少女と二千年の悪魔

大天使ミコエル

文字の大きさ
上 下
28 / 87
第二章

あなたは、誰? 3

しおりを挟む
 うとうとと、寝ていた。
 部屋は静かだ。何の物音もしない。
 静かな中で、静かに眠る。
 しかし、ふわっと、何かの感触があった。この感触は知っている。
 これは……誰かが……毛布をかけてくれている……?
 毛布に暖かく包まれる。ふわふわとした寝心地。
 もう何日も、少女は硬い世界にいた。眠るときも、歩くときも。ただ、歩けなくなればそこで眠る、それだけだ。
 こんな感覚は久しぶりで、その優しい空気にとても安らいだ。
 久しぶりに自分以外の存在を感じて、涙が流れた。
「……マリィ」
 誰かが少女の名を呼ぶ。
 名前を呼ばれるのも久しぶり。優しく名前を呼ばれ、優しい気持ちになったのも。
 そして少女は、目を開けることなく、眠りの海に落ちていった。
 これほどゆったりと眠りにつけたのはいつ以来だろう。
 何か得体の知れない存在が、屋敷の中にいるというのに。エルリックが起きるきっかけさえつかめないというのに。
 けれど、この瞬間は、こんなことが前にもあったような気がして、安心してもいいような気がして、少女はすやすやと眠りについた。
 それから、どれだけの時間が経ったのか。
「いけない……!」
 まさか寝るつもりではなかったのに。
 飛び起きると、自分に毛布がかけられていることに気がついた。
 夢じゃ……なかった……。
 不思議な気持ちになる。この気持ちはなんだろう。
 毛布を触ってみる。
 うちの客室で使っている普通の毛布だ。それも、エルリックがかけている大きなものではなく、小さな客室で使っている小さなものだ。
 あたたかい匂いがした。まるで、ひなたぼっこをしている猫のような匂い。
 あの手紙。毎日届けられるスープ。この毛布。確信があった。
 エルリックじゃない。あの魔女の仕業でもない。全然違う存在がやっている。
 そう、この屋敷の中に、あの黒い影が存在しているんだ。あの黒い影としか思えなかった。
 だって、名前を呼ぶ声は、あの影のものだった……。
「…………」
 それにしたって、この毛布はどういうことなんだろう。名前を呼んだことも。名前を、知っていることも。
 場所をつきとめられたのに、消されたり殺されたりしない、ということは、それが目的じゃないんだろうか。
 苦しむのを見て楽しんでいる?
 この毛布も……この場所を突き止めたことを知らせたい、とでもいうのだろうか。
 そう思うのがなんだか苦しくて、悲しくなって、また泣いた。そんな風に思うことも、実際そうかもしれないことも、少女の心を苦しめた。
 それでも、どうしてもどこか、腑に落ちないものを感じていた。
 信じることはできない。あんな得体の知れない何かが屋敷内をうろついていることも受け入れることができない。でも……。
 毛布を両手で握り、じっと見る。
 これは普通の毛布だ。だって、普通の毛布だ。
 毛布をそこにきれいに畳み、立ち上がった少女の顔は、いつになく少しだけすっきりとした顔だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...