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82 馬車の中で(1)
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「お前ら、早く行ってこい」
ヴァルが凄むと同時に、チュチュの目がパカッと開いて、ガバッと跳ね起きた。
「え!?何!?交代!!!!???」
シエロとチュチュが慌てて馬車を飛び出して行く。
「…………ったく」
ふと見ると、エマはまだ眠ったままだ。
「…………」
そっと、シエロが居た場所へ座る。
ランタンで照らし出したエマの寝ている姿をそっと眺めた。
「呑気だな。こんなに騒いでも起きないなんて」
閉じられた目蓋。
顔にかかる長い髪。
柔らかな寝息。
暗い夜に包まれて。
遠く微かな話し声だけが聞こえる。
静かな夜。
その手に。
その頬に。
その鼻に。
その唇に。
その耳に。
その肩に。
その髪に。
触れたくなって、ヴァルはそっと手を差し出す。
戸惑って。
躊躇して。
小さく息を吐く。
そっと。
本当にそっと手を近付けた時。
「ん……んん……」
エマが動いたので、思わず、その手を引っ込めた。
ヴァルの方へごろんと寝返りを打つと、
「ふ……ふ……っ」
と寝言が聞こえてきた。
「ふ……っ、ふふっ」
寝言で笑ってるのか。
でも、気に入らないな。
さっきまでここに居たのは、シエロだ。
シエロの隣で、こんな風に笑うのかと思うと気に入らない。
「…………」
その髪に触れようとして、また手を差し出した。
その瞬間だった。
ふ……っと、エマが目を開けたのだ。
「…………」
目が、合う。
合ったような、気がした。
「ん…………ヴァル?」
ビクン……ッ、と、ヴァルの手が跳ね上がった。
名前を呼ばれて、心臓が飛び跳ねた。
火照った頬。
嬉しそうな瞳。
求めるような手。
「…………っ!」
ふっとまた目が閉じられる。
寝……た?
強い衝動を覚えて、目を逸らし、大きく息を吐く。
「…………」
熱を落ち着けるために深呼吸する。
馬車から外へ出る。
火のそばまで近づいて、誰にも顔が見えないよう後ろを向いて横になる。
「……2人じゃ寝られなかったかな」
と、シエロが面白そうに言うのが聞こえた。
じっと、地面に転がる石を見つめて。そんなことをしている間に、交代の時間が来た。
眠れないままむくりと起き上がる。
「じゃあよろしくね」
と、シエロが馬車へ向かう。
すでに馬車に入ってしまった双子とチュチュに起こされたらしいエマが、馬車から降りてくる。
動揺してしまい、落ち着こうと、地面をじっと見る。
すると、エマが顔を覗き込んできた。
「おはよう、ヴァル。寝られた?ちょっと元気ないね」
「ああ……」
エマの視線を受け止める。
目が合う。
黙っていると、エマが困ったような顔で隣に座った。
「やっぱり先生と交代じゃ寝る時間ないよね」
「そう。あんまり眠れなくて」
手を伸ばせば、届きそうな距離。
「私はけっこう寝れたんだ。途中で先生が馬車に戻ってきたのは覚えてるんだけど」
ふと、3人ひっついて眠っている姿を思い出す。
なんでこいつはそんな状況受け入れてんだよ……。
「…………」
こいつ、俺の隣でも寝るのかな……。
色々と思い出す。
「はい」
ぼんやりしていると、マグカップが差し出される。温かい湯気が立ち昇る。
受け取ると、お茶のいい香りがした。
「ありがとう」
ふんわりとした笑顔が返ってくる。
エマが隣に座り、一緒にお茶を飲む。
静かな時間を過ごしていると、段々と空が白んできた。
「朝だね」
朝が来て、馬車に籠もっていたみんなが起き出してくる。
長い夜が明ける。
◇◇◇◇◇
ヴァルの眠れない夜のお話でした。
次回「馬車の中で(2)」、イチャイチャ回です!!
ヴァルが凄むと同時に、チュチュの目がパカッと開いて、ガバッと跳ね起きた。
「え!?何!?交代!!!!???」
シエロとチュチュが慌てて馬車を飛び出して行く。
「…………ったく」
ふと見ると、エマはまだ眠ったままだ。
「…………」
そっと、シエロが居た場所へ座る。
ランタンで照らし出したエマの寝ている姿をそっと眺めた。
「呑気だな。こんなに騒いでも起きないなんて」
閉じられた目蓋。
顔にかかる長い髪。
柔らかな寝息。
暗い夜に包まれて。
遠く微かな話し声だけが聞こえる。
静かな夜。
その手に。
その頬に。
その鼻に。
その唇に。
その耳に。
その肩に。
その髪に。
触れたくなって、ヴァルはそっと手を差し出す。
戸惑って。
躊躇して。
小さく息を吐く。
そっと。
本当にそっと手を近付けた時。
「ん……んん……」
エマが動いたので、思わず、その手を引っ込めた。
ヴァルの方へごろんと寝返りを打つと、
「ふ……ふ……っ」
と寝言が聞こえてきた。
「ふ……っ、ふふっ」
寝言で笑ってるのか。
でも、気に入らないな。
さっきまでここに居たのは、シエロだ。
シエロの隣で、こんな風に笑うのかと思うと気に入らない。
「…………」
その髪に触れようとして、また手を差し出した。
その瞬間だった。
ふ……っと、エマが目を開けたのだ。
「…………」
目が、合う。
合ったような、気がした。
「ん…………ヴァル?」
ビクン……ッ、と、ヴァルの手が跳ね上がった。
名前を呼ばれて、心臓が飛び跳ねた。
火照った頬。
嬉しそうな瞳。
求めるような手。
「…………っ!」
ふっとまた目が閉じられる。
寝……た?
強い衝動を覚えて、目を逸らし、大きく息を吐く。
「…………」
熱を落ち着けるために深呼吸する。
馬車から外へ出る。
火のそばまで近づいて、誰にも顔が見えないよう後ろを向いて横になる。
「……2人じゃ寝られなかったかな」
と、シエロが面白そうに言うのが聞こえた。
じっと、地面に転がる石を見つめて。そんなことをしている間に、交代の時間が来た。
眠れないままむくりと起き上がる。
「じゃあよろしくね」
と、シエロが馬車へ向かう。
すでに馬車に入ってしまった双子とチュチュに起こされたらしいエマが、馬車から降りてくる。
動揺してしまい、落ち着こうと、地面をじっと見る。
すると、エマが顔を覗き込んできた。
「おはよう、ヴァル。寝られた?ちょっと元気ないね」
「ああ……」
エマの視線を受け止める。
目が合う。
黙っていると、エマが困ったような顔で隣に座った。
「やっぱり先生と交代じゃ寝る時間ないよね」
「そう。あんまり眠れなくて」
手を伸ばせば、届きそうな距離。
「私はけっこう寝れたんだ。途中で先生が馬車に戻ってきたのは覚えてるんだけど」
ふと、3人ひっついて眠っている姿を思い出す。
なんでこいつはそんな状況受け入れてんだよ……。
「…………」
こいつ、俺の隣でも寝るのかな……。
色々と思い出す。
「はい」
ぼんやりしていると、マグカップが差し出される。温かい湯気が立ち昇る。
受け取ると、お茶のいい香りがした。
「ありがとう」
ふんわりとした笑顔が返ってくる。
エマが隣に座り、一緒にお茶を飲む。
静かな時間を過ごしていると、段々と空が白んできた。
「朝だね」
朝が来て、馬車に籠もっていたみんなが起き出してくる。
長い夜が明ける。
◇◇◇◇◇
ヴァルの眠れない夜のお話でした。
次回「馬車の中で(2)」、イチャイチャ回です!!
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