上 下
146 / 188

146 大魔術師のあの日の話(2)

しおりを挟む
『けど……。私は……、ジークの人生があのまま終わってしまうのは嫌です。ジークが居なくなってしまうなんて嫌です。……幸せになってほしい。幸せにする方法はありませんか』

「ああ、そんなに泣くでない」
 大魔術師は、数百年は経っていそうなすっかり色あせボロボロになった紙きれを取り出した。
「ここに、精霊との契約書が3枚ある。……二人を生まれ変わらせることができる」
『…………?』
「ワシは……、お前さんのジークへの愛を知っている」
『確かに、命をかけてもいいくらい大好きですが。いえ、もうその命もありませんが』
「えまさん。お前さんも、生まれ変わってみないか?記憶をそのままに。名前をそのままに。姿をそのままに」
『私が?ジークも……?』
「そうじゃ。ワシは思う。お前さんが居てくれたら、ジークを幸せにすることも、可能なんじゃないかと。先のことはわからないが、賭けてもいい気がしているんだ」
 大魔術師の声が、幾分か明るくなる。
『次の私の人生を、ジークに捧げるってことですね?それで、ジークを幸せにする方法があるなら。メイドでも護衛でもなんでもやります』
 大魔術師は、ふっと笑った。
 人生を捧げて欲しいわけではない。これは、えまに取り返しのつかないことをしてしまった償いでもある。
 それに、大魔術師には予感があった。
 ジークとえまは、相性がとても良いのではないかと、そう思えた。
 この二人なら、笑い合い成長する姿が見られるのではないかと。

『生まれ変わったら、私、必ずジークを探し出して、この人生を捧げます』
「魂でのこの会話は、生まれてしまえば忘れてしまうものだ。ワシがジークと会えるよう、必ずお前さんを迎えに行こう」

『ジークを、幸せにするために』

 まだ涙が滲んだその声は、それでも少しだけ力強さが戻ってきていた。

「『ジークを幸せにする同盟』じゃな」
『はい!必ず』

 大魔術師は、それぞれの魂のために、大事な精霊との契約書を崩し、それで紐のようなものを作った。
 作っている間、えまの魂は、沈黙を守るジークの魂の側に、寄り添うようにじっとしていた。
 その契約書1枚ずつで作った紙紐を、それぞれの魂にリボンのように結びつけてやる。
「これを巻いておけば、記憶をそのままに、名前をそのままに、姿をそのままに、精霊が力を貸してくれる」
 大魔術師は、優しい顔をしていた。
「さあ、お行き。まだ魂宿らぬ、母親の元へ」

『また、会えますよね?大魔術師様にも。ジークにも』
「ああ、必ず会えると約束しよう」

『また、ね……ジーク様』
 えまの魂の最後の言葉には、やはり涙が滲んでいた。
 えまの魂は、ジークの魂にさらに寄り添うように近付き挨拶をすると、窓の外へ、光の粒子のように飛んで行った。



◇◇◇◇◇



身体という記憶媒体がないので、魂は記憶を保持しておくことができません。
名前を受け継げるのは、母親のお腹にいるときに母親に伝わるためで、必ずその名前になるとは限りません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...