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第二章
大切な人 4
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翌日は、父の部屋にエミルが呼び出されて、事の重大さを知った。もしかしたら、マリィを迷子にさせたことでクビにさせられるんじゃないかと、使用人達が話しているのを聞いた。
迷子なんかになってないのに。私が悪いのに……。
ドアに耳をつけると、詳しい内容はわからないが、父が「済まない」と声をかけ、エミルが泣いている声が聞こえた。
いよいよ本当にそんな話なのかもしれない。
バン!とドアを開ける。
「ああ、いいところに。マリィ」
父に咎められるかと思ったが逆に受け入れられたのが怖かった。
「残念な話なんだ、マリィ。エミルが仕事を辞めたいそうだ」
本当に……?
どうしよう。私のせいだ。
エミルが辞めないといけなくなってしまう。
マリィはエミルが嫌いなのではない。むしろ……むしろ、昨日のあの手の温もりを離してしまってはいけないと思った。
「いやです。いやです、お父様」
頭をブンブンと振った。
「辞めさせないで」
エミルが、じっとマリィを見つめているのが見えた。ハンカチで涙を拭いている。その顔は少し青ざめていた。
隣に母がいて、エミルの腕を支えるように添えていた。
倒れそうなんだ。こんなことになるなんて。
「わ、私が悪いの。勝手にいなくなったから……」
「マ……」
エミルが口を開く。
「マリィ……様……」
涙が溢れてくるようだった。ハンカチがどんどんクシャクシャになっていくのが見えた。
「わ、私……許されるのなら……もう一度、マリィ様と……一緒に……」
父と母がその様子を見ている。
「それでは、辞めないでいてくれるかい?」
父が気遣うように言うと、エミルはコクコクとうなずいた。
その日から、なんだかエミルとの距離は近くなったようだった。少しずつ話をするようになった。
数日後、料理長がこっそり教えてくれたことによると、エミルには、小さな妹がいたらしい。“いた”というのは、つまり、今はいないということだ。
両親のいないエミルは、教師をして小さな妹を養っていたらしいのだけれど、その妹が亡くなったということだ。そして、この屋敷に雇われたのだと。ここの屋敷なら住み込みで働いている使用人がほとんどだ。一人でいるくらいなら、屋敷に住み込みで働く方が寂しくはないもの。
「その妹がね、マリィ様より3つ歳上だったんですと。エミルが言うんだよ。もし、マリィ様を妹の代わりにように思ってしまったらどうしようって」
「代わりに?思ってはダメなの?それなのに私のお世話係になるなんて……」
「マリィ様はマリィ様としてほっとけなくて大切にしたかったんだろうね。身代わりにしたくなかったんだ」
「うーん……」
料理長の言うことはマリィには難しかったようだ。
「仕事を引き受けてしまったなら、必要以上に距離をとっても、いい方向にはいかないのにねぇ」
まるで母親のようなため息をついて、料理長は立ち上がった。
「いい子なんだけどね」
しょうがないね、という顔で眉毛を寄せる料理長の顔を見た。
「私、エミルのこと好きになれると思うわ」
料理長は、にっこりと笑った。
マリィとエミルがお互いを本当の姉妹のように思うまでに、そう時間はかからなかった。エミルはそれほど顔に出す事はなかったけれど。
それから2ヶ月後、エミルの話はマリィのことばかりなのだと、料理長はまた笑った。
迷子なんかになってないのに。私が悪いのに……。
ドアに耳をつけると、詳しい内容はわからないが、父が「済まない」と声をかけ、エミルが泣いている声が聞こえた。
いよいよ本当にそんな話なのかもしれない。
バン!とドアを開ける。
「ああ、いいところに。マリィ」
父に咎められるかと思ったが逆に受け入れられたのが怖かった。
「残念な話なんだ、マリィ。エミルが仕事を辞めたいそうだ」
本当に……?
どうしよう。私のせいだ。
エミルが辞めないといけなくなってしまう。
マリィはエミルが嫌いなのではない。むしろ……むしろ、昨日のあの手の温もりを離してしまってはいけないと思った。
「いやです。いやです、お父様」
頭をブンブンと振った。
「辞めさせないで」
エミルが、じっとマリィを見つめているのが見えた。ハンカチで涙を拭いている。その顔は少し青ざめていた。
隣に母がいて、エミルの腕を支えるように添えていた。
倒れそうなんだ。こんなことになるなんて。
「わ、私が悪いの。勝手にいなくなったから……」
「マ……」
エミルが口を開く。
「マリィ……様……」
涙が溢れてくるようだった。ハンカチがどんどんクシャクシャになっていくのが見えた。
「わ、私……許されるのなら……もう一度、マリィ様と……一緒に……」
父と母がその様子を見ている。
「それでは、辞めないでいてくれるかい?」
父が気遣うように言うと、エミルはコクコクとうなずいた。
その日から、なんだかエミルとの距離は近くなったようだった。少しずつ話をするようになった。
数日後、料理長がこっそり教えてくれたことによると、エミルには、小さな妹がいたらしい。“いた”というのは、つまり、今はいないということだ。
両親のいないエミルは、教師をして小さな妹を養っていたらしいのだけれど、その妹が亡くなったということだ。そして、この屋敷に雇われたのだと。ここの屋敷なら住み込みで働いている使用人がほとんどだ。一人でいるくらいなら、屋敷に住み込みで働く方が寂しくはないもの。
「その妹がね、マリィ様より3つ歳上だったんですと。エミルが言うんだよ。もし、マリィ様を妹の代わりにように思ってしまったらどうしようって」
「代わりに?思ってはダメなの?それなのに私のお世話係になるなんて……」
「マリィ様はマリィ様としてほっとけなくて大切にしたかったんだろうね。身代わりにしたくなかったんだ」
「うーん……」
料理長の言うことはマリィには難しかったようだ。
「仕事を引き受けてしまったなら、必要以上に距離をとっても、いい方向にはいかないのにねぇ」
まるで母親のようなため息をついて、料理長は立ち上がった。
「いい子なんだけどね」
しょうがないね、という顔で眉毛を寄せる料理長の顔を見た。
「私、エミルのこと好きになれると思うわ」
料理長は、にっこりと笑った。
マリィとエミルがお互いを本当の姉妹のように思うまでに、そう時間はかからなかった。エミルはそれほど顔に出す事はなかったけれど。
それから2ヶ月後、エミルの話はマリィのことばかりなのだと、料理長はまた笑った。
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