82 / 176
82 馬車の中で(1)
しおりを挟む
「お前ら、早く行ってこい」
ヴァルが凄むと同時に、チュチュの目がパカッと開いて、ガバッと跳ね起きた。
「え!?何!?交代!!!!???」
シエロとチュチュが慌てて馬車を飛び出して行く。
「…………ったく」
ふと見ると、エマはまだ眠ったままだ。
「…………」
そっと、シエロが居た場所へ座る。
ランタンで照らし出したエマの寝ている姿をそっと眺めた。
「呑気だな。こんなに騒いでも起きないなんて」
閉じられた目蓋。
顔にかかる長い髪。
柔らかな寝息。
暗い夜に包まれて。
遠く微かな話し声だけが聞こえる。
静かな夜。
その手に。
その頬に。
その鼻に。
その唇に。
その耳に。
その肩に。
その髪に。
触れたくなって、ヴァルはそっと手を差し出す。
戸惑って。
躊躇して。
小さく息を吐く。
そっと。
本当にそっと手を近付けた時。
「ん……んん……」
エマが動いたので、思わず、その手を引っ込めた。
ヴァルの方へごろんと寝返りを打つと、
「ふ……ふ……っ」
と寝言が聞こえてきた。
「ふ……っ、ふふっ」
寝言で笑ってるのか。
でも、気に入らないな。
さっきまでここに居たのは、シエロだ。
シエロの隣で、こんな風に笑うのかと思うと気に入らない。
「…………」
その髪に触れようとして、また手を差し出した。
その瞬間だった。
ふ……っと、エマが目を開けたのだ。
「…………」
目が、合う。
合ったような、気がした。
「ん…………ヴァル?」
ビクン……ッ、と、ヴァルの手が跳ね上がった。
名前を呼ばれて、心臓が飛び跳ねた。
火照った頬。
嬉しそうな瞳。
求めるような手。
「…………っ!」
ふっとまた目が閉じられる。
寝……た?
強い衝動を覚えて、目を逸らし、大きく息を吐く。
「…………」
熱を落ち着けるために深呼吸する。
馬車から外へ出る。
火のそばまで近づいて、誰にも顔が見えないよう後ろを向いて横になる。
「……2人じゃ寝られなかったかな」
と、シエロが面白そうに言うのが聞こえた。
じっと、地面に転がる石を見つめて。そんなことをしている間に、交代の時間が来た。
眠れないままむくりと起き上がる。
「じゃあよろしくね」
と、シエロが馬車へ向かう。
すでに馬車に入ってしまった双子とチュチュに起こされたらしいエマが、馬車から降りてくる。
動揺してしまい、落ち着こうと、地面をじっと見る。
すると、エマが顔を覗き込んできた。
「おはよう、ヴァル。寝られた?ちょっと元気ないね」
「ああ……」
エマの視線を受け止める。
目が合う。
黙っていると、エマが困ったような顔で隣に座った。
「やっぱり先生と交代じゃ寝る時間ないよね」
「そう。あんまり眠れなくて」
手を伸ばせば、届きそうな距離。
「私はけっこう寝れたんだ。途中で先生が馬車に戻ってきたのは覚えてるんだけど」
ふと、3人ひっついて眠っている姿を思い出す。
なんでこいつはそんな状況受け入れてんだよ……。
「…………」
こいつ、俺の隣でも寝るのかな……。
色々と思い出す。
「はい」
ぼんやりしていると、マグカップが差し出される。温かい湯気が立ち昇る。
受け取ると、お茶のいい香りがした。
「ありがとう」
ふんわりとした笑顔が返ってくる。
エマが隣に座り、一緒にお茶を飲む。
静かな時間を過ごしていると、段々と空が白んできた。
「朝だね」
朝が来て、馬車に籠もっていたみんなが起き出してくる。
長い夜が明ける。
◇◇◇◇◇
ヴァルの眠れない夜のお話でした。
次回「馬車の中で(2)」、イチャイチャ回です!!
ヴァルが凄むと同時に、チュチュの目がパカッと開いて、ガバッと跳ね起きた。
「え!?何!?交代!!!!???」
シエロとチュチュが慌てて馬車を飛び出して行く。
「…………ったく」
ふと見ると、エマはまだ眠ったままだ。
「…………」
そっと、シエロが居た場所へ座る。
ランタンで照らし出したエマの寝ている姿をそっと眺めた。
「呑気だな。こんなに騒いでも起きないなんて」
閉じられた目蓋。
顔にかかる長い髪。
柔らかな寝息。
暗い夜に包まれて。
遠く微かな話し声だけが聞こえる。
静かな夜。
その手に。
その頬に。
その鼻に。
その唇に。
その耳に。
その肩に。
その髪に。
触れたくなって、ヴァルはそっと手を差し出す。
戸惑って。
躊躇して。
小さく息を吐く。
そっと。
本当にそっと手を近付けた時。
「ん……んん……」
エマが動いたので、思わず、その手を引っ込めた。
ヴァルの方へごろんと寝返りを打つと、
「ふ……ふ……っ」
と寝言が聞こえてきた。
「ふ……っ、ふふっ」
寝言で笑ってるのか。
でも、気に入らないな。
さっきまでここに居たのは、シエロだ。
シエロの隣で、こんな風に笑うのかと思うと気に入らない。
「…………」
その髪に触れようとして、また手を差し出した。
その瞬間だった。
ふ……っと、エマが目を開けたのだ。
「…………」
目が、合う。
合ったような、気がした。
「ん…………ヴァル?」
ビクン……ッ、と、ヴァルの手が跳ね上がった。
名前を呼ばれて、心臓が飛び跳ねた。
火照った頬。
嬉しそうな瞳。
求めるような手。
「…………っ!」
ふっとまた目が閉じられる。
寝……た?
強い衝動を覚えて、目を逸らし、大きく息を吐く。
「…………」
熱を落ち着けるために深呼吸する。
馬車から外へ出る。
火のそばまで近づいて、誰にも顔が見えないよう後ろを向いて横になる。
「……2人じゃ寝られなかったかな」
と、シエロが面白そうに言うのが聞こえた。
じっと、地面に転がる石を見つめて。そんなことをしている間に、交代の時間が来た。
眠れないままむくりと起き上がる。
「じゃあよろしくね」
と、シエロが馬車へ向かう。
すでに馬車に入ってしまった双子とチュチュに起こされたらしいエマが、馬車から降りてくる。
動揺してしまい、落ち着こうと、地面をじっと見る。
すると、エマが顔を覗き込んできた。
「おはよう、ヴァル。寝られた?ちょっと元気ないね」
「ああ……」
エマの視線を受け止める。
目が合う。
黙っていると、エマが困ったような顔で隣に座った。
「やっぱり先生と交代じゃ寝る時間ないよね」
「そう。あんまり眠れなくて」
手を伸ばせば、届きそうな距離。
「私はけっこう寝れたんだ。途中で先生が馬車に戻ってきたのは覚えてるんだけど」
ふと、3人ひっついて眠っている姿を思い出す。
なんでこいつはそんな状況受け入れてんだよ……。
「…………」
こいつ、俺の隣でも寝るのかな……。
色々と思い出す。
「はい」
ぼんやりしていると、マグカップが差し出される。温かい湯気が立ち昇る。
受け取ると、お茶のいい香りがした。
「ありがとう」
ふんわりとした笑顔が返ってくる。
エマが隣に座り、一緒にお茶を飲む。
静かな時間を過ごしていると、段々と空が白んできた。
「朝だね」
朝が来て、馬車に籠もっていたみんなが起き出してくる。
長い夜が明ける。
◇◇◇◇◇
ヴァルの眠れない夜のお話でした。
次回「馬車の中で(2)」、イチャイチャ回です!!
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました
魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」
8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。
その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。
堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。
理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。
その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。
紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。
夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。
フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。
ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました
平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。
クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。
そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。
そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも
深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。
家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。
その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。
そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。
なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。
私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。
しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。
それなのに、私の扱いだけはまったく違う。
どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。
当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる