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9 屋敷の外(2)
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心が逸り、ダダっと駆け出す。
街まで行けば、ここがどこなのかわかるかもしれない。
情報が欲しい。
未だ、国の名前さえもわからないままなのだ。
「お、お嬢様!?」
突然のことに驚いたマリアだったが、咄嗟の動きは早かった。
暖かい風。
遠い街まで見渡せる丘の上。
すぐにそこへ辿り着けるような気がした。
けれど。
街は一向に近くならなくて、後ろから羽交い締めにされるまで、数メートルも走ることができなかった。
草を蹴って抵抗したけれど、エマの力ではどうにもできない。
どうやったって、エマが3歳児であることには違いなかった。
「突然どうしたんです?」
マリアが上から覗き込むようにエマの顔を見た。
「いきたい!」
「ああ……。やはり気になりますよね。お嬢様はまだ小さいので、危ないのですが……」
マリアが、困ったように笑う。
「では、奥様にご相談しておきましょう」
行けるの?
と思った3日後、本当に街へ散歩に出ることになった。
言ってみるものだなぁ。
マリアと二人。
街へ出れば、ここがどこの街でどこの国かわかるかもしれない。
流石に異世界……なんてことはない、か。
だって、ここまでの3年間、魔術があるとは思えない生活だったもの。
万が一、異世界だったとして、ここがジークのいるセラストリア王国とは限らない。どんな場所だったとしても、ジークのいない場所なら、意味がない。
だったら、スマホで『メモアーレン』をして部屋でジークグッズに囲まれていたほうがずっとずっと幸せだ。
とはいえ、家電も見たことはないけど。それでも異世界転生よりは現実的だ。地球上には電気がない場所だってあるだろうし。
ふと、王子様ルート完結記念のグッズのお知らせを思い出す。
攻略キャラ5人の……正装グッズ……。
大きくなったらゲームの続きをするんだ。
グッズだってどれだけ時間が経ったって手に入れてみせる。
けれど、街へ行くまでもなく、エマはあることに気付いてしまう。
「さあ、お嬢様」
いつもより少し着飾ったドレスで、手を差し出すマリアの姿。
「う……うん……」
なんとか返事をして、マリアの手につかまった。
その姿が。
茶色のワンピースだった。ただのワンピースなら問題ない。フリルこそ控えめだけれど、布地の多い、丈の長いスカート。
そういう服、見たことある。悪役令嬢もので……。
現代人が普通に歩く格好だろうか。どちらかと言えば……。
どこかの絵画を思い出しそうになる。
例えばモネの……。
そう思ったところで、思考を遮る。
エマは、青い顔をできるだけ見られないように、下を向いて歩いた。
ここは、まさか。
自分のあまりのショックの受け方に、さらにショックを受けた。
自分で思っていた以上に、エマは期待していたし、それを心の拠り所としていた。
ゲームの続き。たくさんのグッズ。
考えないようにしたい。決定的なものを見るまで。
けれど、玄関から外へ出た時、もうそれを考えないわけにはいかなかった。
大きなお屋敷の、大きな玄関の扉の外に待っていたものは。
「さあ、これに乗りますよ、お嬢様」
大きな、馬車だったからだ。
そんな……。
どこの国に、馬車を日常で使う国があるの。
フラフラと、馬車の中へ押し上げられる。
御者台に座る庭師のお兄さんがふふん、と笑った。
見た目よりも座り心地のいい椅子へ、マリアと同じ方へ、前を向いて座った。
「馬車……?」
動き出した馬車の中で、マリアに助けを求めるように顔を見る。
すると、マリアがにっこりする。
「お嬢様は、馬を見るのも初めてでしたね。遠い場所に歩いて行くのは大変ですから、お馬さんにお手伝いしてもらいましょうね」
「そう……だね」
流れる景色を見る。
遠く、遠くまで緩やかな丘が続いている。農業をやっている気配はない。ほとんどが花畑のようだった。
屋敷と街を結ぶ一本道。
他に馬車もなければ、歩く人もない。
これが旅行だったら、喜んでいただろう長閑な景色が、視界いっぱいに広がっていた。
◇◇◇◇◇
庭師のお兄さんは、庭師兼馬丁兼御者兼護衛の仕事をしています。
このお屋敷の使用人は働きすぎなんじゃないでしょうか。
街まで行けば、ここがどこなのかわかるかもしれない。
情報が欲しい。
未だ、国の名前さえもわからないままなのだ。
「お、お嬢様!?」
突然のことに驚いたマリアだったが、咄嗟の動きは早かった。
暖かい風。
遠い街まで見渡せる丘の上。
すぐにそこへ辿り着けるような気がした。
けれど。
街は一向に近くならなくて、後ろから羽交い締めにされるまで、数メートルも走ることができなかった。
草を蹴って抵抗したけれど、エマの力ではどうにもできない。
どうやったって、エマが3歳児であることには違いなかった。
「突然どうしたんです?」
マリアが上から覗き込むようにエマの顔を見た。
「いきたい!」
「ああ……。やはり気になりますよね。お嬢様はまだ小さいので、危ないのですが……」
マリアが、困ったように笑う。
「では、奥様にご相談しておきましょう」
行けるの?
と思った3日後、本当に街へ散歩に出ることになった。
言ってみるものだなぁ。
マリアと二人。
街へ出れば、ここがどこの街でどこの国かわかるかもしれない。
流石に異世界……なんてことはない、か。
だって、ここまでの3年間、魔術があるとは思えない生活だったもの。
万が一、異世界だったとして、ここがジークのいるセラストリア王国とは限らない。どんな場所だったとしても、ジークのいない場所なら、意味がない。
だったら、スマホで『メモアーレン』をして部屋でジークグッズに囲まれていたほうがずっとずっと幸せだ。
とはいえ、家電も見たことはないけど。それでも異世界転生よりは現実的だ。地球上には電気がない場所だってあるだろうし。
ふと、王子様ルート完結記念のグッズのお知らせを思い出す。
攻略キャラ5人の……正装グッズ……。
大きくなったらゲームの続きをするんだ。
グッズだってどれだけ時間が経ったって手に入れてみせる。
けれど、街へ行くまでもなく、エマはあることに気付いてしまう。
「さあ、お嬢様」
いつもより少し着飾ったドレスで、手を差し出すマリアの姿。
「う……うん……」
なんとか返事をして、マリアの手につかまった。
その姿が。
茶色のワンピースだった。ただのワンピースなら問題ない。フリルこそ控えめだけれど、布地の多い、丈の長いスカート。
そういう服、見たことある。悪役令嬢もので……。
現代人が普通に歩く格好だろうか。どちらかと言えば……。
どこかの絵画を思い出しそうになる。
例えばモネの……。
そう思ったところで、思考を遮る。
エマは、青い顔をできるだけ見られないように、下を向いて歩いた。
ここは、まさか。
自分のあまりのショックの受け方に、さらにショックを受けた。
自分で思っていた以上に、エマは期待していたし、それを心の拠り所としていた。
ゲームの続き。たくさんのグッズ。
考えないようにしたい。決定的なものを見るまで。
けれど、玄関から外へ出た時、もうそれを考えないわけにはいかなかった。
大きなお屋敷の、大きな玄関の扉の外に待っていたものは。
「さあ、これに乗りますよ、お嬢様」
大きな、馬車だったからだ。
そんな……。
どこの国に、馬車を日常で使う国があるの。
フラフラと、馬車の中へ押し上げられる。
御者台に座る庭師のお兄さんがふふん、と笑った。
見た目よりも座り心地のいい椅子へ、マリアと同じ方へ、前を向いて座った。
「馬車……?」
動き出した馬車の中で、マリアに助けを求めるように顔を見る。
すると、マリアがにっこりする。
「お嬢様は、馬を見るのも初めてでしたね。遠い場所に歩いて行くのは大変ですから、お馬さんにお手伝いしてもらいましょうね」
「そう……だね」
流れる景色を見る。
遠く、遠くまで緩やかな丘が続いている。農業をやっている気配はない。ほとんどが花畑のようだった。
屋敷と街を結ぶ一本道。
他に馬車もなければ、歩く人もない。
これが旅行だったら、喜んでいただろう長閑な景色が、視界いっぱいに広がっていた。
◇◇◇◇◇
庭師のお兄さんは、庭師兼馬丁兼御者兼護衛の仕事をしています。
このお屋敷の使用人は働きすぎなんじゃないでしょうか。
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