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105 狙われた命(2)

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「やはり、毒が入っていたようなんだ」
 椅子に座ったエマに、シエロが言った。
 そこは小さな応接室だった。
 目の前には、シエロとエーデルがいる。2人とも落ち着かない様子で、ウロウロと立ち歩いていた。
 エマが俯く。
「メイドは、騎士団所有の地下牢にいる。どうやら、うずくまって、口を閉ざしているみたいだ」
 エーデルが、吐き捨てるように言った。

 生まれ変わる前よりも、治安がいい国。
 それでも、恨みや妬みは存在している。

 どれだけ強い攻撃する術を持っていても、こんな攻撃でこられては、対処のしようがない。

 ふわっと、頭に触れるものがあった。
 シエロの手のひらだ。
「大丈夫だよ」
 温かい手のひらだ。
「……はい、先生」

 そうだ。
 現実に打ちのめされてる場合じゃないんだ。

「ヴァルはまだ、家の用事でお父上と一緒にいるはずなんだ。僕が様子を見てくるよ」
「…………」
 シエロの顔を見上げた。
 一緒に行きたい。
 でも、一緒に行ってしまったら、ヴァルに心配をかけてしまうかも。

「…………はい」
 小さくそう言う。
 シエロが行ってしまうと、エーデルと二人、取り残された。

 静かな部屋。
 少しだけ暗くて。
 厚い壁に囲まれた、部屋。

 沈黙の中で、口を開いたのはエーデルの方だった。
「少し、外へ出ましょうか」
 エーデルの顔を見る。
「…………」
 ジークに似ている人。
「エマさんも、閉じこもっていては不安でしょう」

 名前を呼ばれて、泣きそうになる。

 目が潤む。
 泣かないようにしなくては。

 もし、ジークに名前を呼ばれることがあったら、どんな風だったろう。
 きっと、さん付けなんてしない。
 それで、きっと、呼び捨てとか、で……。

 そんな未来は来ないのに。

「そう……ですね」

 そんなわけでエマは、エーデルの後を付いて行くことにした。
 庭へ出ると、陽は傾き、空はオレンジ色に染まろうとしていた。
 屋敷の裏手の庭は、ちょうどその夕陽のような、赤やオレンジの薔薇が咲いている。
「すごいですね」
 ため息が出るような光景だ。

「大丈夫ですよ」
 エーデルは、少し先を歩くエーデルが、後ろを向いたままそう言った。
「必ず、今度こそ捕まえてみせます」
 後ろを向いたままのエーデルは、顔を見せたくないんじゃないかと、そう思える背中だった。
 夏の風が、バラの香りを纏って、吹き込んだ。

 それから、二人で、屋敷の周りを回ってみた。
 手掛かりがないか、調べるためだ。
 捜査は現場百遍と言うしね。

 私みたいな素人が……とは思うけれど、この世界には警察はいない。
 代わりにいるのがそれぞれの町にいる騎士団だけれど、それもあまりこういう人間関係のいざこざには顔を出してこない。
 どちらかと言えば、塔の魔術師が駆り出されることが多いらしい。
 塔にはそれ専門の部屋もあるらしく、今回も呼んでいるのだけれど。エーデルが言うには、それでも自分の所の魔術師団がやらなくてはいけないことも多いということだ。

 使用人に聞き込みをし、屋敷の周りも念入りに調べた。
 屋敷の裏手で落ち着いて、エーデルが周りを見渡す。
「何もない……ですね」
「怪しい人物も……足跡も……。何度も調べたけど、何もない」
 ふむ……、と背筋を伸ばし、考えるエーデルの姿は、やはり絵になるものだった。
 こんな時じゃなければ、もっと楽しく過ごせたのかもしれない。
「やはり、不自然ではないルートで入ってきたんでしょう。使用人が取りに行くにしても、不審な行動をした人間はいない。不自然ではない出入り……もしくは仕入れの時……」
 エーデルが何かを思い出すように考え込む。そして、ふいに顔を上げた。
「……キッチンを洗い出すのが先だな。未開封の食材……、調味料も……」
 正面から顔を合わせたエーデルの顔は、緩やかな口調とは裏腹に、決意に満ちていた。



◇◇◇◇◇



サスペンスじみていますが、さくっと行きましょう!
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