122 / 141
122 シエロと暗がりの部屋(2)
しおりを挟む
初めて生まれ変わったジークに会ったのは、それから3年ほど経った日のことだった。
僕は相変わらず、暗い部屋でたくさんの開かれた本を相手に、じっと座っていた。
何よりも大切な杖を抱きしめて。
その日、あれ以来会うことがなかった大魔術師から急な手紙が届いた。
「助けて欲しい」
それだけが、書かれた手紙。
「……何があった」
頭を下げたままの使いの人間は、泥だらけで息も絶え絶えといった様子だ。
「シュバルツ家のジークヴァルト・シュバルツ様が、危篤状態です」
「…………」
あいつか。
思うと同時に、“危篤”という言葉に胸が騒ついた。
「状態は?」
「寝ている間に、毒を飲まされて枕で顔を押さえられた様です。幸い身体が麻痺する程度の毒でしたが、麻痺、呼吸困難で気を失っています」
「わかった。解毒剤と医者を準備しろ。僕も行く」
案内され向かった先は、シュバルツ伯爵邸の近くにある、静かな森の中だった。
草の上に直接、黒髪の少年が力無く横たわっていた。
「…………」
それから、近くの町に宿を取り、ひっそりとそこで少年の快復を待った。
「…………」
暗い部屋の中、椅子に座り、気を失ったままの少年を眺める。
小さな、幼児としか表現できないほどの子供。
杖を、握りしめる。
「ん…………」
「…………」
宿に入って10時間ほど経った頃。
その少年が目を覚ました、その時にも、なんだか外から眺める光景としか思えなかった。
じっとこちらの顔をみる少年の顔を、眺めた。
少年の口が、微かに動く。
「…………シエロ」
シエロが、目を見開いた。
視線も、声も、全てがジークのものだった。
解っている。
自分勝手な理由で、力の無いジークの世話をすることを拒否した。
大魔術師がジークの側に僕を置こうとしたのは……、ジークを守るためだったんだ。
……せっかく、信頼してくれたのに。
僕は、ジークを裏切った。
僕さえ居れば、また、死ぬような思いをしなくて済んだのに。
僕が、変な意地を張らなければ。
……僕のせいで。
無言で扉を出ると、涙が溢れた。
「シエロ」
声をかけたのは、大魔術師だった。
「先生……」
必死で涙を拭う。
「ワシは、あの森で、ジークを守ろうと思う。お前も来ないか」
「…………ジークは、僕を許すでしょうか」
「ふむ」
大魔術師は長い髭を手でおもむろに撫でた。
「あの子と同じことを言うんだな。あの子も、『シエロは許してくれてないんじゃないか』なんぞ言っておった。『先に死んでしまったことを、許せないんじゃないか』とな」
「…………」
確かに、カッコつけて先に死んでしまったことは気に入らない。
けど、この許せない気持ちは、そういう意味じゃない。
それから、学園ができるまでそう時間はかからなかった。
初めて目の前に立ったジークは、偉そうな顔をしていて、確かにジークだった。
「シエロ……」
シエロを検分するように、まじまじと眺めた。
シエロは、肩よりも短く髪を整えた。白いマントは、相変わらずだ。
「この学園で、教師をすることになったよ。まだ、生徒は君一人だけど」
少し黙ったあと、4歳のジークが口を開いた。
「お前……でかくなったな」
「ふっ……」
思わず吹き出す。
「ははっ……!僕ももう16歳だよ。もう、子供じゃないんだ」
「そうみたい、だな」
ジークも、捻くれた笑顔を見せた。
「名前、そのままなのはよくないね。ヴァルって呼んでいいかな」
「……ああ」
決めた。
僕はここで、気に入らない君のことを守ろう。
もう勝てなくなってしまった、気に入らない君の為に。
そして、君が幸せになるように、僕は力を貸すよ。
◇◇◇◇◇
そんなわけで、シエロくんのお話でした。
シエロくんは、魔術師であることを唯一の存在価値にしているような人です。
僕は相変わらず、暗い部屋でたくさんの開かれた本を相手に、じっと座っていた。
何よりも大切な杖を抱きしめて。
その日、あれ以来会うことがなかった大魔術師から急な手紙が届いた。
「助けて欲しい」
それだけが、書かれた手紙。
「……何があった」
頭を下げたままの使いの人間は、泥だらけで息も絶え絶えといった様子だ。
「シュバルツ家のジークヴァルト・シュバルツ様が、危篤状態です」
「…………」
あいつか。
思うと同時に、“危篤”という言葉に胸が騒ついた。
「状態は?」
「寝ている間に、毒を飲まされて枕で顔を押さえられた様です。幸い身体が麻痺する程度の毒でしたが、麻痺、呼吸困難で気を失っています」
「わかった。解毒剤と医者を準備しろ。僕も行く」
案内され向かった先は、シュバルツ伯爵邸の近くにある、静かな森の中だった。
草の上に直接、黒髪の少年が力無く横たわっていた。
「…………」
それから、近くの町に宿を取り、ひっそりとそこで少年の快復を待った。
「…………」
暗い部屋の中、椅子に座り、気を失ったままの少年を眺める。
小さな、幼児としか表現できないほどの子供。
杖を、握りしめる。
「ん…………」
「…………」
宿に入って10時間ほど経った頃。
その少年が目を覚ました、その時にも、なんだか外から眺める光景としか思えなかった。
じっとこちらの顔をみる少年の顔を、眺めた。
少年の口が、微かに動く。
「…………シエロ」
シエロが、目を見開いた。
視線も、声も、全てがジークのものだった。
解っている。
自分勝手な理由で、力の無いジークの世話をすることを拒否した。
大魔術師がジークの側に僕を置こうとしたのは……、ジークを守るためだったんだ。
……せっかく、信頼してくれたのに。
僕は、ジークを裏切った。
僕さえ居れば、また、死ぬような思いをしなくて済んだのに。
僕が、変な意地を張らなければ。
……僕のせいで。
無言で扉を出ると、涙が溢れた。
「シエロ」
声をかけたのは、大魔術師だった。
「先生……」
必死で涙を拭う。
「ワシは、あの森で、ジークを守ろうと思う。お前も来ないか」
「…………ジークは、僕を許すでしょうか」
「ふむ」
大魔術師は長い髭を手でおもむろに撫でた。
「あの子と同じことを言うんだな。あの子も、『シエロは許してくれてないんじゃないか』なんぞ言っておった。『先に死んでしまったことを、許せないんじゃないか』とな」
「…………」
確かに、カッコつけて先に死んでしまったことは気に入らない。
けど、この許せない気持ちは、そういう意味じゃない。
それから、学園ができるまでそう時間はかからなかった。
初めて目の前に立ったジークは、偉そうな顔をしていて、確かにジークだった。
「シエロ……」
シエロを検分するように、まじまじと眺めた。
シエロは、肩よりも短く髪を整えた。白いマントは、相変わらずだ。
「この学園で、教師をすることになったよ。まだ、生徒は君一人だけど」
少し黙ったあと、4歳のジークが口を開いた。
「お前……でかくなったな」
「ふっ……」
思わず吹き出す。
「ははっ……!僕ももう16歳だよ。もう、子供じゃないんだ」
「そうみたい、だな」
ジークも、捻くれた笑顔を見せた。
「名前、そのままなのはよくないね。ヴァルって呼んでいいかな」
「……ああ」
決めた。
僕はここで、気に入らない君のことを守ろう。
もう勝てなくなってしまった、気に入らない君の為に。
そして、君が幸せになるように、僕は力を貸すよ。
◇◇◇◇◇
そんなわけで、シエロくんのお話でした。
シエロくんは、魔術師であることを唯一の存在価値にしているような人です。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
最愛の亡き母に父そっくりな子息と婚約させられ、実は嫌われていたのかも知れないと思うだけで気が変になりそうです
珠宮さくら
恋愛
留学生に選ばれることを目標にして頑張っていたヨランダ・アポリネール。それを知っているはずで、応援してくれていたはずなのにヨランダのために父にそっくりな子息と婚約させた母。
そんな母が亡くなり、義母と義姉のよって、使用人の仕事まですることになり、婚約者まで奪われることになって、母が何をしたいのかをヨランダが突き詰めたら、嫌われていた気がし始めてしまうのだが……。
お嬢様は、今日も戦ってます~武闘派ですから狙った獲物は逃がしません~
高瀬 八鳳
恋愛
強い女性が書いてみたくて、初めて連載?的なものに挑戦しています。
お読み頂けると大変嬉しく存じます。宜しくお願いいたします。
他サイトにも重複投稿しております。
この作品にはもしかしたら一部、15歳未満の方に不適切な描写が含まれる、かもしれません。ご注意下さいませ。表紙画のみAIで生成したものを使っています。
【あらすじ】
武闘系アラフォーが、気づくと中世ヨーロッパのような時代の公爵令嬢になっていた。
どうやら、異世界転生というやつらしい。
わがままな悪役令嬢予備軍といわれていても、10歳ならまだまだ未来はこれからだ!!と勉強と武道修行に励んだ令嬢は、過去に例をみない心身共に逞しい頼れる女性へと成長する。
王国、公国内の様々な事件・トラブル解決に尽力していくうちに、いつも傍で助けてくれる従者へ恋心が芽生え……。「憧れのラブラブ生活を体験したい! 絶対ハッピーエンドに持ちこんでみせますわ!」
すいません、恋愛事は後半になりそうです。ビジネスウンチクをちょいちょいはさんでます。
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。
白霧雪。
恋愛
王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる