135 / 239
135 響く弓の音
しおりを挟む
「あ、リナリ」
「どうしたの?」
「メンテ知らない?」
その日、通し稽古を終えたあと、エマは、メンテを探していた。
劇のことで相談があったのだ。
「メンテなら、外に弓の練習に行ったよ」
「弓兵の?」
「うん」
メンテは、舞台で、精霊を射殺す役だ。
舞台では、本当に弓を射て、まるで刺さったような演出をする予定だった。
エマは、学園の門を出て、森へメンテを探しに行った。
森の中を歩く。
森は、明るく、まだ夏の匂いがした。
ほどなく行くと、バシュッ、と弓を射る音がした。
そっと、その音の方へ歩く。
緑色の草を分け、歩いていくと、メンテが居た。
「…………!」
「メンテ」と声をかけようとして、躊躇してしまう。
声を出すのを躊躇うほど、あまりにも張り詰めた空気だった。
引き絞られた弓と、的を狙う矢尻。
なんて、綺麗な姿なんだろう。
そこで、じっと見ていると、次の矢を手に取ったメンテが、そのまま矢をつがえず、矢を手にぶら下げたまま、突然、ふっとこちらを振り向いた。
「…………!」
目が合うと、メンテがにっこりと笑う。
「エマ」
ここにいることがバレてしまい、ちょっとドギマギする。
「声、かけてくれてよかったのに」
苦笑するような顔で、メンテが笑う。
笑うメンテは、陽の光を浴びて、汗を光らせ、より一層綺麗だと思えた。
「あはは。あんまりにも、綺麗だったから、声かけそびれちゃった」
仕方なく、メンテに近付いて行く。
「綺麗だなんて……。ぼくなんて、まだまだなんだ。兄さん達に比べれば」
兄さん達……。
トーラリス族は確かに弓が生活の要だ。きっとみんな、弓が上手いのだろう。
小さな頃から学園に暮しているメンテから見れば、まだ、いまいちだと思ってしまうのかもしれない。
「でも、私は綺麗だと思ったんだ」
いつでも真っ直ぐ伸びた背に。矢をつがえる時の所作に。張り詰めた空気に。
弓道でのそれを見ているような気がしたんだ。
そう。
他に弓の名手がいるからといって、今、エマが綺麗だと思ったことまで、なかったことにはならない。
こんな風に感動を覚えるほどのものなら、いくら上が居ようとも、それはメンテ本人だって認めていいもののはずだ。
明るい陽の光の中で、メンテがにっこりと笑った。
「ありがとう、エマ」
そのメンテの笑顔に呼応するように、エマもにっこりと笑った。
それから軽く劇の相談をした。
脚本を見ながら、台詞と立ち位置を確認していく。
「ここで、チュチュが駆け寄ってきたとき、手を繋いだところから、1、2、3、ね」
「うん。ここで舞台に的になるものに矢を飛ばすから、エマは動かずに、出来るだけ端に居て」
「わかった」
「明日、実際やってみよう」
「うん。……私、夕食当番だから、そろそろ戻らないといけないんだ」
「ぼくは、もう少し練習していくよ。二人に矢が刺さったら大変だからね」
苦笑をしながら、メンテがそう言う。
「心配はしてないよ」
エマは、的を視線で示す。
メンテの向こう側には、舞台と同じ距離を取った場所に丸い的がある。
そこには沢山の矢が、ほぼ中心に刺さっていた。
◇◇◇◇◇
これでもトーラリス族の中では、弓の大会にも出られないレベルなので、メンテとしては“いまいち”なようです。
「どうしたの?」
「メンテ知らない?」
その日、通し稽古を終えたあと、エマは、メンテを探していた。
劇のことで相談があったのだ。
「メンテなら、外に弓の練習に行ったよ」
「弓兵の?」
「うん」
メンテは、舞台で、精霊を射殺す役だ。
舞台では、本当に弓を射て、まるで刺さったような演出をする予定だった。
エマは、学園の門を出て、森へメンテを探しに行った。
森の中を歩く。
森は、明るく、まだ夏の匂いがした。
ほどなく行くと、バシュッ、と弓を射る音がした。
そっと、その音の方へ歩く。
緑色の草を分け、歩いていくと、メンテが居た。
「…………!」
「メンテ」と声をかけようとして、躊躇してしまう。
声を出すのを躊躇うほど、あまりにも張り詰めた空気だった。
引き絞られた弓と、的を狙う矢尻。
なんて、綺麗な姿なんだろう。
そこで、じっと見ていると、次の矢を手に取ったメンテが、そのまま矢をつがえず、矢を手にぶら下げたまま、突然、ふっとこちらを振り向いた。
「…………!」
目が合うと、メンテがにっこりと笑う。
「エマ」
ここにいることがバレてしまい、ちょっとドギマギする。
「声、かけてくれてよかったのに」
苦笑するような顔で、メンテが笑う。
笑うメンテは、陽の光を浴びて、汗を光らせ、より一層綺麗だと思えた。
「あはは。あんまりにも、綺麗だったから、声かけそびれちゃった」
仕方なく、メンテに近付いて行く。
「綺麗だなんて……。ぼくなんて、まだまだなんだ。兄さん達に比べれば」
兄さん達……。
トーラリス族は確かに弓が生活の要だ。きっとみんな、弓が上手いのだろう。
小さな頃から学園に暮しているメンテから見れば、まだ、いまいちだと思ってしまうのかもしれない。
「でも、私は綺麗だと思ったんだ」
いつでも真っ直ぐ伸びた背に。矢をつがえる時の所作に。張り詰めた空気に。
弓道でのそれを見ているような気がしたんだ。
そう。
他に弓の名手がいるからといって、今、エマが綺麗だと思ったことまで、なかったことにはならない。
こんな風に感動を覚えるほどのものなら、いくら上が居ようとも、それはメンテ本人だって認めていいもののはずだ。
明るい陽の光の中で、メンテがにっこりと笑った。
「ありがとう、エマ」
そのメンテの笑顔に呼応するように、エマもにっこりと笑った。
それから軽く劇の相談をした。
脚本を見ながら、台詞と立ち位置を確認していく。
「ここで、チュチュが駆け寄ってきたとき、手を繋いだところから、1、2、3、ね」
「うん。ここで舞台に的になるものに矢を飛ばすから、エマは動かずに、出来るだけ端に居て」
「わかった」
「明日、実際やってみよう」
「うん。……私、夕食当番だから、そろそろ戻らないといけないんだ」
「ぼくは、もう少し練習していくよ。二人に矢が刺さったら大変だからね」
苦笑をしながら、メンテがそう言う。
「心配はしてないよ」
エマは、的を視線で示す。
メンテの向こう側には、舞台と同じ距離を取った場所に丸い的がある。
そこには沢山の矢が、ほぼ中心に刺さっていた。
◇◇◇◇◇
これでもトーラリス族の中では、弓の大会にも出られないレベルなので、メンテとしては“いまいち”なようです。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる