16 / 239
16 父
しおりを挟む
本を2、3冊つかんで図書室から出ると、バタバタと走り回る母とすれ違った。
「もうすぐお父様が帰ってくるわよ!本を置いたらホールへいらっしゃい!」
叫ぶようにあげた声が、エマの後ろから聞こえた。
仕事はできる人らしいけど、相変わらず騒がしいことこの上ない。
さて、父はどういう人なのだか。
マリアに髪を軽く整えてもらうと、玄関ホールへ向かう。
母、エマ、マリア、ルチア、もう一人のメイドのルーシン、そして庭師のお兄さんことライリー。これで、家族全員だ。
母が、エマの手を握った。
「あなたは会うの初めてね。……あなたが生まれたのが嬉しすぎて、あの人、5年もお仕事してたのよ」
「……私が生まれたのが?」
本当の5歳児なら病むほどに会えない父親。
どうやら商人ぽい仕事をしているようだし、仕事一筋とか、お金一筋とかの怪しい商人を連想していたけど。
もしかして、母のように気さくな人ってこともあり得るのかも?
いろいろ想像を巡らしているところで、どうやら、ドアの前に馬車が止まったらしかった。
メイド達が静かに一列に並ぶ。
ドギマギしていると、ドアが、開いた。
「お帰りなさいませ」
メイド達が一斉に頭を下げる。
二人の男性が入ってきた。
一人は正装で、おそらく父親。もう一人は侍従のようだった。
「やあ」
はにかんだ笑顔が目に入ったかと思うと、母が飛び出した。
次の瞬間、目の前には、可愛らしい夫婦がハグをする姿があった。
おぉ……。
びっくりした……。仲良いんだなぁ。
「サナ」
「お帰りなさい、ユリシス!」
ああ、母はなんて可憐な顔をするんだろう。
父親らしき人が、エマの方を向き直る。目線が降りて、エマと同じ高さになった。
「……エマ」
「…………」
これが、父親。
肩ぐらいまで伸ばした深いグレーの髪を綺麗に後ろでまとめている。上品なシャツにジャケットを羽織った姿は、商人というより、まるで王子様。
それになにより、黒かと思えば青っぽさのある紺色の瞳。
似ている、と思った。
いつも鏡に映る自分の髪色、瞳の色。
ああ、やっぱりこの人が父親なんだ。
「この人がお父様よ」
すぐ横で、母が教えてくれた。
なんと言えばいいかわからなくて、
「お、お帰りなさい、お父様」
とだけ言ってみる。
「ただいま、エマ。君にお土産が、たくさんあるんだ」
その日から、2人だった夕食が、3人になった。
翌日、勉強の時間。
「お嬢様ももう5歳ですものね」
勉強机の上に乗っている歴史書や地図を見ながら、マリアが優しく言った。
「そうだよ」
「お家のことの勉強を、そろそろ始めましょうか」
そう言って、その日は庭へ出て、家のことをいろいろ話してくれた。
ここは、リジェという地域なのだという。
商業で名を馳せた小さな地区で、王都から程近い所にあり、子爵である父が取り仕切っているらしい。
とはいえ、父が得意なのは商い。
街の商会と手を組んで、国中を周り、色々な取引をしているのだという。
父の名はユリシス・クレスト。母はサナ・クレスト。
エマのフルネームはエマ・クレストという。
マリアと並んで座り、遠くリジェの街を眺めた。
手慰みに地面の草をいじる。
だから、正装があんなに王子様みたいだったんだ。
貴族なわけだし。
ふーん、といった風に青い空を見上げた。
◇◇◇◇◇
父の侍従のお兄さんは、仕事の補佐もしています。父とは主従関係というより、相棒のような間柄。父よりも少し年上です。
「もうすぐお父様が帰ってくるわよ!本を置いたらホールへいらっしゃい!」
叫ぶようにあげた声が、エマの後ろから聞こえた。
仕事はできる人らしいけど、相変わらず騒がしいことこの上ない。
さて、父はどういう人なのだか。
マリアに髪を軽く整えてもらうと、玄関ホールへ向かう。
母、エマ、マリア、ルチア、もう一人のメイドのルーシン、そして庭師のお兄さんことライリー。これで、家族全員だ。
母が、エマの手を握った。
「あなたは会うの初めてね。……あなたが生まれたのが嬉しすぎて、あの人、5年もお仕事してたのよ」
「……私が生まれたのが?」
本当の5歳児なら病むほどに会えない父親。
どうやら商人ぽい仕事をしているようだし、仕事一筋とか、お金一筋とかの怪しい商人を連想していたけど。
もしかして、母のように気さくな人ってこともあり得るのかも?
いろいろ想像を巡らしているところで、どうやら、ドアの前に馬車が止まったらしかった。
メイド達が静かに一列に並ぶ。
ドギマギしていると、ドアが、開いた。
「お帰りなさいませ」
メイド達が一斉に頭を下げる。
二人の男性が入ってきた。
一人は正装で、おそらく父親。もう一人は侍従のようだった。
「やあ」
はにかんだ笑顔が目に入ったかと思うと、母が飛び出した。
次の瞬間、目の前には、可愛らしい夫婦がハグをする姿があった。
おぉ……。
びっくりした……。仲良いんだなぁ。
「サナ」
「お帰りなさい、ユリシス!」
ああ、母はなんて可憐な顔をするんだろう。
父親らしき人が、エマの方を向き直る。目線が降りて、エマと同じ高さになった。
「……エマ」
「…………」
これが、父親。
肩ぐらいまで伸ばした深いグレーの髪を綺麗に後ろでまとめている。上品なシャツにジャケットを羽織った姿は、商人というより、まるで王子様。
それになにより、黒かと思えば青っぽさのある紺色の瞳。
似ている、と思った。
いつも鏡に映る自分の髪色、瞳の色。
ああ、やっぱりこの人が父親なんだ。
「この人がお父様よ」
すぐ横で、母が教えてくれた。
なんと言えばいいかわからなくて、
「お、お帰りなさい、お父様」
とだけ言ってみる。
「ただいま、エマ。君にお土産が、たくさんあるんだ」
その日から、2人だった夕食が、3人になった。
翌日、勉強の時間。
「お嬢様ももう5歳ですものね」
勉強机の上に乗っている歴史書や地図を見ながら、マリアが優しく言った。
「そうだよ」
「お家のことの勉強を、そろそろ始めましょうか」
そう言って、その日は庭へ出て、家のことをいろいろ話してくれた。
ここは、リジェという地域なのだという。
商業で名を馳せた小さな地区で、王都から程近い所にあり、子爵である父が取り仕切っているらしい。
とはいえ、父が得意なのは商い。
街の商会と手を組んで、国中を周り、色々な取引をしているのだという。
父の名はユリシス・クレスト。母はサナ・クレスト。
エマのフルネームはエマ・クレストという。
マリアと並んで座り、遠くリジェの街を眺めた。
手慰みに地面の草をいじる。
だから、正装があんなに王子様みたいだったんだ。
貴族なわけだし。
ふーん、といった風に青い空を見上げた。
◇◇◇◇◇
父の侍従のお兄さんは、仕事の補佐もしています。父とは主従関係というより、相棒のような間柄。父よりも少し年上です。
11
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる