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125 君のその顔が見られるなら
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夜も更けた頃、ヴァルが一人、庭を歩いていると、訓練場の観覧席に一人座っているエマを見つけた。
「エマ」
ビクッとしたエマが、慌てて立ち上がった。
「ヴァル……」
やっぱり、どこか余所余所しい。
今までは、こんな逃げるような素振りはしなかったのに。
俺が、あそこまで好きだった“ジーク”であるという事実を、信じたくないのかもしれない。
期待はずれだった?
怖がらせてしまった?
綺麗な憧れは憧れのままで、よかったのに。
俺だって、こんなことを伝えるつもりはなかった。
過去なんて引きずっていても、いいことはない。
そもそもその過去すら、あまりいいものではなかった。
ただがむしゃらに、そこにある道をひた走っただけ。
もう一度生まれたいだなんて、思ったことはない。
あまりいい終わり方ではなかったけれど、自分がもう死んだ人間であるという自覚がある。
もう一度生まれたことで。
もう一度、この世界を見ることで。
シエロのように純粋な友人を傷つけてしまったことを知った。
弟であるエーデルの生活もかき乱してしまった。
師匠である大魔術師にも迷惑をかけてしまった。
昔の自分とは違う。
昔ほどの力は無いんだ。
それなのに。
期待されて、恨まれて、殺されそうになって。
やっと居心地がいいと思える場所を見つけたのに、その人にまで、こんな風に、避けられてしまう。
エマが、硬い表情のまま言う。
「早く寝たら、こんな時間に目が覚めちゃって」
えへへ、とぎこちなく笑うエマを、なんだか悲しく思う。
一緒にいたいんだ。
大事にしたいんだ。
「うん」
そう返事をしながら、手を伸ばした。
ついこの間だ。
この手が届くと思えたのは。
今はきっと、手を伸ばすだけで、逃げられてしまう。
その肩に。
その頬に。
この手が届けばいいのに。
ふっ、とエマの頬に、ヴァルの指が触れた瞬間だった。
「ひゃあああああう」
エマが、大きな悲鳴をあげた。
「え?」
エマの顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
嫌われてる?
けど、嫌っているという反応にしては…………。
可愛すぎる。
期待と好奇心と不安が入り混じる。
手を、そっと、もう一度伸ばす。
エマの頬に、そっと指で触れる。
すると、エマが涙目になって。
今にも泣きそうになって、こちらを見た。
口があわあわと、何か言いたそうにしている。
ああ、これは。
嫌がっているんじゃないのか。
もっと可愛いやつだ。
エマの頬を、ふにふにと指で撫でつけた。
「ヴァル……?」
震える声で名前を呼ばれ、泣きそうになる自分がいることに気がついた。
嬉しさのあまり、フッと笑う。
この指に反応して、こんな顔を見られるなら。
その声で名前を呼んでもらえるなら。
転生して、ここにいることができてよかったと、初めてそう思えた。
◇◇◇◇◇
ほわっといい雰囲気な感じで。
「エマ」
ビクッとしたエマが、慌てて立ち上がった。
「ヴァル……」
やっぱり、どこか余所余所しい。
今までは、こんな逃げるような素振りはしなかったのに。
俺が、あそこまで好きだった“ジーク”であるという事実を、信じたくないのかもしれない。
期待はずれだった?
怖がらせてしまった?
綺麗な憧れは憧れのままで、よかったのに。
俺だって、こんなことを伝えるつもりはなかった。
過去なんて引きずっていても、いいことはない。
そもそもその過去すら、あまりいいものではなかった。
ただがむしゃらに、そこにある道をひた走っただけ。
もう一度生まれたいだなんて、思ったことはない。
あまりいい終わり方ではなかったけれど、自分がもう死んだ人間であるという自覚がある。
もう一度生まれたことで。
もう一度、この世界を見ることで。
シエロのように純粋な友人を傷つけてしまったことを知った。
弟であるエーデルの生活もかき乱してしまった。
師匠である大魔術師にも迷惑をかけてしまった。
昔の自分とは違う。
昔ほどの力は無いんだ。
それなのに。
期待されて、恨まれて、殺されそうになって。
やっと居心地がいいと思える場所を見つけたのに、その人にまで、こんな風に、避けられてしまう。
エマが、硬い表情のまま言う。
「早く寝たら、こんな時間に目が覚めちゃって」
えへへ、とぎこちなく笑うエマを、なんだか悲しく思う。
一緒にいたいんだ。
大事にしたいんだ。
「うん」
そう返事をしながら、手を伸ばした。
ついこの間だ。
この手が届くと思えたのは。
今はきっと、手を伸ばすだけで、逃げられてしまう。
その肩に。
その頬に。
この手が届けばいいのに。
ふっ、とエマの頬に、ヴァルの指が触れた瞬間だった。
「ひゃあああああう」
エマが、大きな悲鳴をあげた。
「え?」
エマの顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
嫌われてる?
けど、嫌っているという反応にしては…………。
可愛すぎる。
期待と好奇心と不安が入り混じる。
手を、そっと、もう一度伸ばす。
エマの頬に、そっと指で触れる。
すると、エマが涙目になって。
今にも泣きそうになって、こちらを見た。
口があわあわと、何か言いたそうにしている。
ああ、これは。
嫌がっているんじゃないのか。
もっと可愛いやつだ。
エマの頬を、ふにふにと指で撫でつけた。
「ヴァル……?」
震える声で名前を呼ばれ、泣きそうになる自分がいることに気がついた。
嬉しさのあまり、フッと笑う。
この指に反応して、こんな顔を見られるなら。
その声で名前を呼んでもらえるなら。
転生して、ここにいることができてよかったと、初めてそう思えた。
◇◇◇◇◇
ほわっといい雰囲気な感じで。
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