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98 光溢れる部屋
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翌朝。
階段を下りながら、人数が少なくなったことを実感した。
朝食のために食堂へ入ると、誰もいなかったからだ。
いつもなら、双子がいち早く朝食を取っているし、チュチュが騒がしくしている。
ヴァルもいないなんて……。
あまり、ちゃんと食事を取るのも寂しくて、菓子パンひとつとミルクティーで朝食にする。
一人寂しく朝食を取っていても、ヴァルもシエロも来る気配がなかった。
廊下へ出て、階段に座った。
自分のつま先を見る。
カツン、カツン、とつま先同士で叩く。
ぼんやりしていると、上の方で、トサッという音が、微かに聞こえた。
「…………?」
階段を上っていく。
女子階の更に上だ。
この上は、部屋があるけれど、すっかり倉庫になっている。
音がしたのは、更に、数階の階段を上った場所だった。
階段から一番上の階へ顔を覗かせると、眩しい光の中、ヴァルの姿が見えた。
「ヴァル?」
呼びかけると、ふわっと振り向いてくれた。
「エマ」
階段を上りきる。
「どうしたんだ?こんなところまで」
「……音がしたから」
寂しくて探していたなんて、ちょっと言いづらい。
一番上の階は、まるで温室のような、ガラスのドームになっていた。
しかし、倉庫にしてしまっているのは変わらずで、床には沢山の木箱が積んである。
ヴァルはその木箱を覗いているみたいだった。
「新学期の準備してたんだよ。双子も成長してきたからな」
「へえ……」
木箱の中を見ていくと、確かに、魔術書や大きな地図、辞書などの勉強に使うものが多く入っているようだった。魔術の道具らしき宝石やアミュレットのようなものも見えた。
部屋の中は、とても明るい。
ヴァルの顔を覗くと、ヴァルの柔らかな表情がよく見えた。
「…………」
じっと、見る。
「エマ……?」
じっと、見る。
どうしても、昨日のことが思い浮かんでしまう。
キリアンが……ヴァルの顔に……。
拭きたい……。と、どうしても思ってしまう。
てこてことヴァルに近付く。
触れる距離。
「…………」
「エマ?」
ヴァルの顔が、少し困惑の色を見せる。
そのヴァルの顔に、腕を伸ばす。
薄いひらひらとした長袖の布を、ヴァルの顔に押し付けた。
ゴシゴシ擦る。
「エマ?どした?」
ヴァルが一歩引いて、エマがその分、前に出る。
「……なんでもない」
そう、小さく口にする。
拭けば拭くほど気になってしまう。
モヤモヤする。
「むぅ~~~~」
ヴァルがエマを抑えようとしながらまた一歩引くと、その分前に出ようとしたエマが、バランスを崩した。
「……!」
そのまま、二人してドサッと倒れ込む。
「エマ……?」
「なんでもないって……」
腕を支えられ、なんとか顔を上げると、ヴァルと目が合った。
明るい部屋の中。
こんなにも近くに居る。
目が……。
こんなにも、近くではっきりと目を合わせたのは、初めてかもしれなかった。
思った以上に、金色の……。
赤だと思っていたヴァルの瞳は、金色だった。
金色だったんだ……。
赤が強いから、気がつかなかった……。
金の瞳に、赤が差す。
それはまるで、夕暮れの色。
綺麗。
綺麗な夕暮れ色の瞳。
少しでも身動きをしたら、触れてしまいそうなその距離。
光の中に、沈黙が落ちる。
「……エマ?」
顔に吐息がかかりそうなほどの近さで声をかけられ、途端に、心臓がバクバクしはじめる。
「ぅあ……」
動揺して、わたわたしながら立ち上がる。
「ごめ……。なんでもないの」
髪を整えるフリをしながら視線を逸らす。
何してるの私……!
こっそりとヴァルを盗み見ると、ちょっと照れたような、困ったような顔でこっちを見ていた。
「……キリアンのことなら……、嫌な奴だけど……。あれでも騎士団長だ。信用できる奴だよ」
やっと頬を拭かれる理由が思い至ったようで、そんなことを言う。
エマは恥ずかしくなって、「へへ……」と誤魔化すように笑った。
◇◇◇◇◇
ヴァルは本当に、忘れていたのです。キリアンにちゅーされるのは死ぬほど嫌ですが、初めてでもなく、記憶に残すほどでもない、正直どうでもいいことなのでした。
階段を下りながら、人数が少なくなったことを実感した。
朝食のために食堂へ入ると、誰もいなかったからだ。
いつもなら、双子がいち早く朝食を取っているし、チュチュが騒がしくしている。
ヴァルもいないなんて……。
あまり、ちゃんと食事を取るのも寂しくて、菓子パンひとつとミルクティーで朝食にする。
一人寂しく朝食を取っていても、ヴァルもシエロも来る気配がなかった。
廊下へ出て、階段に座った。
自分のつま先を見る。
カツン、カツン、とつま先同士で叩く。
ぼんやりしていると、上の方で、トサッという音が、微かに聞こえた。
「…………?」
階段を上っていく。
女子階の更に上だ。
この上は、部屋があるけれど、すっかり倉庫になっている。
音がしたのは、更に、数階の階段を上った場所だった。
階段から一番上の階へ顔を覗かせると、眩しい光の中、ヴァルの姿が見えた。
「ヴァル?」
呼びかけると、ふわっと振り向いてくれた。
「エマ」
階段を上りきる。
「どうしたんだ?こんなところまで」
「……音がしたから」
寂しくて探していたなんて、ちょっと言いづらい。
一番上の階は、まるで温室のような、ガラスのドームになっていた。
しかし、倉庫にしてしまっているのは変わらずで、床には沢山の木箱が積んである。
ヴァルはその木箱を覗いているみたいだった。
「新学期の準備してたんだよ。双子も成長してきたからな」
「へえ……」
木箱の中を見ていくと、確かに、魔術書や大きな地図、辞書などの勉強に使うものが多く入っているようだった。魔術の道具らしき宝石やアミュレットのようなものも見えた。
部屋の中は、とても明るい。
ヴァルの顔を覗くと、ヴァルの柔らかな表情がよく見えた。
「…………」
じっと、見る。
「エマ……?」
じっと、見る。
どうしても、昨日のことが思い浮かんでしまう。
キリアンが……ヴァルの顔に……。
拭きたい……。と、どうしても思ってしまう。
てこてことヴァルに近付く。
触れる距離。
「…………」
「エマ?」
ヴァルの顔が、少し困惑の色を見せる。
そのヴァルの顔に、腕を伸ばす。
薄いひらひらとした長袖の布を、ヴァルの顔に押し付けた。
ゴシゴシ擦る。
「エマ?どした?」
ヴァルが一歩引いて、エマがその分、前に出る。
「……なんでもない」
そう、小さく口にする。
拭けば拭くほど気になってしまう。
モヤモヤする。
「むぅ~~~~」
ヴァルがエマを抑えようとしながらまた一歩引くと、その分前に出ようとしたエマが、バランスを崩した。
「……!」
そのまま、二人してドサッと倒れ込む。
「エマ……?」
「なんでもないって……」
腕を支えられ、なんとか顔を上げると、ヴァルと目が合った。
明るい部屋の中。
こんなにも近くに居る。
目が……。
こんなにも、近くではっきりと目を合わせたのは、初めてかもしれなかった。
思った以上に、金色の……。
赤だと思っていたヴァルの瞳は、金色だった。
金色だったんだ……。
赤が強いから、気がつかなかった……。
金の瞳に、赤が差す。
それはまるで、夕暮れの色。
綺麗。
綺麗な夕暮れ色の瞳。
少しでも身動きをしたら、触れてしまいそうなその距離。
光の中に、沈黙が落ちる。
「……エマ?」
顔に吐息がかかりそうなほどの近さで声をかけられ、途端に、心臓がバクバクしはじめる。
「ぅあ……」
動揺して、わたわたしながら立ち上がる。
「ごめ……。なんでもないの」
髪を整えるフリをしながら視線を逸らす。
何してるの私……!
こっそりとヴァルを盗み見ると、ちょっと照れたような、困ったような顔でこっちを見ていた。
「……キリアンのことなら……、嫌な奴だけど……。あれでも騎士団長だ。信用できる奴だよ」
やっと頬を拭かれる理由が思い至ったようで、そんなことを言う。
エマは恥ずかしくなって、「へへ……」と誤魔化すように笑った。
◇◇◇◇◇
ヴァルは本当に、忘れていたのです。キリアンにちゅーされるのは死ぬほど嫌ですが、初めてでもなく、記憶に残すほどでもない、正直どうでもいいことなのでした。
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