少女と二千年の悪魔

みこ

文字の大きさ
上 下
55 / 87
第三章

子供達 1

しおりを挟む
 長男マクスウェル7歳、次男マロイ4歳、長女ハリス2歳、それがアリシアとサウスの子供達だ。
 仕事も増え、屋敷の人間も増え、町の人間も増えた。
 噂になることも、人間と関わりを持つことも避けようと、出来る限り自分の存在を知られぬよう努めた。
「ぷいん」
「今、作ってるよ」
 ハリスにせっつかれたので、何度目かの返事をする。返事をするときに、獣のような口が、少しだけ開いた。
 プリンを作るのはいいけれど、まだ卵を混ぜている最中だ。プリンの形になるのはまだまだ先。
 その時ハリスが「にゃーちゃ」と、不可解な言葉を口にし、ん?と思ったが最後、料理人のロバートが叫んだ。
「あっ、ハリスお嬢ちゃんが……!」
 ふと見ると、ハリスはすでにそこにはいなくなっていて、裏庭へ続く扉だけがバンと音を立て、閉まるところだった。
「猫、か」
 なんて悠長なことを言っていると、ロバートがまた叫ぶ。
「悪魔さん、プリンは私が作っておきますんで、お嬢ちゃんを……!」
「…………」
 確かに町までいかれると厄介だ。仕方なく、扉をくぐり、ハリスを追った。
 ハリスは予想通り黒猫を追いかけていた。
「ハリース」
 呼びかけるが、聞こえていないようだ。
 黒猫が裏の塀に飛び乗ったので、ハリスが「あっ」と言いながら裏門へ走っていく。
「戻ろう、ハリス」
 残念なことに、裏門は開きっぱなしになっていた。今日は、庭師が入る日だ。何か作業中なんだろう。
 浮いたままでふんわりと後ろを追いかける。
 裏門を出ると、黒猫は町の方へ走っていくところだった。誰かに飼われている猫だろう。
「にゃーちゃ……!」
 そう叫ぶと、ハリスはわーっと駆け出していった。
 無理やり捕まえてもいいのだが、町にさえ行かなければ特に捕まえる必要も泣かせる必要もない。
 猫もハリスにいいように扱われる気はないようで、猫とハリスの追いかけっこは続いた。
 けれど、2歳児が猫に追いつけるはずもなく。
 草原の上で、ひとりぼっちになり、ハリスがぼーぜんとしたところで、悪魔はハリスの腕を引き上げた。
「あそこにいるよ」
 手で包むように抱き上げると、空を飛んで、二人で猫を追いかけた。
 猫を捕まえる気はないので、軽く追いかけただけだけれど、なんだか笑えてきた。
「フッ……」
「あくま、おもしろーい?」
「そうだね。楽しいよ」
「ふっふふふふ」
 ハリスは本当に、嬉しそうに笑う子供だった。
「あっ!にいたーん!」
 下を見ると、緩やかな坂で遊んでいるマクスウェルを見つけた。マクスウェルもこちらに気がついて、手を振った。
 翼をはためかせ近づくと、マクスウェルが飛びついて来た。
「にいたーん!」
「危ないよ」
「うししし」
 注意してみるものの、マクスウェルは笑ってばかりだった。
 きゃあきゃあ大騒ぎの二人の子供を抱え、屋敷へ戻る。
 屋敷へ戻ると、世話係に連れられたマロイがにっこりと笑いかけてくれた。マロイは父親に似たのか、少し気弱な少年だ。
 一人でいた時には、まさか自分が人間の子供と関わる日が来るなんて思ってもみなかった。
 人間は弱い。
 きっとまたこの場所で最後には一人になってしまうだろう。
 けれどその日までは、こんな毎日も悪くない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

処理中です...