転生少女は過去の英雄に恋をする

大天使ミコエル

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174 水面に浮かぶ(5)

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 帰りもヴァルが風の魔術を使い、岸まで戻った。
 相変わらず、歩くよりも遅い速度で。
 水面が、ちゃぽちゃぽと波打つ。
 風が揺らぐ。
 木が騒めく。

 水面に手を出すと、水飛沫が手に触る。

 岸へ戻る時にも、ヴァルが手を差し出してくれた。

 手を掴み、岸へ上がる。
 なんだか、ここへ来る時以上に……緊張、する。

 二人でいるのもそれほど珍しいことじゃないし、特別なことは何も話してないのに。
 なんだろう。

 手が、きゅっと握られた。
 握り返して、手を繋いだまま歩く。

 なんだかとても、ヴァルの隣は居心地がいい。
 ずっとこうしていたいと、思ってしまう。

「明日は塔に行く日だな」
 程近いところで黒くそびえる塔を眺めながら、ヴァルが言う。
「そう。私の憧れの場所」
「塔が?」
「……そりゃあ、魔術を学ぶ魔術師だからね」

 一流の魔術師はあの場所にいる。
 全ての魔術師にとって、憧れの場所なのだ。

 ジークの隣に立ちたいと思いながら、勉強を始めた魔術だった。
 そして勉強していくうちに、奥が深く、楽しいと思えた。もうなくてはならないものになっている。
 私はもう、魔術と出会えてよかったとも、思っているんだ。

 ヴァルは私の魔術のきっかけでもあり、魔術師としての憧れでもあり、仲間でもあるんだよね。

「ヴァルは?夢とか、憧れとか」
「そうだな」
 ヴァルが、真面目な顔つきになった。
「以前よりは、魔術師の仕事が楽しく思えててさ。魔術師じゃない自分なんて、考えられない」
「そっか」
 そうだね。私も、魔術師じゃないヴァルは考えられないな。

 手を繋いだまま、商店街を歩いた。
「あ」
 ケーキ屋さんのショーウィンドウのキラキラとしたゼリーに目がいった。
 青い小さなキューブ型のゼリーが、瓶の中に詰められている。
 上には、ミントなどで爽やかな装飾がしてあった。

 ヴァルの手を引き、ショーウィンドウに近付いていく。
「これ、みんなに買って行こうよ。ちょうどお茶の時間だし」
 ヴァルが一瞬エマの顔を見て、そしてふっと笑った。
「いいな」

 お茶の時間には、みんな揃ってゼリーを食べた。
 明日からはまた図書館仕事があるので、あまりこうやってお茶の時間に揃うこともなくなる。
 メンテがゼリーに合わせてアイスティーを入れてくれた。
 グラスの中で氷がカランと音をたてる。

 スプーンですくったゼリーが、明るい光の中で揺れる。
 まるでさっきの水面のようだと思って、ふわふわとした気分になる。
 思い出しただけで、心臓がきゅっとなる。

 隣に座っていたチュチュが、エマにこっそりと囁いた。
「いいことあったみたいだね」
「そ、そう見える?」
「うん」
 と言ったチュチュは、明らかにニヤついていた。
 出かけた先であったのは、どれもいつもと同じようなことで、“いいこと”なんてあったわけじゃない。
 けどエマには、否定するなんてできなかった。

 何か、特別なことがあったわけじゃない。
 あったわけじゃないはずなんだけど。
 それでも、エマにとって、今日は“特別”な1日になった。



◇◇◇◇◇



デートエピソードはここまで、です。
お互い“特別”な1日になったようです。よかったね!
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