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70 君が歌う歌(3)
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翌朝は、なぜか早く起きてしまった。
隣の部屋にヴァルがいるから気になってしまったのかも。
まだ、外は薄暗く、早朝の匂いがした。
ゴロゴロっとベッドの上で寝返りを打ってみたけれど、すっかり目は冴えている。
「ふぅ」
起き上がって、ひとつ息を吐いた。
「もう寝れないな」
仕方なく着替えて、外に出る。
なんとなく厩舎の方へ行くと、すでにそこにはヴァルがいた。
エマの気配に振り向くと、途端に優しい笑みになる。
「早いな」
「起きちゃった」
エマも、「へへっ」と笑ってみせた。
ヴァルは、ちょうど、馬を厩舎から出すところだった。
「どこか行くの?」
「走らせようと思って」
そう言って、ヴァルは馬にひょいと飛び乗る。
「鞍は要らないの?」
「要らないよ」
そう言いながらフフンと笑うと、手を差し出してくる。
「お前も来るだろ?」
「……!」
思いがけないその言葉。
「うん!」
エマはヴァルの手を取った。
とはいえ、エマにはヴァルやチュチュのようなジャンプ力はない。
足を掛ける場所もない馬にひょいひょい乗れるはずもなかった。
「…………」
ヴァルが神妙な顔をする。
そして、からかうようにエマの両手を持って引き上げようとした。
「無理無理無理」
「しょうがないな」
しょうがないとか言いながら、ちょっと笑ってるんだから……。
結局、馬の方にしゃがんでもらうことになった。
なんとか、ヴァルの前に収まる。
「う……うわぁ」
馬に乗るのは初めてだ。
生きている馬の息遣い。艶々とした毛の感触。温かな体温。
足が浮いていて覚束なく、どこに掴まればいいのかわからない。
更にすぐ後ろにヴァルの気配があり、余計にどこに重心をかければいいのかわからない。
背中もぼんやりと温かい、気がする。
「いいか?」
「う、うん」
馬が歩き出す。
段々と馬の足が速くなっていく。
「あ……うぁ………うわあああああああああ」
「大丈夫だよ」
頭の後ろからそんな声が聞こえて、怖いのかなんなのかもわからなくなってくる。
「きゃああああああああああああ」
「騒ぎすぎだろ」
「だ……だって……きゃあああああぅ」
「はははっ」
頭の後ろから、笑い声が聞こえる。
「な……っ、はや……ああああああああ」
「はははっ……あははははは」
もう隠そうともせずに大笑いするヴァルの声を聞く。
町のそばの草原を駆ける。
緑の草を馬がかき分ける。揺らいだ草から、緑の匂いが立ち昇る。
通り過ぎてゆく木の影。
そこここに咲いているアネモネが、風に騒ぐ。
次第に太陽が明るく輝いてくる。
草原を一周し、町に戻ってくると、やっと徐々に馬の足が遅くなってきた。
「う……うわぁ……」
心臓がバクバクする。
こんなに過激だなんて思ってなかった……。
宿で馬が止まる。まだ、ヴァルがクスクスと笑っている。
地面に降りたヴァルが、手を差し出してきた。
「…………」
当たり前のようなエスコート。
こういうところ、変わらないな。
手を繋ぎ、ぴょこん、と飛び降りた。
「笑いすぎだよ」
見上げると、ヴァルがフフンとまた偉そうに笑った。
◇◇◇◇◇
学園の馬は戦闘訓練を受けています。一緒に戦いに出られるように成長中!
隣の部屋にヴァルがいるから気になってしまったのかも。
まだ、外は薄暗く、早朝の匂いがした。
ゴロゴロっとベッドの上で寝返りを打ってみたけれど、すっかり目は冴えている。
「ふぅ」
起き上がって、ひとつ息を吐いた。
「もう寝れないな」
仕方なく着替えて、外に出る。
なんとなく厩舎の方へ行くと、すでにそこにはヴァルがいた。
エマの気配に振り向くと、途端に優しい笑みになる。
「早いな」
「起きちゃった」
エマも、「へへっ」と笑ってみせた。
ヴァルは、ちょうど、馬を厩舎から出すところだった。
「どこか行くの?」
「走らせようと思って」
そう言って、ヴァルは馬にひょいと飛び乗る。
「鞍は要らないの?」
「要らないよ」
そう言いながらフフンと笑うと、手を差し出してくる。
「お前も来るだろ?」
「……!」
思いがけないその言葉。
「うん!」
エマはヴァルの手を取った。
とはいえ、エマにはヴァルやチュチュのようなジャンプ力はない。
足を掛ける場所もない馬にひょいひょい乗れるはずもなかった。
「…………」
ヴァルが神妙な顔をする。
そして、からかうようにエマの両手を持って引き上げようとした。
「無理無理無理」
「しょうがないな」
しょうがないとか言いながら、ちょっと笑ってるんだから……。
結局、馬の方にしゃがんでもらうことになった。
なんとか、ヴァルの前に収まる。
「う……うわぁ」
馬に乗るのは初めてだ。
生きている馬の息遣い。艶々とした毛の感触。温かな体温。
足が浮いていて覚束なく、どこに掴まればいいのかわからない。
更にすぐ後ろにヴァルの気配があり、余計にどこに重心をかければいいのかわからない。
背中もぼんやりと温かい、気がする。
「いいか?」
「う、うん」
馬が歩き出す。
段々と馬の足が速くなっていく。
「あ……うぁ………うわあああああああああ」
「大丈夫だよ」
頭の後ろからそんな声が聞こえて、怖いのかなんなのかもわからなくなってくる。
「きゃああああああああああああ」
「騒ぎすぎだろ」
「だ……だって……きゃあああああぅ」
「はははっ」
頭の後ろから、笑い声が聞こえる。
「な……っ、はや……ああああああああ」
「はははっ……あははははは」
もう隠そうともせずに大笑いするヴァルの声を聞く。
町のそばの草原を駆ける。
緑の草を馬がかき分ける。揺らいだ草から、緑の匂いが立ち昇る。
通り過ぎてゆく木の影。
そこここに咲いているアネモネが、風に騒ぐ。
次第に太陽が明るく輝いてくる。
草原を一周し、町に戻ってくると、やっと徐々に馬の足が遅くなってきた。
「う……うわぁ……」
心臓がバクバクする。
こんなに過激だなんて思ってなかった……。
宿で馬が止まる。まだ、ヴァルがクスクスと笑っている。
地面に降りたヴァルが、手を差し出してきた。
「…………」
当たり前のようなエスコート。
こういうところ、変わらないな。
手を繋ぎ、ぴょこん、と飛び降りた。
「笑いすぎだよ」
見上げると、ヴァルがフフンとまた偉そうに笑った。
◇◇◇◇◇
学園の馬は戦闘訓練を受けています。一緒に戦いに出られるように成長中!
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