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122 シエロと暗がりの部屋(2)

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 初めて生まれ変わったジークに会ったのは、それから3年ほど経った日のことだった。

 僕は相変わらず、暗い部屋でたくさんの開かれた本を相手に、じっと座っていた。
 何よりも大切な杖を抱きしめて。

 その日、あれ以来会うことがなかった大魔術師から急な手紙が届いた。

「助けて欲しい」

 それだけが、書かれた手紙。

「……何があった」
 頭を下げたままの使いの人間は、泥だらけで息も絶え絶えといった様子だ。
「シュバルツ家のジークヴァルト・シュバルツ様が、危篤状態です」
「…………」

 あいつか。
 思うと同時に、“危篤”という言葉に胸が騒ついた。

「状態は?」
「寝ている間に、毒を飲まされて枕で顔を押さえられた様です。幸い身体が麻痺する程度の毒でしたが、麻痺、呼吸困難で気を失っています」
「わかった。解毒剤と医者を準備しろ。僕も行く」

 案内され向かった先は、シュバルツ伯爵邸の近くにある、静かな森の中だった。
 草の上に直接、黒髪の少年が力無く横たわっていた。

「…………」

 それから、近くの町に宿を取り、ひっそりとそこで少年の快復を待った。

「…………」
 暗い部屋の中、椅子に座り、気を失ったままの少年を眺める。
 小さな、幼児としか表現できないほどの子供。
 杖を、握りしめる。

「ん…………」

「…………」

 宿に入って10時間ほど経った頃。
 その少年が目を覚ました、その時にも、なんだか外から眺める光景としか思えなかった。

 じっとこちらの顔をみる少年の顔を、眺めた。
 少年の口が、微かに動く。
「…………シエロ」
 シエロが、目を見開いた。

 視線も、声も、全てがジークのものだった。

 解っている。
 自分勝手な理由で、力の無いジークの世話をすることを拒否した。
 大魔術師がジークの側に僕を置こうとしたのは……、ジークを守るためだったんだ。
 ……せっかく、信頼してくれたのに。

 僕は、ジークを裏切った。

 僕さえ居れば、また、死ぬような思いをしなくて済んだのに。

 僕が、変な意地を張らなければ。

 ……僕のせいで。

 無言で扉を出ると、涙が溢れた。
「シエロ」
 声をかけたのは、大魔術師だった。
「先生……」
 必死で涙を拭う。

「ワシは、あの森で、ジークを守ろうと思う。お前も来ないか」
「…………ジークは、僕を許すでしょうか」
「ふむ」
 大魔術師は長い髭を手でおもむろに撫でた。
「あの子と同じことを言うんだな。あの子も、『シエロは許してくれてないんじゃないか』なんぞ言っておった。『先に死んでしまったことを、許せないんじゃないか』とな」
「…………」
 確かに、カッコつけて先に死んでしまったことは気に入らない。
 けど、この許せない気持ちは、そういう意味じゃない。

 それから、学園ができるまでそう時間はかからなかった。

 初めて目の前に立ったジークは、偉そうな顔をしていて、確かにジークだった。
「シエロ……」
 シエロを検分するように、まじまじと眺めた。
 シエロは、肩よりも短く髪を整えた。白いマントは、相変わらずだ。
「この学園で、教師をすることになったよ。まだ、生徒は君一人だけど」
 少し黙ったあと、4歳のジークが口を開いた。
「お前……でかくなったな」
「ふっ……」
 思わず吹き出す。
「ははっ……!僕ももう16歳だよ。もう、子供じゃないんだ」
「そうみたい、だな」
 ジークも、捻くれた笑顔を見せた。
「名前、そのままなのはよくないね。ヴァルって呼んでいいかな」
「……ああ」

 決めた。
 僕はここで、気に入らない君のことを守ろう。
 もう勝てなくなってしまった、気に入らない君の為に。
 そして、君が幸せになるように、僕は力を貸すよ。



◇◇◇◇◇



そんなわけで、シエロくんのお話でした。
シエロくんは、魔術師であることを唯一の存在価値にしているような人です。
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