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112 夜会にて(4)

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 ヴァルが、もう一歩、エマへ近付いて、その手を取った。
「疲れただろ?少し休もう」
「え?うん」
 大人しく、手を引かれて行く。
 大広間の扉をくぐる。
 庭に繋がる外廊下は、暗い。
 空は真っ暗で、月が覗いている。
 人の気配はなく、静かな場所だ。
 廊下の壁に所々にある明かりだけで、足元を見ながら歩く。
 月明かりの下で、バラの花が揺れる。
「夜の風は、涼しいね」
「ああ」
 エマの右手は、ヴァルの左手と繋がれたままだ。
「こんなにダンスすることになるとは思わなかったよ」
「シエロだけでなく、エーデルも、な」
「だねー」
 エマがヴァルの方を向くと、ヴァルがエマの手を引いた。

 向かい合う。

「かっこよかった?」
 ヴァルが、囁くように言う。
「え?あー……うん?」

 なんだろう。
 どうしたんだろう。

 なんで、笑ってるの……?

 ヴァルはいつもの、生意気な笑みを浮かべている。

 なんで。

 なんで……。

「俺は?」

 …………え?

 どういう意味?
 かっこいいかどうか?

「ヴァル、は……、誰よりも…………」

 かっこいい。

 けど、その言葉のあまりの恥ずかしさに、その重みに、言葉は喉の奥で引っ掛かったまま、出てこなくなってしまった。
 この言葉は、他の人に向ける言葉とは違う。違う気持ちを持っている。

 なんで真面目な目で見るの。

 なんで、そんなに、私のこと見てるの。

 ヴァルが空いている方の手を持ち上げた。

「今日のパートナーは俺だよ?」

 え?

 その瞬間、かあっと身体中が熱くなった。

 ヴァルの手が、一瞬躊躇して。

 そして、その指先が、エマの肩に、とん、と触れた。

「…………」

 指先で、撫でるように触れて。

 指先が、首筋に触れて。

 真っ赤に染まった顔を、包み込むように触れて。

 指が、耳に触れて。

 そして、戸惑うようにその手が止まる。

 夕空色の瞳が、その顔を覗き込む。

 意を決した瞳が、優しい色に染まった。

 ヴァルがその手を、エマの頭を包み込むように頭の後ろへ持っていく。

 月色の髪が、月の光に煌めいて。

 星空色の瞳が、揺らいで、ヴァルの瞳を映した。

 ヴァルが、かぶりつくように、エマの鼻先まで近付いた。

 その時だった。

「ヴァル!」
 離れたところから、エーデルの声が聞こえた。
 そのまま、エマの鼻先で、ピッタリと止まるヴァルに気付き、三人に気まずい沈黙が訪れる。

「深淵の王」

 仕方なく下ろした右手に掴んだ短剣の前に、魔法陣が描かれ、弾けるように消えた。
 途端に、エマの目の前が暗闇に包まれる。

 …………………え?

 今のって……?
 今のって………………?

 顔に、吐息がかかる。
 その瞬間、ヴァルの気配が鼻先から離れた。

 な………………。

 身体中が、熱くなる。

 暗闇の中で、その手はまだ繋いだままだ。

 ヴァルが、きゅっと、手に力を込めた。

 暫くの沈黙の後。

 目の前の景色が、元に戻る。
 目の前に立つヴァルは、あからさまに落ち込んだ顔で俯き、ため息を吐いた。



◇◇◇◇◇



ここがこの小説の山頂あたりかな。あとは山を下るだけ?
物語は後半戦に入ります!
とはいえ、まだまだ先は長いです。これからもどうぞよろしくね!
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