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132 演技練習

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 調子に乗って精霊役をやるなんて言わない方がよかっただろうか。
 食堂のクッションコーナーで、エマは一人、クッションに寄り掛かった。

 リナリの脚本は、「手直しがあるかも」なんていう言葉が添えられ、1週間ほどで上がってきた。
 物語自体がそれほど長くないため、脚本もそれほどたくさんはない。
 けど、前世から考えても、演劇なんてものをやったことがない。
『明けの精霊物語』の脚本を眺めながら言う。
 町の真ん中でやる劇……。緊張するなぁ。
 脚本を眺める。

 物語は、夜明けの森の中から始まる。
 家で虐げられている乙女が、森の中へ逃げ込み、一人の精霊と出会う。
 ふわふわと漂うように付いて歩いていた精霊だったが、次第に乙女と言葉を交わすようになった。
 毎日、夜が明ける時間、隠れるように会い、二人は次第に惹かれあっていく。
 しかし、乙女の様子がおかしいことに気付いた母親が、弓兵に後をつけさせ、いつものように二人が会ったその時、弓兵が精霊を射殺してしまう。
 絶望にかられたその乙女も、精霊に刺さった弓を引き抜き、自分の喉に突き刺し、死んでしまった。
 それから、数百年の後。
 人間としてまた新たに生まれ変わった二人。
 なかなか会えずにいるのだけれど、とある宮殿の中で、お互いの姿を認め合う。
 お互いが運命の人だとわかった二人は、家を捨て、森の中の小さな一軒家で幸せな人生を歩み始める。

 そんな物語だ。

「愛してしまったのです」

 こんな言葉、人前で言えるだろうか。
 けど、これを恥ずかしがっていてはいい劇にはならないのかも。
 チュチュなら、台詞を言うのもうまそうだし。
 足を引っ張らないようにしないと。

 エマは、天井を見上げ、目を閉じた。

「愛してしまったのです。あなたを」

 声を、だんだんと大きくしていく。

「どうかまた、この森へ来てください」

 目を見開き、感情を込めて言う。

「愛してしまったのです。あなたを…………」

 目を開けた瞬間、視界いっぱいに入ってきたのはヴァルの顔だった。

「きゃあああああああああああああ」

 ヴァルが、いつもの偉そうな笑顔になった。
「なかなかうまいな」
「こんなところで、何やってるの……」
 エマが、半泣きで言う。
 そっと覗いてるなんて、酷すぎる。

「もおおおおおおおおおおおう」

 恥ずかしさのあまり、手をぶんぶん振り回した。

「ははっ」
 ヴァルが笑いながら、エマを宥めようとする。
 あまりにもヴァルが笑いっぱなしなので、
「じゃあヴァルやってみてよ」
 と、脚本を差し出した。

 エマは、クッションを抱え、むくれた顔をした。
 ヴァルは面白がる顔をして、脚本をさらさらっと眺める。

 ヴァルが、エマの方を向く。
 ふ……っと、ヴァルの空気が変わった気がした。
 え…………?

「どうかまた、この森へ来てください」

「…………」

 ビックリ、した。

 言葉を失うほどの、綺麗な声。
 なんて綺麗な発声。
 真摯な瞳。
 本当に、精霊なんじゃないかと思うほどの、澄んだ空気を纏う。

 器用にも程がある。

 ヴァルが、息を吸う。

「あい…………」

 あい?

「…………」

 ヴァルが、急に押し黙る。

「……まあ、こんな感じだな」
 と、立ち上がった。

「え…………」

『愛しています』を、言いかけたのに。
 私の演技のお手本にしたかったなぁ。

 後ろ姿を眺める。
 もしかして、ちょっと照れてる?
「う~~~ん?」
 後ろ姿じゃわからない。



◇◇◇◇◇



魔術師は意外と発声が上手いです。戦闘中噛んだらカッコ悪いですからね。
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