Go to the Frontier(new)

鼓太朗

文字の大きさ
上 下
27 / 57
第二章 アラベスク王国

天井裏情報網 後編

しおりを挟む
「ベス王女がそれほどの魔法の使い手とは。そっちから片付けた方が…。」
「バカ言うな。あいつは武術も堪能ななかなかの手練れだ。下手を打てば返り討ちにあう」
「では、ど…どうする?」
物騒な話が繰り広げられている。
「クルト王子もまた厄介なやつを仲間に引き入れたもんだ」
「あぁ。魔相のあるボウズだろう? そばにいる大男も油断ならねぇ」
「あぁ。あの大男、マックスを本気にさせたって話だ。正面からかかれば厄介な相手になるだろう」
「あの魔相のボウズもかなり頭がキレると見てるぜ。クルトのバカだけじゃなく、ヘンリー王子やクラウド国王にもうまく取り入ってここに潜り込んでやがる」
「『一生懸命やってますー』って顔して、そのくせ言動も行動も落ち着き払ってて生けかねぇ。仕事もたったの五日でもう手慣れたもんだ」
「だがどうしたものだろう?一人一人は大したこと無さそうだが、それぞれが知ってか知らずか一人になるのは極力避けているように見える」
「こちらもうまくやらねば我々の計画が漏れる危険も出てくるだろう。それだけは避けなければ…」
「間違いないな。危ない芽は早いうちに摘んでおくべきだが…。」
下の男たちはレオンやダンの話もしている。

「大体わかったでしょう? こいつらが黒幕ね。そこにクリス王子自身がいたことは新たな収穫だったわ」
ティルはそう呟くと、
「この下には5人の男たちがいる。クリス王子の従者たちとクリス王子本人。」
「っつーことは、クリス王子自身がこの一連の事件に一枚噛んでいるってことか?」
ポックは目を見開く。
「そういうことになるわね。それぞれのご主人に報告ね」
ティルはそこまではにこやかに言ってから真顔に戻った。
一瞬遅れてポックも異変に気づいた。
「残念ながらそう簡単にはいかないようね。」
そう言ってティルはため息をつく。

いや、実は結構前からポックも嫌な気を感じていた。
音が聞こえたわけでもなければ匂いもなければもちろん真っ暗で姿も見えない。
だが明確な殺気がポックたちを包んだ。
「何かいる…?」
そう言いかけたポックを「シッ!」と制すティル。
「この城には魔法使いだけでなく魔物使いもたくさんいる。恐らくこの下にもね。」
ティルはそう言うと背後を振り返った。

背後には巨大な蜘蛛のモンスター、ダークスパイダー。
「野性?…じゃないよね。」
シューシューと嫌な音をたてて近づいてくるダークスパイダーにポックは少し震える声で聞いてみる。
もちろん返答はない。
「この天井裏は私たち、人間に仕えるモンスターたちの情報交換の場。野性のモンスターがいることはあり得ない。だがそこには招かれざる刺客たちもいる。」
ティルはそう言うと小さな牙を剥いた。

シューシューと変な音をたてるダークスパイダーがじりじりとポックたちに近づく。
「こいつも?」
ポックはじりじりと後ずさりながらティルに尋ねる。
「たぶんね」
それだけ言うと、そこから「念話」と呼ばれるテレパシー(フォックス族特有の技)でホックに囁きかけた。
「ここでやりあうのは賢明ではないわね。ついてきて!」
下で何やら不穏な動きがある部屋の真上でドンパチやるのは得策ではないと考えたのだろう。
ティルはそう言うとサッとマーフィーをくわえ、走り出した。
慌ててポックも後を追う。
できるだけ足音をたてることのないように気を付けながらティルたちは走った。
ダークスパイダーもカサカサと毛むくじゃらの足を動かして追いかける。
気味の悪い動きにポックはヒッと小さく喉をならした。

迷路のような天井裏をティルは迷うことなく走り続ける。
「俺たちが下の階で話してることを聞いちゃったからあんなに必死に追いかけてくるの?」
ポックはだんだん息が上がってくるのを感じながら前を走るティルに聞く。
「それもあるでしょうけれど、あいつら、タイミングを見てたんじゃないかと思うの。私たち…あなたたちもあいつらからしたら私と同類だから…、私たちを消すために何かきっかけがないとね。いくらモンスターだからって王子に仕えるモンスターをそう簡単に傷つけたり殺したりするわけにはいかない」
ティルはくねくねと道があるのかないのかわからない天井裏を走り抜けながら説明する。
「で、あいつらからしたら話を聞いちゃったからっていう俺たちを片付ける口実ができたってことか。」
何て理不尽な、とポックは思ったが、その考えは次の瞬間一気に吹っ飛んだ。
後ろから何かが飛んでくる音と気配があった。
敏感なポック(もちろんティルも)の耳は何かがこちらに飛んでくるのを何かが風を切る音で察知した。
ポックもティルもふわりと避けたが、その飛んで来た物の正体にポックはゾッとした。
「あいつら、糸を塊にしてあぁやって飛ばすことができる。糸自体に毒があるから気を付けな。」
ティルが教えてくれた。
気を付けなっていわれても…とポックが思った瞬間、ポックの左脇腹の辺りをダークスパイダーの毒糸の塊がかすめた。
ジュッと音がして、かすめたその部分の毛が焼け溶けた。
あとにはコインほどの大きさの跡が。
「ひぃー!」
ポックは悲鳴をあげる。
「自慢の毛皮がぁ~」
ポックが泣き言をいう。
「すぐはえてくるから!」
ティルがもっともな突っ込みをいれる。
「にしても、しつこいやつ。これは本気で私たちを倒しにかかってるわね。」
そう言うとティルは走るのをやめて振り返った。
ここは何階のどこ?
ポックはティルに聞きたかったが息が上がって言葉にならない。
そんなポックを見ることなくティルはダークスパイダーを睨み付ける。
「ねぇ、あんた。私を誰だかわかって攻撃してるのかしら?」
ひらりと毒糸をかわすと、ダークスパイダーに大きな声で語りかける。
ドスの効いた声にダークスパイダーが糸をはくのをやめた。
「あんたは誰の差し金? 場合によっちゃ容赦しないよ。」
しばらく黙っていたダークスパイダーが低い声で答えた。
「ご主人様の部屋の上でこそこそ嗅ぎ回る奴を排除しに来ただけだ。他意はない。お前は何者だ?」
ダークスパイダーが赤い五つの目でギロリと睨む。
それぞれが独立した動きをしてティルやポックたちを睨み付ける。
気味の悪さにポックは震え上がった。
口から生えた牙をカチカチいわせながら野太い声でダークスパイダーは尋ねる。
腹の探り合いはお互い様だが相手の迫力にポックは恐怖を覚えた。
ティルはというと涼しい顔をして答える。
「名乗るほどのものじゃないわ。あなたのご主人様は何をしているのかが気になっただけ。」
ティルは話をうまくはぐらかしながら相手の出方をうかがう。
「お前の知らなくても良いことだ。だが、聞いたのなら生かしてはおけない。」
ダークスパイダーはそう言うと、鉤爪のついた足をこちらに向けた。
「来る!」
ティルはいち早く危険を察知してポックに念話で話しかける。
「あなたたちは今のうちに逃げなさい。あいつは私がうまくやり過ごすから。まっすぐ進んで突き当たりを左、そのすぐ先の角をまた左に曲がれば通気孔の出口がある。私もすぐに後を追うから。早く!」
ティルはポックに早口でそう言うと、咥えていたマーフィーを思いっきり出口の方に放り投げた。
もはやポックに考える時間などなかった。
猛ダッシュで言われた通りの道をマーフィーを蹴っ飛ばす勢いで走った。
突き当たりを曲がったところで腹の底に響くドーンという音が背後から聞こえた。
それでも振り返ることなく走り続け、通気孔から眩しい日の光のもとに飛び出した。
息が上がってしばらく草むらのなかで動くことができなかった。
巨大グモの体液にまみれた傷だらけのティルが通気孔から出てきたのはかなり時間が経ってからだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。 目覚めると彼は真っ白な空間にいた。 動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。 神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。 龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。 六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。 神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。 気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

処理中です...