上 下
96 / 177

96 オレには挨拶無しなわけ?

しおりを挟む
 ふ……っと、キリアンの視線が、エマの後ろに注がれた。
 ニッと笑う。からかうように、見下すように。

 ビクっとし、目を見張る。

 ゆっくりと、チュチュと一緒に後ろを向く。

 そこから見えたのは、静かに歩いてくるヴァルの姿だった。
 目が据わっている。

 どうしたんだろう……。

 じっと固まっていると、歩いてきたヴァルに、腕を取られる。

「エマ、そろそろ行こう」

 ヴァルの声は、あまりにも静かな声だった。
 ヴァルが学園へ戻ろうとするので、そのままおずおずと、付いて行こうとした。
 その時だった。

「ふうううん?」
 大きな、他人を挑発するような声が、背後から聞こえた。
 もちろんそれは、キリアンの声だ。
「オレには挨拶無しなわけ?」
 ヴァルは、立ち止まることもせず、エマを連れて、学園へと歩を進める。

 2、3歩歩いた、その瞬間。
 ヴァルは、エマの腕を離すと、短剣を取り出し、地面へしゃがんだ。
 ブン……。
 ヴァルの頭があった場所で、風を切る音と共に、大きな剣が通っていく。
 ヴァルがその場で飛び上がり、キリアンが地面へ踏み込む。
 ヴァルが落ちてくる丁度その場所へ、大剣を天に向けた。
「パパ!?」
 チュチュが叫ぶ。
 エマは後ろへ飛び退った。

 何!?何が起こってるの!?

 一瞬、娘の声に躊躇したキリアンの大剣の上に、ヴァルが着地する。
 キリアンが持ったままの大剣の上で、ヴァルが踏み込んだので、剣先が下へ沈み込む。
 ヴァルはそのまま腕を振り上げ、キリアンの顔を、バチン!と平手で叩いた。
「痛……っ」
 大剣を地面へ突き立て、キリアンが顔を押さえ呻く。

 魔術を……使わなかった……?

「パパ!?何してるの!?」
 チュチュがキリアンを助け起こしに行く。

 エマが、ヴァルとキリアンの間に割って入ると、ヴァルを庇うように立ち、キリアンを睨みつけた。
「どういうつもりなんですか!?」

「あー…………」
 キリアンが立ち上がり、頭に手を乗せ、面白がるような顔をした。
「違うんだ!」
 言いながら、突き立てられた大剣からじりじりと離れていく。
 降参の態度で手のひらをこちらに向けている。びっくりしたチュチュまで同じポーズになってしまっていた。
「…………」
 エマは、警戒を解くことなく、キリアンをじっと見つめる。
 キリアンは、エマを回り込むようにして、そのままヴァルの方へ近付いていく。
 ヴァルは、冷めた目でキリアンを見ながら、ため息をついた。

 キリアンは、ヴァルのところまで辿り着くと、ヴァルの腕を取って、腕を組む形になる。
「友達なんだ」
 エマに真剣な顔を向けた。
 それを聞いたヴァルが、心底嫌そうに腕を振り解こうとした。

 キリアンがヴァルの腕を引っ張ったのは、その一瞬のことだった。

 キリアンが、ヴァルの頬に自分の唇を押し当てた。

 エマに向き直ると、「ほら!」と言いながら、にこっと笑顔を作った。

 なっ…………!?

 なあああああああああああああ!!!!!

 ヴァルが、本格的に嫌そうにしてキリアンを振り解くのが見えた。

 エマの目にみるみる涙が溜まっていく。

 キリアンの目の前に、大きな、赤い宝玉が付いた杖が振り下ろされた。
 いつの間にかそこまで来ていたシエロが、
「騎士団長くんにはもうお帰り願おうかな」
 と、にっこりした笑顔で言う。
 慌てたチュチュがキリアンを引っ張って行く。
「うちの父がお騒がせしましたああああ」

 小さな馬車の手前で、キリアンが立ち止まる。
「お前、早く表に出てこいよ」
 ヴァルを睨みつけるように、見下すように見る。
 ヴァルは、そんなキリアンに、
「お前に必要とされるのも悪くないな」
 と、静かに言った。

 エマはただ、その姿を何も言わずに見ていた。



◇◇◇◇◇



チュチュのママであるキリアンの奥様は、キリアンとは幼なじみです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

処理中です...