転生少女は過去の英雄に恋をする

大天使ミコエル

文字の大きさ
上 下
153 / 239

153 不本意ですが

しおりを挟む
 エマは、自分の部屋で一人、ベッドの上で膝を抱えていた。
 デスクの上には、投げ出して触ることもしていないスマホが置いてある。

「…………」

 そのスマホをもらってから数日、エマはそれを触れずにいた。

 それから、程なくして、学園長が帰る日がやってきた。
 今思えば、この学園に滞在する期間は、あっちの世界の活動をしている時だったんだ。そう、それこそ『メモアーレン』のプログラムを組んでいる時とか。

 その日の朝、エマは早起きすると、キッチンで一人、アップルパイを焼いた。
 丁寧にリンゴを切って煮込み、綺麗にパイ生地の上に並べた。
 無心に、ただ綺麗に。

 そしてその日の午後、食堂のテーブルをシンプルに飾り付けると、学園長を食堂に呼んだ。
 テーブルの上には、大きなアップルパイと、大きなポットに入れた紅茶。そして、その横に気まずそうに突っ立っているエマの姿があった。

「どうしたんじゃ?」
 学園長が、優しく問う。
 エマは、その気まずそうな顔のまま口を開いた。
「こんな風にみんなにバレてしまって、騒ぎにはなってしまいましたけど……。学園長が、『メモアーレン』を作ったマループロジェクトのサークル主様だというのは、違いないので……」
 エマはアップルパイを示す。
「今まで、イベントなんかには出ていらっしゃらなかったですし、ちゃんとお礼、出来ていなかったので、お礼、なんです。私、色々ありましたけど、『メモアーレン』には、沢山助けてもらって、思い入れもあって。だから……」
「ああ……、エマの応援は、いつも大切に受け取っていた。こちらこそ、ありがとう」
 学園長が、優しく微笑んだ。

 なんだかんだ匂いにつられて、学園の全員が食堂に集まってきた。
 アップルパイは、結局、学園長を含めた学園全員で食べることになった。

 チュチュが大きな一切れを口に頬張る。
「おいしい~」
 チュチュの目がくるんとした。

 エマがリンゴの甘みを口の中で感じながら、ふと思ったことがあった。

 食後、学園長を引きとめた。
「学園長……、あの……。聞きたいことがあるんですけど」
「ほう……どうしたかな?」
 エマは、ヴァルをチラリと見て、「ここじゃちょっと……」と小声で言った。
「大事な話かな?」
「はい。とても大事です。すぐ済むんですけど」
 えへ、と冷や汗を隠すように笑う。
「ふむ……」

 それからエマと学園長の二人は、また食堂のテーブルに座り直し、人がいなくなるのを待った。
 そして、食堂に二人になった時、エマがおずおずと切り出した。
 飾りのように目の前に置いてあるティーカップをじっと見つめる。
「私……、今まで何度か、ジーク宛にバレンタインのチョコレートを送ったことがあるんですけど……」
 エマが、がばっと顔を上げた。
「あれって!本人が受け取ったりとかは……!」

 エマに取ってはそれはとても重大で、思いついたら聞かないといけないことだった。
 もし、ゲームキャラじゃなくて、本人が存在しているのだとしたら。
 もしかして……、と、期待せずにはいられない。

「あ~……」
 学園長は眉をハの字に寄せ、困った顔を作った。
 その顔を見て、エマはその答えが、期待通りではないことを悟った。
「残念ながら、手伝ってくれている絵師やシナリオライター、精霊などに分けさせてもらった。スタッフで美味しくいただきました、というやつじゃな」
「ですよね~」
 あはは、と笑ってみせる。

 それはそうか。
 得体の知れない人間からのお菓子なんて、そうそう渡すわけがない。
 ……食べてくれただけでもいいと思わないと……。

「……食べてくれて、ありがとうございます……」
「ああ…………。菓子はこれから本人に作ってやってくれ……」
「はい……」

 やっぱりこれが現実かぁ。



◇◇◇◇◇



さて、次回からは絵師さん訪問旅行が始まります!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...