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143 大魔術師の落とし物(3)

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 ブン…………。

 と、耳慣れていたはずの音がする。
 電気の明かりが目に入る。
 本棚に、見知った文字の本がズラリと並べられている。

 震えながら、エマが一歩、その部屋へ入ると、そこはまるで、前世で居た場所のようだった。

 これは……、パソコンのモーター音……。
 大きなデスクには、大きなパソコン画面が広がっている。
 画面には、大量の文字列が見える。
 明かりは、この世界の明かりとは違う、白い色をしている。
 本棚には、『プログラミング入門』などといった、日本語の本が並べられていた。

 もう、言葉を発することもできなかった。

 これって……何?

 小さな、恐怖が生まれる。

 自分の居場所とは違う。違和感。

「怖がることはない」
 学園長が言う。
 ヴァルがエマの様子がおかしいことに気付き、先に立ち、部屋へ入った。
 それに続いて部屋へ入っていく。
 まるで異世界へ入ったみたいだった。

 座る場所もないので、三人揃って床に座った。
 左から、ヴァル、エマ、シエロの順で。

 ヴァルが側にあった大きなクッションを、エマに渡してくれた。

「何から、話したものか……」
 学園長が、デスクの椅子に座り、う~む、と腕組みをする。
「……じいさん、どう話しても怒られる以外の方法はないと思うぞ」
 ヴァルの目が凄んでいる。
「う~む」
 学園長が、三人の顔を順番に見た。
「その機械は……異世界のものだ。スマートフォンという」
 学園長が、話し始める。
「そして、そこに映っているのは、ワシが作ったゲームじゃ」
「異世界……?」
 シエロが呟いた。
 これを作ったのが、学園長……?
 エマが、スマホの画面をつける。
「…………」
 見知った画面が出てきて、涙を堪える。
「ゲームって……これが、か?イラストにはなってるけど、これはどう見ても……」
 ヴァルが、そこで顔をしかめた。
「……俺たちだろ」
 シエロも、スマホに映る自分のイラストを見ている。
「……僕に至っては子供の姿なんだけど」
 シエロが、呆れた顔をした。
「ワシも大魔術師となってしばらく経つからなぁ。歴史を書き記しておかなければならなくてなぁ」
「……は?」
 ヴァルの視線が冷たくなる。

「じゃあまさか……歴史書のつもりでこれを作ったってことか……」
「え……?」
 どういう、こと?
 じゃあ、私は、乙女ゲームの中に入ったわけでもなくて……。

 三人でまじまじと『メモアーレン』のオープニング画面を見た。

 攻略対象の5人が、揃って笑顔を向けている。

 ハッとする。
 パソコンに、プログラミングの本……。
 つまり……。

「私……は…………、『メモアーレン』を作った人がいる所に、来たってこと……?」
 エマが、思い付いたまま言葉にすると、ヴァルとシエロがエマの顔を見た。
 学園長が、優しくエマに微笑む。
「…………」

「その昔、ワシは精霊の秘術を使って、異界との門を開いた。たまたま繋がったのが“日本”という国だ」
 大魔術師は語り出し、三人は、大人しく話を聞くことにした。
「ワシは、随分とその国が気に入ってなぁ。色々なものを学んだし、色々なものを持ってきた。食事や文化なんかをな」
 ……思い当たるところがある。なぜか、日本と変わらない食事風景。唐揚げもあれば、和菓子もある。温泉だって、学園長が言う文化なのかもしれない。
「そして、ワシは、それだけでは飽き足らなくなり、その国の文化で歴史書を書いてみようと思ったのじゃ。それが……、『メモアーレン』。恋愛シミュレーションゲームじゃ」

「………………」

 全員が沈黙した。
 学園長は、厳かな顔をしている。

 三人は、青ざめた顔のまま、その小さな画面をじっと見ていた。

「そして、日本でリリースした」

「………………」

「恋愛…………?」

 ヴァルが、怒りで震える声で、小さくそう言った。

「そう、この5人それぞれと、恋愛できるゲームじゃ」

 学園長、ドヤ顔やめてぇ…………。

「じじい……、日記は紙に書け」

 低く、凄んだヴァルの声。

「で?」

 ヴァルが、怒りを堪えるように声を出した。

「エマは……、どう関係があるんだ?」

「それはなぁ……」
 学園長が、促すようにエマに視線を投げた。

 私の話……、か。

 攻略対象に左右を挟まれて。
 それも、左側にいるのは、人生で唯一の推しで。

 これって……、なんて公開処刑ですか。



◇◇◇◇◇



大魔術師マルーは、若い頃世界中をまわって、いくつかの精霊と契約を交わしました。それによって手に入れたのが日本への扉。
その人生の集大成が恋愛シミュレーションゲーム『メモアーレン』です。
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