転生少女は過去の英雄に恋をする

大天使ミコエル

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69 君が歌う歌(2)

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 午後も、馬はカポカポとゆったり歩いた。
 昼食後からはずっとヴァルが手綱を握っていた。
 陽が落ちてきたので、ヴァルのそばに行き、
「寒くない?」
 と聞くと、振り返ったヴァルが
「大丈夫だよ」
 と一言だけ答えた。

 オレンジ色に染まりかけた空に、ヴァルの瞳が揺らめく。髪がなびいて、黒髪がさらさらと踊る。
 綺麗だな。
 なんて、つい思ってしまって、くるりと後ろを向いて、また毛布に巻かれた。

 真後ろに座り込んでから、ヴァルの頭のてっぺんをじーっと眺めた。
 風で髪が揺らめく。
 触ったらどんな感じがするんだろう。

 夕陽に照らされたその後ろ姿に、何かを思い浮かべそうになる。

 エマは鼻歌を歌った。
 歌ってから、気付く。
 自分の口から出てきた歌が、ジークが歌っていた歌だったことに。

 エマはこの歌を、歌詞をつけては歌えない。
『メモアーレン』の中で、ジークは歌詞をつけて歌っていたのだけど、それがゲームの中でもこちらの言葉だったのだ。
 さすがに転生する前は、どこの言葉かもわからなかったし、聞き取りもできなかったから。

 うろ覚えで歌う。

「あの日……ふふふ~ん……ふんふ~ん」

「…………」

 ハミングはだんだん小さくなって、エマが抱えた膝の中に消えた。

 程なくして、馬車はサルーアの町に着いた。
 もう星がいくつか見えている。
 それでも町の中は賑やかだ。
 小さいながらも、酒場が多く、熱気がすごい。物語の中に出てくる海賊船みたいだ。
 予約している宿を見つけ、厩舎に馬を預けた。

 宿の食堂は満席で、けれど料理は作れるというので、部屋で食事にしてもらった。
 2部屋取ったうちの、ヴァルの部屋の方で、夕食を食べる。
 夕食は、チーズフォンデュだった。とろけたチーズに肉やパン、野菜をつけて食べる。
 買い付けに来たのもチーズだし、この辺りにチーズの産地でもあるのだろうか。
「かんぱ~い」
「乾杯」
「何事もなく辿り着いてよかった」
「だな。明日は午後の約束だから、午前中は時間あるよ」
「じゃあお土産買って行こう」
「いいな」

 食器を下げて、テーブルを拭き、少しだけ二人でお茶を飲んだ。
 明日も早いのだから、のんびりしている場合じゃないのだけれど。珍しく遅くまで一緒にいるので、つい長居してしまう。
「そろそろ部屋戻るね」
 と、立ち上がると、ヴァルも見送ってくれるつもりなのか一緒に立ち上がった。
 扉の前で振り返る。
 見上げると、ヴァルと目が合う。
 ヴァルが、ふっと笑った。
「一人で大丈夫か?」
 ふふっと笑い返す。
 大丈夫か、なんて。どういう意味で言ってるんだろう。まさか、子供の頃泣いちゃってたからかな。
「大丈夫だよ」
 すると、ヴァルが少し寂しそうな瞳で、エマを見た。
「おやすみ、エマ」
「うん。おやすみ、ヴァル」



◇◇◇◇◇



ゆったりと二人で一緒にいる話。
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