2 / 177
2 アップデートの日(1)
しおりを挟む
「うぁあ?」
自分の声で、ぼんやりとしていた意識が、はっきりしたのを感じた。
手が、動かない。それどころか、足だって動かない。声も、思ったように出せない。
え、これ何?
私、確か……大学に行こうとして……。え……?
目の前には、何やら装飾がなされた綺麗な天井。大きな窓。どこかのお屋敷?
身体にはフワフワとした感触。これは、布団の上?
なんだろう。どうしたって言うんだろう。どうしてこんな所に居るんだろう。
万が一大学へ向かっていたのが夢だったのだとしても、マンションのちょっと煤けた白い天井が目に入るはずなのだ。いつもの丸く平たいライトはどこだろう。その代わり、目に入ってきたのは、小さなシャンデリアとも言えそうな飾り。
窓の外で囀る小鳥の声を聞きながら、以前のことを思い出そうとした。
神崎えま。18歳。
その日もいつも通り、朝は6時に目を覚ました。人生の曲がり角だったらしいあの日。あの朝。
スマホのアラームを止めた。もぞもぞとまだ目も開けきらない目で、スマホを覗く。空は快晴で、窓にかかった薄い夕焼け色のカーテン全体に、日の光が当たっているのを感じた。
「ジーク様……おはようございます……」
待受画面には、長い黒髪に、赤みがかった金色の瞳の青年と「ジークヴァルト」の文字。推しに毎朝挨拶をするのが日課だった。
そして、ジークが登場するスマホゲームを立ち上げる。
画面に表示される『メモアーレン』のタイトル。空を背景としたタイトル画面。
インディーズの乙女ゲーなのだが、それが、絵もよし、世界観もよし、キャラのイケメン加減もよしの最高のゲームなのだ。
乙女ゲーといえども、インディーズだからか、ストーリーは定期的な更新でアップされる。それも、今、攻略できるのは一人目の攻略対象である王子様ただ一人。攻略対象は5人いると公式で発表されているのだけど、まだ一人目のストーリーのラストストーリーがやっと今日更新されるという新進気鋭のゲームだ。
マループロジェクトというサークルが出している。グッズ展開もけっこう本格的にやっていて、公式書き下ろしイラストのマグカップやクッション、タペストリー、CDなど多種多様。もちろん私の部屋にも所狭しと置かれている。そのすべてには長髪黒髪で赤みがかった金色の瞳の青年のイラストが描かれる。推しのジーク。
アプデから数日は、上限が解放されたレベル上げに、攻略要素である選択肢を片っ端から選択し、イベントスチルをコンプし、推しの影が少しでもないかと目を見開いて探す作業が待っている。
アプデの日はどうしても食事も授業も疎かになりがちだが、本当に、私は推しのために生きているのだ。ジークだけのために。
忙しいときも、泣きたくなる日も、ジークの顔を見るだけで心が安らぐ。ジークの声を聞くだけで、嬉しくなる。
私は、ジークに出会うまで、知らなかったのだ。こんな幸せがあるなんて。
この世界のあまりの眩しさに、涙が流れる日が来るなんて。
どれだけ絶望を感じても、この現実に戻って来られるのは、いつだってジークがここに居たからだ。
◇◇◇◇◇
異世界ほのぼのラブストーリー開幕です!
この小説は、私のスマホゲー関連で異常に落ち込んだ深い絶望を糧に書かれています。
自分の声で、ぼんやりとしていた意識が、はっきりしたのを感じた。
手が、動かない。それどころか、足だって動かない。声も、思ったように出せない。
え、これ何?
私、確か……大学に行こうとして……。え……?
目の前には、何やら装飾がなされた綺麗な天井。大きな窓。どこかのお屋敷?
身体にはフワフワとした感触。これは、布団の上?
なんだろう。どうしたって言うんだろう。どうしてこんな所に居るんだろう。
万が一大学へ向かっていたのが夢だったのだとしても、マンションのちょっと煤けた白い天井が目に入るはずなのだ。いつもの丸く平たいライトはどこだろう。その代わり、目に入ってきたのは、小さなシャンデリアとも言えそうな飾り。
窓の外で囀る小鳥の声を聞きながら、以前のことを思い出そうとした。
神崎えま。18歳。
その日もいつも通り、朝は6時に目を覚ました。人生の曲がり角だったらしいあの日。あの朝。
スマホのアラームを止めた。もぞもぞとまだ目も開けきらない目で、スマホを覗く。空は快晴で、窓にかかった薄い夕焼け色のカーテン全体に、日の光が当たっているのを感じた。
「ジーク様……おはようございます……」
待受画面には、長い黒髪に、赤みがかった金色の瞳の青年と「ジークヴァルト」の文字。推しに毎朝挨拶をするのが日課だった。
そして、ジークが登場するスマホゲームを立ち上げる。
画面に表示される『メモアーレン』のタイトル。空を背景としたタイトル画面。
インディーズの乙女ゲーなのだが、それが、絵もよし、世界観もよし、キャラのイケメン加減もよしの最高のゲームなのだ。
乙女ゲーといえども、インディーズだからか、ストーリーは定期的な更新でアップされる。それも、今、攻略できるのは一人目の攻略対象である王子様ただ一人。攻略対象は5人いると公式で発表されているのだけど、まだ一人目のストーリーのラストストーリーがやっと今日更新されるという新進気鋭のゲームだ。
マループロジェクトというサークルが出している。グッズ展開もけっこう本格的にやっていて、公式書き下ろしイラストのマグカップやクッション、タペストリー、CDなど多種多様。もちろん私の部屋にも所狭しと置かれている。そのすべてには長髪黒髪で赤みがかった金色の瞳の青年のイラストが描かれる。推しのジーク。
アプデから数日は、上限が解放されたレベル上げに、攻略要素である選択肢を片っ端から選択し、イベントスチルをコンプし、推しの影が少しでもないかと目を見開いて探す作業が待っている。
アプデの日はどうしても食事も授業も疎かになりがちだが、本当に、私は推しのために生きているのだ。ジークだけのために。
忙しいときも、泣きたくなる日も、ジークの顔を見るだけで心が安らぐ。ジークの声を聞くだけで、嬉しくなる。
私は、ジークに出会うまで、知らなかったのだ。こんな幸せがあるなんて。
この世界のあまりの眩しさに、涙が流れる日が来るなんて。
どれだけ絶望を感じても、この現実に戻って来られるのは、いつだってジークがここに居たからだ。
◇◇◇◇◇
異世界ほのぼのラブストーリー開幕です!
この小説は、私のスマホゲー関連で異常に落ち込んだ深い絶望を糧に書かれています。
2
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました
平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。
クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。
そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。
そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも
深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい
小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。
エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。
しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。
――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。
安心してください、ハピエンです――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる