転生少女は過去の英雄に恋をする

大天使ミコエル

文字の大きさ
上 下
72 / 239

72 君が歌う歌(5)

しおりを挟む
 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
 聴こえる。
 歌が、聴こえる。
 ヴァルが、歌う歌が。

 エマは目を覚まして、初めて自分が眠ってしまっていたことに気付いた。
 そうだった、今日はあまり眠れなかったんだ。

 見ると、ヴァルがエマをじーっと見下ろしていた。
 ヴァルの向こう側に白い雲が流れる。青い空が見える。
「…………っ!」
 この感触……。
 気付いて心臓が飛び跳ねた。

 これ……膝枕……!?

「ごめん、寝ちゃってた……」
 顔を隠し、なんとか呟く。
 ヴァルは、何も言わずに遠くを眺めると、また歌い始めた。

 ジークの歌だ。

 どうして知っているんだろう。
 知っている人がいるなんて。

 朝 太陽が照らすなら
 私は 私の道を
 夜 月が灯すなら
 君は 君の道を

 その日 心臓が続いたなら
 また会おう
 お互いの道が交わる
 その場所で

 そんな歌、だったんだ。
 ヴァルの膝の上で、こっそりと指の間からその顔を眺める。
 なんて、安心する声。

 歌が終わるとまた沈黙が降りる。
 その状況を手放すことが惜しいと思いつつも、さすがにそのままではいられないので、起き上がった。
 ヴァルと目が合う。
「大丈夫。そんなに時間は経ってないよ」
 顔を覗きこまれて、少しだけ動揺した。

 学園へ戻るため、また馬車へ。
「今度は私が御者台ね」
 御者台に登ると、ヴァルが一緒に御者台まで付いてきた。隣に収まる。
「…………」
 ……後ろじゃないと休めないと思うけど。
「行こっか」
 馬を走らせる。
 カポカポと、走る。
 隣にいられるのは嬉しいけど、会話もないのは心臓に悪い、というか。
 ヴァルの方を見られないんだけど、どうやらヴァルは隣でのんびりとしているみたいだった。

「……さっきの歌、なんていう歌なの?」
 沈黙と好奇心に負けて、口に出す。
 ジークが歌っていた歌をこの15年で初めて耳にしたのだ。
 本当に、この世界に存在していたことに感動する。

「あれは俺の……母さんが育った町に昔から伝わる歌なんだ」
「ヴァルのお母さん?」
 ふいっと見ると、ヴァルと目が合った。
「そう、ウラストス共和国の出身。その国の田舎町の歌だよ」
「へぇ……」
 ジークはそんな遠い国の歌を……。そんな別れの歌を……。
 一体どんな気持ちで、一人歌ったんだろう。
 ……ちょっと涙が出そうになった。

 リッターの町に帰る頃には、空は紺色に染まりかけていた。
 町の食堂で荷物を下ろすと、おかみさんが籠いっぱいのお土産をくれた。
「こ、こんなにいいんですか」
「もちろんだよ。代わりに行ってきてくれて助かったよ」
「わー!ありがとうございます!」
「晩ご飯も食べていくかい?」
「いいえ。みんなが待っていると思うので」

 学園へ帰る馬車で。
 ヴァルが当たり前のように御者台に乗った。そして当たり前のように手を差し出してくるから、エマはその手を取り、隣へ座った。



◇◇◇◇◇



お泊りデートエピソードもラストです。
学園へおかえりなさい!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

処理中です...