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121 シエロと暗がりの部屋(1)

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 その日は、小鳥がチュンチュン鳴く、青空が綺麗な日だった。

 僕は、相変わらず暗い部屋の中で、何よりも大切な杖を抱きしめて、床に座り込んで本を読んでいた。
 床に投げ出されたたくさんの開かれた本。
 それだけが、僕が生きる意味。

 いつものようにそうしていると、この部屋と外界とを隔てる分厚い扉がノックされた。

「何?」
 ガチャリ、と扉が開いて、メイドが顔を見せる。
「シエロ様、大魔術師マルー様がおいでです」
「…………今日会う予定はない。帰ってもらって」
「それが……」
 メイドが、気まずい顔で、頭を下げる。ここで問答するのも時間の無駄だろう。
「わかった。……応接室に行く」
「承知しました」

 シエロが、立ち上がる。
 小さな背。白い魔術師のマント。バランスの悪そうな大きな杖。手入れもせず伸びきった肩より長い金髪。
 シエロ・ロサ。13歳。

 応接室へ入ると、紅の大きなソファに、大魔術師が座っていた。
 そちらには目もくれず、正面のソファへ腰を下ろす。
「先生、本日はどのようなご用件で?」
 テーブルの上に置かれた薄いカップに紅のお茶が注がれる。
「実はな」
 久しぶりに聞いた大魔術師の声は、以前より幾分か元気なようだった。
 お気に入りの弟子が死んで、もっと気落ちしているかと思ったけれど。

「ジークが、転生した」

「…………」
 なんだって?
 転生?

「どういう、意味ですか」

 聞きながらも、心臓が跳ねるのを感じた。
「ジークを、転生させたんだ。お前に、会って欲しいと思ってな」
「…………ジークがいるってことですか?」
「…………ああ」

 またジークと話せる?
 またジークと戦える?

 もう、ジークが死んだ時の夢を、見なくてもいいんだ。

 そんな高揚した気持ちは、呆気なく裏切られた。

「あれが?」
 バラが咲く大きな屋敷。
 遠目に、メイドと小さな何かが居るのが見えた。
 伯爵邸の庭でゴロゴロと転がっているのは、まだ赤ん坊のジークヴァルト・シュバルツだった。
「あんな……赤ん坊が?」
「ああ」
 隣に立つ大魔術師は、落ち着いた声でそう言った。
「闇の精霊の祝福を受けたようだ」
「え……?」
 闇?
 炎じゃなく?

 闇といえば、精神に作用する魔術。攻撃魔術のない、特殊な魔術。

 ほんの、1年前を思い出す。
『ジーク!僕は君に勝てると思うよ。ずっと大魔術師様の弟子だったみたいだけど、大したことないんだね』
『……ああ、手加減すんなよ』
 そう言って、ジークは偉そうに笑ったんだ。

 それなのに。
 あんな踏んだらそのまま潰れてしまいそうな赤ん坊が。
 攻撃魔術も持たない赤ん坊が。
 僕の目標だったジークヴァルトだって言うのか。

 その時、僕はわかってしまった。
 もう、あのジークに会うことはできない。
 偽物のようなあの赤ん坊だけがここには居て、あれをジークとして扱わないといけない。

「お前には、ジークの世話を頼みたい」
「え?」
 隣の大魔術師をまじまじと見た。
「僕を……わざわざ呼び出した理由がそれですか」
 ボケてしまったんだろうか。
「お断りします」
 そう一言言って、シエロは踵を返した。

「ハハッ……」
 なんだあれ。
 あんな赤ん坊をジークとして扱って、勝って喜べって?
 なんの茶番なんだ、これは。

 一人、馬車の中で泣いた。
 生まれて初めて信頼してもいいと思った人間が死んだ。
 ジークに勝つということが、生まれて初めてできた目標だった。
 それが打ち砕かれた上に、追い討ちをかけるように、それはもう叶わないことなのだと知らされる現実。

 僕はもう、魔術師でいる理由を失った。
 その日、大魔術師に、魔術師を辞める意向の手紙を書いた。
 返事は来なかった。



◇◇◇◇◇



そんなわけで、今回、次回とシエロくんの過去話です。
せっかくのショタキャラなので、ささやかですがショタ姿でお楽しみください。
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