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第四章
8枚のクッキー 1
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その日から、毎日、相変わらずパンとスープはテーブルに置いてあったけれど、悪魔の姿を見ない日が続いた。
いなくなったわけではないけれど、日々、遠くで鳴く狼の声が唐突に増えたことが気がかりだった。
窓の外を眺めるけれど、森までは見えない。ただ、星が輝く夜空を見ながら、心配を抱えるだけだ。
そして思い返す。あの目の前に広がる星空を。あの、悪魔の声を。
人間味がない何かかと思っていたけれど、実際に人間の会話ができていた。
また、ハリスが書いた本を取る。もう何度読んだかわからない。会話をした悪魔と、思った以上に一致する部分が多く、嬉しくて、寝る前にも寝起きにもそればかり読んでいた。
マリィを手助けするのに森へ行っているだろう悪魔のために、自分でも出来ることはないかと考え、翌日、鐘が鳴る頃、厨房へ向かった。
厨房にあるランプ全てに火を灯し、さて、と周りを見渡す。
左手には料理長のレシピ。食料庫を覗き、簡単そうなクッキーを選んだ。
食料庫はいつ入っても涼しい。砂糖やバターを探し出す。食料庫にも妖精の魔力が宿っているのだろう。食料庫に入れておけば、食料も腐ることがない。こういった食料庫が普及していることが、他の村から遠くても、動物もあまり飼わずに生活できる理由だ。
さて、と思い、バターをつぶそうとしてつぶれない、なんていうちょっとしたつまずきはあったものの、なんとか材料を混ぜ合わせ、丸い形にする。
形作ったものの半分をなんとかオーブンに収める。
「後は焼くだけね」
……といっても、オーブンにはハンドルのようなものはついているけど、メモリも無いし、肝心のレシピにも『弱く』と書いてあるだけで曖昧だ。どうしたら……。
ひとまず、オーブンに火を入れてハンドルを回してみる。すると、じわじわと火が大きくなるのが見て取れた。
「うーん」
とりあえず焼いてみたものの、黒に近い茶色に焼けてしまう。口に入れてはみたものの、ザリザリとしてあまり美味しいものではない。
もう、一回。
「…………」
生地を作り直し、もう一回。
そんなこんなで4回目のオーブンでなんとか食べられるものができた。
お皿に並べたものの、どこに行けばいいだろう。
ランタンをぶら下げる。やはりホールだろうか。
一応ホールの扉をノックして、開けてみる。悪魔の気配はない。
白い床を歩き、ゆっくりとホールの真ん中まで行った。クッキーのお皿を抱えたまま座り込む。
床は白い。ただ、あの日よりも輝いてはいない。窓ガラスが相変わらずすっかり取り去られてしまっていて、外からの風が床の輝きを持ち去っているのだろう。
遠くで狼の遠吠えが聞こえる。窓ガラスが失われている分、他の部屋よりも狼の声はよく聞こえた。
無理をしていなければいいけれど。
狼の声が聞こえる度、心臓が凍ったように痛くなる。
何かを我慢するように、クッキーを眺めた。
ここに置いておけばいいことだ。ここに置いておけばいいことだった。あの悪魔ならきっと気がついて、食べてくれるに違いない。けれど、もしかしたら、という小さな気持ちが、マリィをここに留まらせた。
いなくなったわけではないけれど、日々、遠くで鳴く狼の声が唐突に増えたことが気がかりだった。
窓の外を眺めるけれど、森までは見えない。ただ、星が輝く夜空を見ながら、心配を抱えるだけだ。
そして思い返す。あの目の前に広がる星空を。あの、悪魔の声を。
人間味がない何かかと思っていたけれど、実際に人間の会話ができていた。
また、ハリスが書いた本を取る。もう何度読んだかわからない。会話をした悪魔と、思った以上に一致する部分が多く、嬉しくて、寝る前にも寝起きにもそればかり読んでいた。
マリィを手助けするのに森へ行っているだろう悪魔のために、自分でも出来ることはないかと考え、翌日、鐘が鳴る頃、厨房へ向かった。
厨房にあるランプ全てに火を灯し、さて、と周りを見渡す。
左手には料理長のレシピ。食料庫を覗き、簡単そうなクッキーを選んだ。
食料庫はいつ入っても涼しい。砂糖やバターを探し出す。食料庫にも妖精の魔力が宿っているのだろう。食料庫に入れておけば、食料も腐ることがない。こういった食料庫が普及していることが、他の村から遠くても、動物もあまり飼わずに生活できる理由だ。
さて、と思い、バターをつぶそうとしてつぶれない、なんていうちょっとしたつまずきはあったものの、なんとか材料を混ぜ合わせ、丸い形にする。
形作ったものの半分をなんとかオーブンに収める。
「後は焼くだけね」
……といっても、オーブンにはハンドルのようなものはついているけど、メモリも無いし、肝心のレシピにも『弱く』と書いてあるだけで曖昧だ。どうしたら……。
ひとまず、オーブンに火を入れてハンドルを回してみる。すると、じわじわと火が大きくなるのが見て取れた。
「うーん」
とりあえず焼いてみたものの、黒に近い茶色に焼けてしまう。口に入れてはみたものの、ザリザリとしてあまり美味しいものではない。
もう、一回。
「…………」
生地を作り直し、もう一回。
そんなこんなで4回目のオーブンでなんとか食べられるものができた。
お皿に並べたものの、どこに行けばいいだろう。
ランタンをぶら下げる。やはりホールだろうか。
一応ホールの扉をノックして、開けてみる。悪魔の気配はない。
白い床を歩き、ゆっくりとホールの真ん中まで行った。クッキーのお皿を抱えたまま座り込む。
床は白い。ただ、あの日よりも輝いてはいない。窓ガラスが相変わらずすっかり取り去られてしまっていて、外からの風が床の輝きを持ち去っているのだろう。
遠くで狼の遠吠えが聞こえる。窓ガラスが失われている分、他の部屋よりも狼の声はよく聞こえた。
無理をしていなければいいけれど。
狼の声が聞こえる度、心臓が凍ったように痛くなる。
何かを我慢するように、クッキーを眺めた。
ここに置いておけばいいことだ。ここに置いておけばいいことだった。あの悪魔ならきっと気がついて、食べてくれるに違いない。けれど、もしかしたら、という小さな気持ちが、マリィをここに留まらせた。
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