。
そんなに長い時間ではなかったが、レオンはそんなことを色々考える良い機会になった。
世界は広く、考え方や民族性は様々。
感じ方が違うのだから、幸せの形も国それぞれ。
そう考えると、「世界が平和に」というのはかなり難しい目標に感じる。
何といっても価値観がそもそも違うのだから。
歌っている生徒たちをぼんやり見ながら、レオンはそんなことを考えていた。

やがて歌が終わると、全員が何事もなかったかのように食事を始めた。
レオンたちもそれに従う。
カルバン帝国の料理は、アラベスクとは違い、大皿に山盛りの料理が乗っている。
基本的に肉っ気が多い。
今日の料理は肉と野菜を炒めて甘辛いソースで味付けをしたものだ。
基本的にザク切りで素材がよく分かるのがアラベスクの料理とは大きく違う点だ。
ただ、野菜は色とりどりで見た目には美味しそうに見える。
前菜などは特になく、ハイデンが言った通り、真っ赤なソースがかかった肉料理がレオンの目の前にドンと置かれているだけだ。
他は固そうなパンと水。
試しに真っ赤なソースを少しだけなめてみた。
すると確かにピリッと辛い。
島辛子と胡椒、後はレオンの知らない香辛料も何種類か使われているようだ。

料理はというと見た目の通り大味ではあったが、レオン個人的には不味いとは思わなかった。
これがカルバンのオーソドックスな味なのだろう。
ソースは辛そうだが料理全体に香辛料が効いていて美味しい。
野菜の甘味と香辛料がうまくマッチしていて食欲をそそる。
肉も柔らかく煮込まれているようで、口のなかで何度か噛んだら溶けてなくなるほどだった。
野菜も新鮮なものを使っているようで栄養価という意味では全く問題なさそうだ。
軟禁されている状態ではあるが、健康管理は的確にされている。
軍隊として、気力や体力は大切なのだろう。
レオンはよくよく味わいながら初めてのカルバン料理を堪能した。
食べても食べても減らない大皿の山には多少うんざりしたが…。

レオンをはじめ、仲間たちはハイデンの言う通り、できるだけ水は飲まずにやり過ごした。
試しにレオンは少しだけ水を飲んでみたが、何の変哲もない水だった。
多少口の中がザラッとする気がする以外は普通の水だった。
水の種類は何種類かあることをレオンは知っている。
飲んだことはなかったが、特別変わった水ではないように思った。
レオンは懐から取り出した小さな小瓶にこっそり水を少しいれた。
飲んだだけではわからないが、あとで調べてみよう。
そう思って最後のデザートである柑橘系の果物を口に運ぶ。
南国系の果物で酸味が強い。
道具が少ないからどこまでわかるか分からないが、レオンの探求心は確実にくすぐられた。

食事が終盤に差し掛かった頃、ライモンダが再びステージに立った。
教員席は向かって左側。
レオンは右端に座っているので一番遠い位置だ。
そこから立って出てきたライモンダは、みなを見回すと、相変わらずの澄んだ低い声で語りかけた。
「あなたたちはこの国のため、戦うのです。それが国を支え、繁栄させます。その事を心して、明日からの鍛練に繋げなさい。新入生は明日、時間割りを作成します。朝食がすんだら、ここに残りなさい」
そう言ってレオンたちの方をチラッと見た。
レオンたちは小さく頷く。
それを確認したライモンダは再び視線を全体に移す。
「それでは、部屋に帰ったら早く休みなさい。今日は休息日でしたが、明日からはまたハードな毎日が始まりますからね」
そう言うと、やはり砂を撒いたようにして姿を消した。
他の教官もローブを翻して姿を消した。
それを合図に学生たちも三々五々、部屋に移動を始める。
レオンもその流れに従って部屋に向かった。

「明日は時間割りを決めるオリエンテーションが行われる。明後日からは授業の開始だ。ハードになるぞ」
ハイデンは部屋に戻るとそう言ってベットにゴロンと横になった。

授業。

学校というもののないアラベスクで育ったレオンには純粋に興味があった。
読み書きや計算、薬草に関する知識は人よりあるが、軍隊に入るための「授業」とはいったいどんなものなのだろう?
疑問に思って「あの…」とハイデンに聞いてみようとしたが、傍らのベッドでハイデンがスースーと寝息をたて始めたのたのはそれよりちょっと前だった。
「はやっ」と思ったが、ハイデンに毛布をかけ直し、ランプの火を消すとレオンも横になった。
目を閉じたがなかなか寝付けなかった。
アラベラの町は今どうなっているのだろう?
まだ伯父伯母やドリスは石になったままなのだろうか?
アラベスクもどうなったのだろう?
クルトやヘンリー、ベスやクラウド国王はどうなったのか?
アンナも突然いなくなったことになっている。
アンナの家族はさぞかし心配しているだろう。
そうだ!ポック!!
ポックはどうしてるんだろう?
そういえばいつからいなかったっけ?
まぁいざという時はしっかりしているやつだが、ポックの言葉を理解できる人間は今のところレオンだけ。
何かあっても助けを求めることはできない。
どうにかしてコンタクトはとれないものか…?
ふかふかのベッドはレオンを心地よい眠りに誘ってくる。
うつらうつらしては何度も我に返り、次から次へと溢れる考え事に飛び起き、またうつらうつらすることを繰り返し、気がつけば東の空が明るくなり始めていた。
長いような短いような夜。
レオンは自分で自分をギュッと抱き締めるように丸まって、朝を迎えた。
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