少女と二千年の悪魔

大天使ミコエル

文字の大きさ
上 下
32 / 87
第二章

屋敷での生活 2

しおりを挟む
 ぼんやりとエルリックの部屋へ戻る。
 エルリックの部屋に戻るのが、すっかり当たり前になっていた。寝顔を見ると、今にも、起きそうだ。
 いつまで見ていても見飽きることがない。
 しばらく眺めた後、茶色の長椅子に腰掛けた。エミルがあまり触らせてくれなかった綺麗な長椅子。手で撫でると、滑らかな手触りがした。弾力があり、座り心地もよい。
 そこで少女は、うずくまって眠った。少女の身長ならば、足を伸ばしても問題はないサイズだったけれど、少女は、小さくなって眠った。
 鐘が鳴ると、相変わらずランタンを持ち、そのまま屋敷を出て行った。
 湖のへりを歩きながら、花を探す。
 青い花は、小さくはない。むしろ、真っすぐに何本もの背の高い花が揺れるので、自己主張の激しい花だ。それなのにここまで探しづらいのは、この夜のせいだろう。
 朝が来ることもなく、ただ、星明かりだけの世界。
 遠目だと、花があるのかどうかもわからない。青かどうかもわからない。それも、ほとんど元気がない草花ばかりなのだ。
 屋敷へ帰ると、料理長の部屋へ向かった。
 料理に詳しい料理長のことだ。レシピの一つも置いてあるに違いない。
 昨日のスープ作りのことを思い出す。
 こそっと、ドアをすり抜ける。
 ランプをつけると、案の定、そこには小さな本棚とデスクが置いてあった。本棚には、レシピ本の他、料理長が書いたと思われるノートが何冊もあるようだ。
 1冊1冊、触れるように探す。料理長のものだ。それは、ここに料理長が居たことの証だった。
 この国の公用語ではない本や、とても初心者が作れるようなものではないものも多かったけれど、簡単そうな基本の本を探し出して、1冊手に取った。
 料理長の手書きノートも手に取りパラパラとめくる。
「これって……」
 半分ほどは料理長のレシピのノートだったけれど、あとの半分は日記帳のようなものだった。料理のアイディア、屋敷の人間の食事に関するメモと共に、誰に何を教えたとか誰が何を得意なのかとか、事細かに書いてある。
 少女のことも書いてあった。
「マリィ10歳 クッキーの作り方を教えた。雑なところもある子だけれど、コツはつかんでくれたし話の聞き方はいい。」
 そうだ。料理長にクッキーの作り方を教わったことがある。オーブンに火を入れた時の温度管理が難しくて。
「料理長……」
 あの頃は、何も考えず、楽しく暮らしていた。こんなことになるなんて思ってもみなかった。
 まだ、教わることがたくさんあったはずだ。だって、自分のためのスープだってどうやって作ればいいのかわからないのだから。
 日記帳をそっと本棚にしまって、料理長の部屋を眺める。
 質素なベッドに真っ白なシーツ。さっぱりとした料理長だからか、料理のこと以外興味がなかったのか、雑貨などはほとんど置いていない。
「本を借りるね」
 一言断って、少女はその部屋を出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

処理中です...