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135 響く弓の音
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「あ、リナリ」
「どうしたの?」
「メンテ知らない?」
その日、通し稽古を終えたあと、エマは、メンテを探していた。
劇のことで相談があったのだ。
「メンテなら、外に弓の練習に行ったよ」
「弓兵の?」
「うん」
メンテは、舞台で、精霊を射殺す役だ。
舞台では、本当に弓を射て、まるで刺さったような演出をする予定だった。
エマは、学園の門を出て、森へメンテを探しに行った。
森の中を歩く。
森は、明るく、まだ夏の匂いがした。
ほどなく行くと、バシュッ、と弓を射る音がした。
そっと、その音の方へ歩く。
緑色の草を分け、歩いていくと、メンテが居た。
「…………!」
「メンテ」と声をかけようとして、躊躇してしまう。
声を出すのを躊躇うほど、あまりにも張り詰めた空気だった。
引き絞られた弓と、的を狙う矢尻。
なんて、綺麗な姿なんだろう。
そこで、じっと見ていると、次の矢を手に取ったメンテが、そのまま矢をつがえず、矢を手にぶら下げたまま、突然、ふっとこちらを振り向いた。
「…………!」
目が合うと、メンテがにっこりと笑う。
「エマ」
ここにいることがバレてしまい、ちょっとドギマギする。
「声、かけてくれてよかったのに」
苦笑するような顔で、メンテが笑う。
笑うメンテは、陽の光を浴びて、汗を光らせ、より一層綺麗だと思えた。
「あはは。あんまりにも、綺麗だったから、声かけそびれちゃった」
仕方なく、メンテに近付いて行く。
「綺麗だなんて……。ぼくなんて、まだまだなんだ。兄さん達に比べれば」
兄さん達……。
トーラリス族は確かに弓が生活の要だ。きっとみんな、弓が上手いのだろう。
小さな頃から学園に暮しているメンテから見れば、まだ、いまいちだと思ってしまうのかもしれない。
「でも、私は綺麗だと思ったんだ」
いつでも真っ直ぐ伸びた背に。矢をつがえる時の所作に。張り詰めた空気に。
弓道でのそれを見ているような気がしたんだ。
そう。
他に弓の名手がいるからといって、今、エマが綺麗だと思ったことまで、なかったことにはならない。
こんな風に感動を覚えるほどのものなら、いくら上が居ようとも、それはメンテ本人だって認めていいもののはずだ。
明るい陽の光の中で、メンテがにっこりと笑った。
「ありがとう、エマ」
そのメンテの笑顔に呼応するように、エマもにっこりと笑った。
それから軽く劇の相談をした。
脚本を見ながら、台詞と立ち位置を確認していく。
「ここで、チュチュが駆け寄ってきたとき、手を繋いだところから、1、2、3、ね」
「うん。ここで舞台に的になるものに矢を飛ばすから、エマは動かずに、出来るだけ端に居て」
「わかった」
「明日、実際やってみよう」
「うん。……私、夕食当番だから、そろそろ戻らないといけないんだ」
「ぼくは、もう少し練習していくよ。二人に矢が刺さったら大変だからね」
苦笑をしながら、メンテがそう言う。
「心配はしてないよ」
エマは、的を視線で示す。
メンテの向こう側には、舞台と同じ距離を取った場所に丸い的がある。
そこには沢山の矢が、ほぼ中心に刺さっていた。
◇◇◇◇◇
これでもトーラリス族の中では、弓の大会にも出られないレベルなので、メンテとしては“いまいち”なようです。
「どうしたの?」
「メンテ知らない?」
その日、通し稽古を終えたあと、エマは、メンテを探していた。
劇のことで相談があったのだ。
「メンテなら、外に弓の練習に行ったよ」
「弓兵の?」
「うん」
メンテは、舞台で、精霊を射殺す役だ。
舞台では、本当に弓を射て、まるで刺さったような演出をする予定だった。
エマは、学園の門を出て、森へメンテを探しに行った。
森の中を歩く。
森は、明るく、まだ夏の匂いがした。
ほどなく行くと、バシュッ、と弓を射る音がした。
そっと、その音の方へ歩く。
緑色の草を分け、歩いていくと、メンテが居た。
「…………!」
「メンテ」と声をかけようとして、躊躇してしまう。
声を出すのを躊躇うほど、あまりにも張り詰めた空気だった。
引き絞られた弓と、的を狙う矢尻。
なんて、綺麗な姿なんだろう。
そこで、じっと見ていると、次の矢を手に取ったメンテが、そのまま矢をつがえず、矢を手にぶら下げたまま、突然、ふっとこちらを振り向いた。
「…………!」
目が合うと、メンテがにっこりと笑う。
「エマ」
ここにいることがバレてしまい、ちょっとドギマギする。
「声、かけてくれてよかったのに」
苦笑するような顔で、メンテが笑う。
笑うメンテは、陽の光を浴びて、汗を光らせ、より一層綺麗だと思えた。
「あはは。あんまりにも、綺麗だったから、声かけそびれちゃった」
仕方なく、メンテに近付いて行く。
「綺麗だなんて……。ぼくなんて、まだまだなんだ。兄さん達に比べれば」
兄さん達……。
トーラリス族は確かに弓が生活の要だ。きっとみんな、弓が上手いのだろう。
小さな頃から学園に暮しているメンテから見れば、まだ、いまいちだと思ってしまうのかもしれない。
「でも、私は綺麗だと思ったんだ」
いつでも真っ直ぐ伸びた背に。矢をつがえる時の所作に。張り詰めた空気に。
弓道でのそれを見ているような気がしたんだ。
そう。
他に弓の名手がいるからといって、今、エマが綺麗だと思ったことまで、なかったことにはならない。
こんな風に感動を覚えるほどのものなら、いくら上が居ようとも、それはメンテ本人だって認めていいもののはずだ。
明るい陽の光の中で、メンテがにっこりと笑った。
「ありがとう、エマ」
そのメンテの笑顔に呼応するように、エマもにっこりと笑った。
それから軽く劇の相談をした。
脚本を見ながら、台詞と立ち位置を確認していく。
「ここで、チュチュが駆け寄ってきたとき、手を繋いだところから、1、2、3、ね」
「うん。ここで舞台に的になるものに矢を飛ばすから、エマは動かずに、出来るだけ端に居て」
「わかった」
「明日、実際やってみよう」
「うん。……私、夕食当番だから、そろそろ戻らないといけないんだ」
「ぼくは、もう少し練習していくよ。二人に矢が刺さったら大変だからね」
苦笑をしながら、メンテがそう言う。
「心配はしてないよ」
エマは、的を視線で示す。
メンテの向こう側には、舞台と同じ距離を取った場所に丸い的がある。
そこには沢山の矢が、ほぼ中心に刺さっていた。
◇◇◇◇◇
これでもトーラリス族の中では、弓の大会にも出られないレベルなので、メンテとしては“いまいち”なようです。
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