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第二章
あなたは、誰? 3
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うとうとと、寝ていた。
部屋は静かだ。何の物音もしない。
静かな中で、静かに眠る。
しかし、ふわっと、何かの感触があった。この感触は知っている。
これは……誰かが……毛布をかけてくれている……?
毛布に暖かく包まれる。ふわふわとした寝心地。
もう何日も、少女は硬い世界にいた。眠るときも、歩くときも。ただ、歩けなくなればそこで眠る、それだけだ。
こんな感覚は久しぶりで、その優しい空気にとても安らいだ。
久しぶりに自分以外の存在を感じて、涙が流れた。
「……マリィ」
誰かが少女の名を呼ぶ。
名前を呼ばれるのも久しぶり。優しく名前を呼ばれ、優しい気持ちになったのも。
そして少女は、目を開けることなく、眠りの海に落ちていった。
これほどゆったりと眠りにつけたのはいつ以来だろう。
何か得体の知れない存在が、屋敷の中にいるというのに。エルリックが起きるきっかけさえつかめないというのに。
けれど、この瞬間は、こんなことが前にもあったような気がして、安心してもいいような気がして、少女はすやすやと眠りについた。
それから、どれだけの時間が経ったのか。
「いけない……!」
まさか寝るつもりではなかったのに。
飛び起きると、自分に毛布がかけられていることに気がついた。
夢じゃ……なかった……。
不思議な気持ちになる。この気持ちはなんだろう。
毛布を触ってみる。
うちの客室で使っている普通の毛布だ。それも、エルリックがかけている大きなものではなく、小さな客室で使っている小さなものだ。
あたたかい匂いがした。まるで、ひなたぼっこをしている猫のような匂い。
あの手紙。毎日届けられるスープ。この毛布。確信があった。
エルリックじゃない。あの魔女の仕業でもない。全然違う存在がやっている。
そう、この屋敷の中に、あの黒い影が存在しているんだ。あの黒い影としか思えなかった。
だって、名前を呼ぶ声は、あの影のものだった……。
「…………」
それにしたって、この毛布はどういうことなんだろう。名前を呼んだことも。名前を、知っていることも。
場所をつきとめられたのに、消されたり殺されたりしない、ということは、それが目的じゃないんだろうか。
苦しむのを見て楽しんでいる?
この毛布も……この場所を突き止めたことを知らせたい、とでもいうのだろうか。
そう思うのがなんだか苦しくて、悲しくなって、また泣いた。そんな風に思うことも、実際そうかもしれないことも、少女の心を苦しめた。
それでも、どうしてもどこか、腑に落ちないものを感じていた。
信じることはできない。あんな得体の知れない何かが屋敷内をうろついていることも受け入れることができない。でも……。
毛布を両手で握り、じっと見る。
これは普通の毛布だ。だって、普通の毛布だ。
毛布をそこにきれいに畳み、立ち上がった少女の顔は、いつになく少しだけすっきりとした顔だった。
部屋は静かだ。何の物音もしない。
静かな中で、静かに眠る。
しかし、ふわっと、何かの感触があった。この感触は知っている。
これは……誰かが……毛布をかけてくれている……?
毛布に暖かく包まれる。ふわふわとした寝心地。
もう何日も、少女は硬い世界にいた。眠るときも、歩くときも。ただ、歩けなくなればそこで眠る、それだけだ。
こんな感覚は久しぶりで、その優しい空気にとても安らいだ。
久しぶりに自分以外の存在を感じて、涙が流れた。
「……マリィ」
誰かが少女の名を呼ぶ。
名前を呼ばれるのも久しぶり。優しく名前を呼ばれ、優しい気持ちになったのも。
そして少女は、目を開けることなく、眠りの海に落ちていった。
これほどゆったりと眠りにつけたのはいつ以来だろう。
何か得体の知れない存在が、屋敷の中にいるというのに。エルリックが起きるきっかけさえつかめないというのに。
けれど、この瞬間は、こんなことが前にもあったような気がして、安心してもいいような気がして、少女はすやすやと眠りについた。
それから、どれだけの時間が経ったのか。
「いけない……!」
まさか寝るつもりではなかったのに。
飛び起きると、自分に毛布がかけられていることに気がついた。
夢じゃ……なかった……。
不思議な気持ちになる。この気持ちはなんだろう。
毛布を触ってみる。
うちの客室で使っている普通の毛布だ。それも、エルリックがかけている大きなものではなく、小さな客室で使っている小さなものだ。
あたたかい匂いがした。まるで、ひなたぼっこをしている猫のような匂い。
あの手紙。毎日届けられるスープ。この毛布。確信があった。
エルリックじゃない。あの魔女の仕業でもない。全然違う存在がやっている。
そう、この屋敷の中に、あの黒い影が存在しているんだ。あの黒い影としか思えなかった。
だって、名前を呼ぶ声は、あの影のものだった……。
「…………」
それにしたって、この毛布はどういうことなんだろう。名前を呼んだことも。名前を、知っていることも。
場所をつきとめられたのに、消されたり殺されたりしない、ということは、それが目的じゃないんだろうか。
苦しむのを見て楽しんでいる?
この毛布も……この場所を突き止めたことを知らせたい、とでもいうのだろうか。
そう思うのがなんだか苦しくて、悲しくなって、また泣いた。そんな風に思うことも、実際そうかもしれないことも、少女の心を苦しめた。
それでも、どうしてもどこか、腑に落ちないものを感じていた。
信じることはできない。あんな得体の知れない何かが屋敷内をうろついていることも受け入れることができない。でも……。
毛布を両手で握り、じっと見る。
これは普通の毛布だ。だって、普通の毛布だ。
毛布をそこにきれいに畳み、立ち上がった少女の顔は、いつになく少しだけすっきりとした顔だった。
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